奸雄の名は伊達では無い

 曹昂が婚礼を挙げた翌日。




 王匡は、護衛の兵達と共に街中に、ある屋敷に居る曹操達の下に向かっていた。


 場所を貸したのだから、婚礼のお祝いを述べるも道理である事と、何時まで河内郡に居るのかを訊ねる為だ。


 曹操は二万以上の兵を有しているので、何時までも居座られると自軍と曹操の軍との間に、衝突が起こるかも知れなかった。


 なので、何時まで居座るのか訊ねる。


 この郡では、流石に二つの軍を養う程の兵糧を用意するのは難しいので、王匡は遠回しに別の所に行く事を勧めようと考える。


 直接言わないのは、親交がある蔡邕が居る事と、曹操は董卓を討つために結成した連合に参加した戦友であるからだ。


 そう考えながら道なりに沿って屋敷に向かっていると、自分達の前方に見慣れない男達が居た。


 男達は腰に剣を佩いていた。


「何者だ?」


 先頭を進む王匡は、馬の足を止めて男達に訊ねた。


 しかし、男達は何も言わなかった。


 それを不審に思い、王匡は腰に佩いている剣を抜ける様にし、護衛の兵達にも手で剣を抜ける様に合図を送った。


「もう一度言うぞ。何者だ?」


「……」


 王匡は、語気を強めながら訊ねたが、男達は一言も話さなかった。


 不審に思い王匡は、腰に佩いている剣の柄に手を掛けた。それを見た道に居る人達は、刃傷沙汰が起こると察して、慌てて距離を取った。


 その時に、道の角から誰かが一人出て来た。


 着ている服から、女性だと直ぐに分かった。


 その女性はツカツカと歩き、男達と王匡の間に割り込んだ。


 王匡はその女性の顔をジッと見た。


 すると、その顔を見て目を剥いた。


「お前はっ⁈」


「お久しぶりです。兄上」


 王匡を兄と呼ぶのは、王匡の実の妹であった。死んだ胡毋班の妻であった女性だ。


「妹よ。何故、お前が此処に?」


 胡毋班は献帝と共に長安に移った。その際、妹達も長安に移った筈だ。


 どうして、此処に居るのか、皆目見当がつかなかった。


 王匡は女性の顔をよく見る。


 胡毋班の家に嫁ぐ前は、年相応の美貌を持っていたが、今は顔がやつれていた。


 その目には、怒りと恨みが渦巻いていた。


「……兄上がそれを言いますか? 他ならぬ兄上が」 


 自分の妹に、そう言われて王匡はその言葉の意味を察した。


 もしかして、自分が胡毋班を殺した事で何かしらの問題が起こったのだろうと。


「……兄上が夫を殺した事で、董卓は怒り狂い『役目を果たせぬ者の一族など無用だ!』と言って、私達一族は財産を没収されて長安を追放されたのですよっ」


 妹の口から出た言葉に、王匡は衝撃を受ける。


 食う物に困りながらも、よく此処まで来れたなと思った。


 ちなみに、この話には王匡の妹が知らぬ事があった。


 それは、当初董卓は胡毋班が役目を果たせなかった事で、一族の者達を皆殺しにするところであったが、それを知った王允が、流石にそれは可哀そうだと思い、財産没収と長安からの追放という事で、許して貰うように願い出た。


 王允がそう言うので、董卓もその言葉に従う事にした。


「あの時はすまなかった。盟主の命令に逆らえなかったのだっ」


「今更、その様な弁明の言葉を聞きたくはないわ。それに、夫の一族の者達は兄上を許すつもりはないようだし」


「まさか、その者達はっ」


「そうよ。夫の一族の生き残りよ。さようなら、兄上」


 王匡の妹がそう言うと、男達は腰に佩いている剣を抜く。


 同時に、物陰や道の角に隠れていた者達が槍や弓を構えながら出て来た。


「「「我が一族の胡毋班の仇、覚悟しろ!」」」


 胡毋班の遺族達は、得物を持って王匡達に殺到した。


 王匡達も剣を抜き、抵抗するが無駄であった。


 王匡達は十騎。対する胡毋班の遺族達は五十人近く居た。


 数の多さにより、徐々に王匡達は押されていき、一人ずつ討ち取られていった。


 残るは王匡と、護衛の一人であった。


 王匡は懸命に剣を振るい防戦するが、護衛の一人が剣を持っているのに、何故か攻撃されていなかった。


 だが、自分の身を守るのに精いっぱいであった王匡は気付いていなかった。


 そうしている間に、王匡が乗っている馬に槍が幾つも刺さった。


 馬は、断末魔の悲鳴を上げて倒れた。


 王匡は馬から落とされて、地面に背中を強く打った。


 その隙を逃さないとばかりに、胡毋班の遺族達の持つ槍が王匡を襲う。


「ぐぶっ⁉」


 幾つもの槍が、王匡の身体を貫き墳血を撒き散らせた。


 胡毋班の遺族達は、それでも怒りは収まらないのか、槍が刺さったままの王匡を剣で切りつけた。


 王匡の身体は、ズタズタに切られる。


 胡毋班の遺族達が剣を振るうのを止める頃には、王匡の身体はかろうじて原形を保っている状態であった。


「……恨みは晴れたか?」


 王匡の護衛が、胡毋班の遺族達に声を掛けた。肩で息をする胡毋班の遺族達は、その護衛を見る。


「感謝する。これで死んだ胡毋班の霊も浮かばれよう」


「後はこの首を切り、胡毋班の墓に供えるだけだ」


「貴殿の主には、貴殿の口からお礼を述べておいてくれ」


 そう言って、胡毋班の遺族達は王匡の首を切り取り、王匡の妹と共に何処かに向かった。


 そして、残ったのは首を切られた王匡の死体と護衛だけであった。


 その護衛に男が駆け寄って来た。


「上手くいったな。これで殿の拠点が出来たぞ」


「ああ、私はこの事を王匡の部下達に報告しにいきます」


「頼む。私はこの事を殿に報告しに行く」


 男達は、そう言ってその場を走り去った。


 護衛に話しかけた男が駆け抜けた先には、王匡の屋敷があった。其処は今、曹操達が借りている屋敷であった。


 男はそのまま屋敷に入ると、曹操の部屋に向かった。


 部屋に入ると、男は跪いた。


「報告します。計画通り、王匡は胡毋班の遺族達により殺害されました」


「よし。遺族の者達は?」


「王匡の首を持って、街を出た模様です」


「そうか。後は、私がこの郡を掌握すれば良いだけだな。ふふふ」


 思い通りに行って、曹操は含み笑いをする。


 実は河内郡に駐屯した時から、王匡を暗殺する計画を立てていた。


 洛陽を接収した頃から、これから乱世になると予想していた曹操は足場になる所が必要であった。


 しかし、故郷の譙県では陳留の張邈。南陽の袁術。豫州州牧の孔伷。兗州州牧の劉岱などが、近くに居るので衝突する可能性があった。


 それに加えて、県だけでは多数の兵を養う事は難しいと言えた。


 なので、別の拠点になる所が必要であった。そんな時に王匡が胡毋班を処刑した。


 曹操はこれは使えると思い『三毒』を長安に向かわせて、胡毋班の遺族達の事を調べさせた。


 そして、任務を全うできなかった事で、董卓が激怒して遺族達を長安から追放するという報告が入って来た。


 それを知った曹操は、これは使えると思い胡毋班の遺族達を保護して、胡毋班の復讐を遂げる様に手を貸したのだ。


「ふっ、しかしお前達は何処にでも潜る事が出来るのだな」


 曹操が言っているのは王匡の護衛に『三毒』が紛れていた事だ。


「この程度、我等に掛かれば造作も無い事です」


「そうか。では、後は上手く情報を流せ」


「はっ」


 男はそう言って、一礼して部屋から出て行った。




 程なくして、初夜を終えた曹昂の耳に王匡が暗殺されたという情報が入って来た。


 それを訊いた曹昂は前世の記憶から、恐らくこれは父曹操が関わっていると察した。


(確か、胡毋班の遺族に手を貸して王匡を殺害したって書いてあったな。だとすると、狙いは河内郡か)


 郡を預かる太守が殺された事で、その後釜が誰になるかは朝廷が決める事だが、その朝廷は董卓の手の中だ。


 このままでは、董卓が決める事になりかねなかったが、そんな事を曹操はさせないだろう。


 太守が居ないのを良い事に、自分が太守になる様に働きかける様であった。


(まさか、河内郡に来た時から、此処までの計画を練っていたのか?)


 まさに深慮遠謀というべきであった。


 前世の知識を持っていても、敵う気がしないなと曹昂は思った。


「ん、んん~~~」


 そう思っていると、隣にいる董白の瞼が痙攣しだした。


 すると、身体を起こし、目をこすっていた。


「おはよう」


「……ん」


 董白は、まだ眠気がとれないのか瞼が半分おちたままで返事をした。


 寝ぼけているなと思い今の内とばかりに曹昂は董白の頬を突っついた。


 程よく、弾力がある頬の反動を楽しんでいた。


 それは董白の目が覚めるまで続いた。


 やがて、董白が完全に目覚めると、曹昂にされた事が恥ずかしくて怒鳴るのであった。

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