久しぶりに親族に会う
数日後。
曹操達が居る河内郡に、蔡邕達がやって来た。
陣地の外で、曹操と曹昂達は出迎えた。
「孟徳殿。ご家族を連れて参りましたぞ」
蔡邕がそう述べ、曹操に一礼する。
「いや、伯喈殿。助かりましたぞ。御礼を申し上げる」
「ははは、この老体に出来る事は、それぐらいですよ」
蔡邕が大したことはしていないと言うが、曹操は感謝していた。
そして、蔡邕の後ろにいる曹嵩達を見る。
「父上。よくぞお越しになられましたな」
「阿瞞よ。昂の婚礼と聞いて来たが。何故。この地でするのだ?」
「軍勢を連れて譙県に向かうと、他の諸侯達と諍いを起こすかも知れませんので」
「此処とて、この地を治める太守と揉めないと言えるのか?」
「それについては此処の太守である王匡は伯喈殿と親しいと聞いているので、伯喈殿。頼めるかな」
「ええ、公節殿とは親しくしているので、問題はありません」
「では、御願いする。長居するかも知れないがな」
曹操は蔡邕に頼むと、次に丁薔を見た。
「妻よ。長い旅は苦労であっただろう。碌な物は無い粗末な陣屋だが休む事は出来るぞ」
「…………」
曹操が笑顔で丁薔を労わる事を言うので、訝しんだ目で曹操を見ていた。
「……何か有りましたか?」
「いや、何もないぞ。私は」
「私は?」
「あ、ああ。昂と董白との婚礼があるだろう」
曹操がそう言っても、丁薔は疑った目で見ていた。
その視線の強さに、曹操は目をそっと反らした。
それを見て、丁薔は溜め息を吐いた。
「……曹昂と婚儀を交わす董白という子に会いたいのですが。よろしいですか?」
「ああ、構わんぞ。私は父上と話がある。昂。案内しろ」
「はい。父上」
これ以上、話をしていたら隠している事が、バレそうな気がしたので曹操は董白に会わせる事にした。
それが分かっている曹昂は、出そうになった溜め息を押し殺し、何も言わず丁薔の案内をした。
曹昂を先頭に少し歩いたが、丁薔は足を止めた。
「ああ、そうだ。妹は何処に居ますか?」
「妹? 誰の事だ?」
「蓮の事ですよ。あの子は旦那様の側室だから問題ないでしょう」
古代中国では、妻を多数持つ事が出来た。その為、序列がある。
正室がどんなに若くても、側室は正室の事を姉と呼ぶ。正室も側室達を妹と呼ぶ事ができる。
それを訊いた曹操は、耳を疑った。
今迄、何かというと嫌っていた卞蓮の事を妹と呼ぶとは、どういう心境の変化なのか分からなかったからだ。
「何か?」
「あ、いや。蓮なら董白の下にいるぞ」
「そうですか。じゃあ、昂。案内してちょうだい」
「はい。母上」
卞蓮の事を妹と呼ぶので、曹昂もちょっと驚いていたが、直ぐに気を取り直して董白の下に案内した。
少し歩くと、董白が婚礼の準備をしている天幕の前まで来た。
「この中に董白が居ます」
「そう。ありがとう」
丁薔はそう言って、天幕の中に入って行った。
曹昂もその後に付いて行こうとしたら、丁薔が止めた。
「婚礼前に花嫁の衣装を見るのは駄目よ」
と言われた。
そう言われては仕方が無いので、曹昂は入るのを止めて曹操の下に行く事にした。
そうして歩いていると、曹昂と同年代の子達が来るのが見えた。
「昂。元気そうだね」
「
そう曹昂に挨拶するのは、従弟の曹浩と義従弟の曹休であった。
曹休は曹騰の弟の曹鼎の子供の曹遂の子だ。ちなみに曹遂はまだ生きており、曹洪の兄でもある。
曹昂にとって、曹休は義理ではあるが従弟にあたる。
「二人共。元気そうだね」
「ああ」
「従兄さまの婚儀と聞いて、一族の者達と来ました」
「ありがとう」
「しかし、まさか昂が先に婚儀を結ぶとはな」
「その風の噂で、相手は董卓の孫娘と聞きましたが、本当なのですか?」
「ああ、そうだよ」
曹昂が噂が本当だと告げると、二人は身を乗り出した。
「「それで、相手はどれくらい可愛い?」」
「……可愛いよ。かなり」
「良いな~」
「しかし、従兄さまには、貂蝉という傍付きの侍女が居ますでしょう。その者はどうするのですか?」
「ああ、貂蝉と話し合って、貂蝉は妾になってもらったよ」
「羨ましい~」
「凄いです。従兄さま」
曹浩は羨ましそうに、曹休は素直に凄いと驚いていた。
曹昂からしたら、良いのかなと思うが、この時代だから良いのかと思う事にした。
流石に、陣地で婚礼を挙げるのは問題だと思ったのか、曹操が蔡邕に「何処か婚礼を挙げるのに良い所を貸してくれないか」と王匡に口利きしてくれと頼んだ。
すると、王匡は快く応じて、自分が所有する屋敷を提供してくれた。
古代中国では婚儀には六礼という取り決めや儀式があった。
それらは
これらの儀式を、ある程度の期限をつけて行う。
だが、今は乱世という事で、略式で行われる事になった。
これには丁薔も不満の声は無かったので、すんなりと決まった。
それから数日後。
借りた邸の入り口に赤い垂れ幕が掛かり、至る所が赤い帯で装飾された。
楽団が笛と笙しょうを吹き、琴を奏でて今日という日を祝う。
曹操の一族の者達は、既に宴席につき酒を飲み歓談に興じていた。
曹操の息子が婚礼を挙げるという話は直ぐに広まったのか、日頃から親しくしている者達が訪ねてきたりした。
流石に、袁紹と袁術は出席はしなかった。
董卓打倒の兵を挙げたというのに、その董卓を討つ事は出来ずに、董卓の孫娘の婚礼に出席するのは自尊心が許さなかったのだろう。
だからと言って、連合に参加した諸侯の全てが出席しなかったという訳では無く、領地に帰る途中であったのだろう陳留の張邈とその弟の張超といった、曹操と親しくしている者達は参加してくれた。
皆、酒を浴びるように飲みながら、今回の主役である曹昂にお祝いの言葉を述べた。
「まだ成人はしていないが、お主も所帯を持った事で、これで一廉の男と言えるだろう。今後は長男としての責務に励むが良い」
「ははは、これからは大変かも知れんが頑張るのだぞ」
「そう言えば、曹操殿の側室にお子が出来たとか。これはもしかすると、曹操殿はお子と孫の顔を見る事が出来るかも知れませんな」
「ほぅ、それは二重にめでたいですな‼」
来客した人達は曹昂が婚礼を挙げた事を祝いつつ、曹操に子供が出来た事を知りお祝いの言葉を述べていた。
赤い
その曹操はというと、笑顔で来客達を応対していた。
しかし、時折顔を顰めていた。来客達は不審に思い訊ねるが、曹操は大した事ではないと笑い、訊かれない様にした。
実は婚礼の準備が終えて明日婚礼の日を迎える前夜、丁薔は卞蓮が妊娠した事を知った。
寝耳に水の出来事に驚く丁薔。そして、直ぐに曹操を問い質した。
曹操も準備の忙しさに、教える事を忘れていた。
それで慌てて謝るのだが、今まで知らなかった事に怒りが収まらなかった丁薔は暴挙に出た。
何処からか、棒を持ってきて曹操を叩こうとしだした。
曹操は、いきなりの事と怒っている丁薔の形相を見て、思わず逃げ出した。
突然の暴行に、周りの者達は驚き止めようとしたが、丁薔の剣幕を恐れて皆、止める事が出来なかった。
「済まん‼ 私が悪かったから許してくれ‼」
追い駆ける丁薔に、曹操は必死に謝っていた。
普段は大胆不敵。剛胆無比。才気煥発を地でいく曹操であったが、丁薔に追いかけられる姿は、まるで猫に追いかけられる鼠の様であった。
暫くしても、二人の追いかけっこは続いたので、皆が曹昂を呼んで来た。
事情を訊いた曹昂は、呆れつつも丁薔を宥めた。
それで、ようやく丁薔は怒りを収めた。
だが、翌日から曹操の事を徹底的に無視しだした。
隣に居るのに、まるで居ない人の様に扱うので、皆は恐怖した。
曹操も長い付き合いなので、今は何を言っても駄目だと思い、此処は敢えて丁薔にあまり近付かないようにした。
代わりに卞蓮の相手をしようとしたが、丁薔の事を気遣っているのか、それとも今回の件は、曹操が悪いと知っているからか、自分に近付かせない様にした。
二人の夫人にあしらわれた曹操は、仕方が無いと思い気持ちを切り替えて来客達の応対をした。
曹昂は、二人の喧嘩を見て此処まで派手な喧嘩をして、よく離縁しないなと内心思った。
同時に、仲は良いんだなと改めて知った。
そう思っている間も、客は自分の下に来るので応対していた。
宴もたけなわになってくると、丁薔がそっと近付き、
「そろそろ、新婦の下に向かいなさい」
と言うので、曹昂は新婦の董白が居る部屋へと向かった。
その道中の案内は何の因果か貂蝉であった。
曹昂の前に立ち案内してくれた。
「…………」
今自分の目の前で案内する貂蝉を見ながら、今はどんな心境なのか聞きたかった。
だが、流石に失礼だと思い訊かない事にした。
ただ、二人が廊下を歩く音だけが響いていた。
遠くからは、宴に招かれた客達の笑い声と楽団が奏でる楽器の音だけが聞こえて来た。
そうして、二人は部屋の前まで来た。
「どうぞ、新婦は中でお待ちです」
貂蝉が入るように言うと曹昂は入る前に貂蝉を見る。
「……貂蝉」
「はい。若様。失礼しました。曹昂様」
もう婚礼を挙げるのだから流石に「若様」と呼ぶのは失礼だと思ったのか、貂蝉は慌てて曹昂と呼び出した。
「……そう遠くない内に二人だけの婚礼を挙げよう」
妾になるのだから正式に婚礼を挙げる事は出来ない。曹昂はその代わりに二人だけで式を挙げようと言う。
それを訊いた貂蝉は驚いたが、直ぐに微笑んだ。
「……はい」
貂蝉は笑顔で応えて、曹昂に一礼して離れて行った。
貂蝉が離れて行ったので、部屋の戸に手を掛けた。
戸を開けると、其処には赤い絹のベールで顔を隠した董白が寝台に座っていた。
曹昂は何も言わず黙って董白の下に向かう。
その間、二人は一言も喋らなかった。
董白の下に来て、手でベールを取ると、化粧が施された董白が居た。
此処で、別人だったらショックだなと、曹昂は愚にも付かない事を思っていた。
そして、董白の傍に座る。
董白は曹昂に顔を向ける。
顔は見る見る内に、赤くなっていた。その赤みは化粧ではない。
「……何か言えよ」
このぶっきらぼうな言葉使いは、董白だなと思い曹昂は苦笑する。
「笑うなよっ」
「ごめんごめん。でも、董白だと思うとね」
「ふんっ。あたしの化粧姿を見て面白いのかよっ」
「そうじゃないよ。いつもよりも綺麗で可愛いと思っただけだよ」
「~~~」
歯が浮くような事を言われ、董白は照れていた。
そして、曹昂はその手を取る。
「これからどうなるか分からないけど、出来る限り一緒に生きようね」
曹昂は切実な思いを込めて言うが、董白はこんな時でも憎まれ口を叩いた。
「へっ、お前も戦場に出るんだ。いつ死ぬか分からねえんだ。そんな事を言うものじゃねえだろう」
「そうかもね」
「……まぁ、あたしが傍に居れば大丈夫だろう。と言うか、付いて行くからなっ」
「うん。分かった」
「後、子供は欲しいから、その、お互いに、頑張ろうな……」
言っていて恥ずかしくなったのか、董白は顔が赤くなっていった。
「う、うん。そうだね……」
前世でも、結婚する事無く人生を終えたが、結婚するという事がどういう意味なのかは分かっている。
その意味が分かっているので、曹昂は顔を赤くする。
二人は顔を赤くしたまま、そろそろ閨を共にすべきかと思った。
曹昂は灯されている蝋燭の火を消そうと息を吹きかけようとしたら。
「ち、ちょっと待ったっ」
「どうしたの?」
「その、これだけは言っておかないと駄目だと思って」
何を言うのだろうと思い曹昂は傾聴する。
「い、幾久しく……よろしく」
董白は上目遣いで、曹昂を見ながら告げた。
あまりの可愛さに、曹昂が照れてしまいそうになった。
それを悟らせないために、慌てて蝋燭の火を吹き消した。
曹昂達が初夜を迎えている頃。
宴が行われている席では騒々しかったが、めでたい日という事で和やかな空気があった。
そんな中で、曹操は笑顔を浮かべて酒を飲んでいた。
その曹操に男性が酒が入った徳利を持ってやって来た。
「この度は真にめでたいですな」
「はは、そのお言葉に感謝する」
曹操達は和やかに会話していたが、男が曹操が持っている盃に酒を注ごうと身を乗り出すと。
「例の者達を連れて参りました。どのようにしますか?」
笑顔を浮かべていた男性が突如、真面目な顔をして曹操に訊ねてきた。
「そうか。良し。別室に案内しろ。それと丁重に扱うのだぞ」
「御意」
男性が答えると、同時に盃にはなみなみと酒が注がれていた。
男性は笑顔で頭を下げて、曹操から離れて行った。
曹操は笑みを浮かべて、酒を喉ヘと流し込んだ。
「……これで拠点が確保できる」
そう呟いた後、手酌で酒を飲み続けた。
本作では曹休は曹昂の三つ下とします。
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