拠点は確保した。次は兵力の増強。
河内郡太守王匡が暗殺される。
その報は、直ぐに郡内を駆け回った。
その情報を聞くなり、曹操は主だった部将達を呼び寄せた。
「さて、話は聞いているだろうが。先程、王匡殿が何者かにより暗殺された」
曹操は開口一番、王匡が暗殺された事を伝える。
既にその情報は耳に入っていたからか、誰も驚く様子はなかった。
「今は戦友の死に悲しんでいる場合ではない。王匡が死んだ事で、我々はどうするべきか。皆の意見を聞きたい」
曹操がそう訊ねた。
それを訊いた曹昂は、内心でもうどうするか決まっているのに皆に訊ねるのは、一種の様式みたいなものなのだろうかと思いながら、これは言っておこうと思い、口を開いた。
「父上。王匡殿が何者かにより暗殺されたとの事ですが、犯人は分かっているのですか?」
「いや、分からん」
「では、もしかして、これは董卓の手の者が行った蛮行ですか?」
曹昂が、そう訊ねるのを聞いた曹操は顔をニヤニヤさせる。
その笑みの意味が分からない者から、したら何で笑っているのだろうと思うだろうが、曹昂からしたら、笑みを浮かべる意味は分かった。
曹昂がそう訊ねるという事は、王匡の暗殺は自分が計画した事だと分かっていないという事だからだ。
曹操からしたら、自分が計画の結果を聞いただけで、分かられては不気味に思うだろうし、実の子であっても自分の考えを知られるのは、気分が悪い事この上ない事であった。
だから、曹昂はわざと分からないフリをした。
これでもし分かっている様に振る舞えば、曹操の機嫌を損ねて自分を忌み嫌う可能性があった。
戦国時代の魏の国に、信陵君に封じられた魏無忌という者が居た。
この者は、戦国四君の一人に数えられる程の人物であった。
名声もあり才能もあったが、兄の魏王には、その力を恐れられて生涯碌な扱いをされなかった。
もし、曹昂が王匡の暗殺が曹操が計画した事だと振る舞えば、その魏無忌の二の舞になるかもしれなかった。
疑り深い性格の曹操なので、我が子であっても、そのような事をする可能性があった。なので、知らないフリをしたのだ。
曹昂の知らないフリを見て、曹操は自分の計画がばれてない事に喜びつつも答えた。
「いや、それは違う。私の調べた限りでは、どうやら死んだ妹婿の胡毋班の遺族達が殺害した様だ」
「何時の間にそんな情報を手に入れたのだ?」
先程、暗殺されたという情報が入ったのに、どうしてそんな情報が手に入るのか分からず夏候惇が訊ねた。
「ふはは、私の手に掛かれば、この程度の情報を手に入れる事なぞ造作もないわ」
曹操は哄笑する。
それを訊いて皆、驚きの声を挙げる。
「流石は父上です」
「ははは、そう褒めるでない。まぁ、今はそんな事よりも今後の事だが」
「太守が居ない以上、誰かが代わって太守の仕事をすべきだろうな」
「だが、誰がするのだ? この地は董卓が居る長安からも、さほど離れていないのだぞ。そんな所に太守になる者は、董卓の息が掛かった者だけだろう」
「そんな者が太守になれば、将来的に董卓を討つのに邪魔になるな」
皆は、どうするべきか頭を悩ませていた。
「ははは、お主等は何を言っているのだ? 太守になる者は既に決まっているだろう」
曹操がそう言いだしたので、皆は曹操を見る。
「孟徳。それは誰だ?」
「無論。……私だ!」
曹操は自分を指差しながら、堂々と宣言する。
それを訊いて、皆は困惑した。
皆は、どう言うべきか迷っていると、曹昂が直言する。
「父上。王匡殿とは親しくしていないのに、どうして太守になる事が出来るのです? それに、朝廷にはどう上奏するのですか?」
「ふっ、お前は頭が固いな。何の為に軍があるのだ?」
曹操は、こともなげにそう言う。
それを訊いて曹昂はその言葉の意味が分かり、顔を顰める。
顰めた顔をする曹昂を見て、曹操はニヤリと笑う。
「ふはは、我が子よ。お前は本当に出来た息子だ。私の言葉を聞いてその意を悟るか。正に一を聞いて十を知るだな」
「父上には負けます」
「ははは、だが、私の言葉を聞いて、ようやく真意を悟るようではまだまだだな」
和やかとは言わないが、二人だけにしか分からない会話に他の者達は焦れだした。
「孟徳。お前達、親子の仲が良いのは分かったが、我等にもその言葉の意味を教えてくれないか?」
夏侯淵がそう訊ねると、曹操は髭を撫でた。
「なに、簡単な事だ。王匡の部下を脅して、私を太守にする様に上奏してもらうのだ」
要は、武力で脅して郡の太守になるという事と分かり、聞いた夏候惇達も複雑そうな顔をする。
乗っ取りの様な手段には気分は良くないが、拠点が手に入るのだから悪くはないという思いが、顔に出ていた。
「……だが、これも乱世だ。仕方がない」
「子廉。お前」
「元譲。これも必要な事だ。割り切れ」
「……むぅ。分かった」
曹洪にそう言われて、不承不承ながら夏候惇は承諾した。
夏候惇が納得したので曹洪は史渙を見る。
「公劉殿も何か異論はあるか?」
「ない」
史渙は、一言そう言って黙り込んだ。
「伯喈殿は?」
「……現状ではそれが一番の良策でしょう。私は従います」
蔡邕の心情としては反対であったが、天下に名を轟かせる為には拠点が必要だと、分かっているので従う事にした。
「という訳で孟徳。我等はお主の案に従おう」
「良し。子孝。お前は何か意見はあるか?」
「俺? ないぜ。俺は孟徳の兄貴の命に従うだけだぜっ」
曹仁が異論なしと言うので、曹操は立ち上がる。
「では、行動開始だ。各々兵千人率いて王匡の部下達を捕まえて朝廷に上奏しろっ」
「「「はっ」」」
曹操の命に従い、皆は天幕を出ると兵を率いて王匡の部下達を捕まえていき、曹操の下に連れて行く。
「選べ。私を河内郡の太守になる様に上奏するか。さもなくば」
曹操が、そう言うと兵達は剣を抜いた。
それを見て、王匡の部下達は上奏する事を選んだ。
上奏文を書いた使者が長安に向かうのを見た曹操は王匡の葬儀を行うと宣言した。
喪主は曹操が務めた。
(婚礼の翌日に葬儀に参加ってのは嫌な気分だ。しかも、暗殺を計画した人が喪主を務めるとか。死んだ王匡がこれを見たらどう思うだろうな?)
そう思いながら、曹昂は葬儀に参加した。
数日後。
朝廷から、使者が来た。
使者は、曹操を河内郡の太守に任命する詔書を持って来た。
曹操は、それを恭しく受け取った。
使者は直ぐに長安に帰らず、誰かを探していた。
其処を偶々董白が通りかかると、使者が董白に何かを渡した。そして、使者は長安に帰って行った。
その頃、曹昂は曹操達と軍議を開いていた。
「これで拠点は確保した。後は兵力と人材だな」
曹操が顎を撫でながら地図を見る。
「人材については、伝手を頼って声を掛ければ良いとして、目下の問題は兵力か」
「我が軍は二万。河内郡の兵は一万。合計で三万か」
「ふむ。これから勢力を拡大するとなると二万、いや一万は欲しいな」
「何処かに兵を貸してくれる者は居るか?」
曹操が訊ねると、曹洪が答えた。
「知り合いで揚州に刺史の陳温という者と丹陽太守の周昕が居る。その二人ならば兵を貸してくれるだろう」
「揚州か。ふむ、少し遠いが、まぁ大丈夫だろう。よし、一族の者達を豫州に送るついでに私も行こう」
「孟徳が行くので、あれば私も」
曹操が行くと言うと夏候惇も付いて行くと言う。
「では、僕も」
曹昂も手を挙げると、皆一斉に曹昂を見た後、曹操を見る。
「……良いのか? 婚礼を挙げたばかりであろう」
「多分、董白も付いて来ると思いますので」
「本人に聞いたのか?」
「大丈夫でしょう。何だかんだ言って董白は付いて来るでしょう」
「夫唱婦随か。初々しいのぅ、私も薔とそんな時代もあったものだ」
「あったんですか?」
曹昂は思わず訊ねた。すると、曹操はムッとした。
「どういう意味だ?」
「いや、父上なら、年がら年中女性を口説いている姿が思い浮かぶので……」
「馬鹿者っ。私とて家庭は大事にするわ」
それだったら、小まめに手紙を書けば良いのにと思うが、曹操の機嫌が悪くなるのが分かっているので、曹昂は口にはしない。
「では、留守は伯喈殿にお任せする。他の者達は伯喈殿の指示に従うように」
曹操がそう命じて皆、一礼した。
そして、皆天幕を出て行く。曹昂は自分の天幕に入った。
すると、天幕の中に董白と貂蝉が居た。
この二人が居るのは問題ないのだが、董白が広げた手紙を見ながら真面目な顔をしているので曹昂は訝しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます