曹昂、初めて劉備と会う

 孫堅軍、敗れる。


 


 その報はボロボロになった孫堅と共に齎された。


 丁度その時、袁紹達は酒宴を催していたが、ボロボロの孫堅が袁術に兵糧を送らなかったから負けたと詰った。


 袁術は部下が勝手にした事と言って部下の首を斬り、そして孫堅の軍の再建に手を貸すという事で許してもらえた。


 だが、袁紹達からしたら孫堅の勝利を疑っていない所に負けた、という報告が来たのだ。


 酒で赤らんでいた顔が、今では酔いが醒めて青かった。


 諸侯は陣地に戻ったが、事態が急を要すると判断した袁紹は急遽、態勢挽回の軍議を開いた。


(酒宴をする暇があるのなら、こういう軍議を最初から開けばいいものを)


 父曹操と共に、軍議に参加している曹昂は内心でそう思った。


 そして、軍議が行われたが、集まった諸侯の者達は口が重く、誰も何も提案しなかった。


 孫堅が敗北した事が、余程の衝撃だったようだ。


 盟主である袁紹が何か言うべきなのだが、意気消沈しており何かを言う気が無かった。


 これは駄目だ、と思いながら何となく集まった諸侯達を見る。


 そうして見ていると、公孫瓚の後ろに控えている人物達が目についた。


 一人は大きな耳を持ち、人が良さそうな顔をしていた。


 一人は身の丈九尺約二百十センチで長い鬚髯を持っていた。


 最後の一人は、虎の様な髭を生やしていた。


 その三人を見て内心、もしやと思い曹昂は曹操に訊ねた。


「父上。あそこにいる御三方は誰か知っていますか?」


「うん? ああ、公孫瓚殿の後ろにいる三人か。あの者達は黄巾の乱の折り、義勇軍を率いた劉備とその義理の弟関羽と張飛だ」


「ああ、義勇軍を率いたっていう」


 やはり劉備かと思いながら、曹昂は曹操に話を続けた。


「これからどうします?」


「敵の動向次第としか言えん」


 曹操が曹昂と話をしていると、兵士が軍議の場に入って来た。


「申し上げます。盟主、皆様方にご報告いたします。敵将、華雄が一軍を率いて、南門で『曹操と袁紹の首を持って来るのであれば命だけは助けてやる』と叫んでおります!」


 見張りの兵が報告に、驚きつつも不審に思う袁紹達。


 陳留は地理的に言えば、虎牢関の東にある。


 なので、虎牢関から華雄が一軍を率いて来たのならば、西門か北門に来る筈だ。


 それなのに、南門で叫んでいるのはおかしかったからだ。


「何故、華雄は南門に居るのだ?」


「それは分かりませんが。華雄は叫ぶ前に陳留の周りをぐるりと回った後に、南門で一軍を待機させて叫びだしたのです」


 見張りの兵の報告を聞いて、皆意味が分からずざわつきだす。


 その中で曹操は少し考えて分からなかったので、曹昂に訊ねた。


「息子よ。どうして華雄は南門で叫んでいるのだ?」


「……恐らくですが。南門に配備している『帝虎』と『竜皇』が少ないからでは? 文台様を救援に行く時に出撃させて、その後整備させる為に今、陳留の中に居ますので。南門の数は少ないのです」


「そうか。そういう訳か」


 曹昂の意見を聞いて腑に落ちた曹操。


「ふはははは。華雄、恐るるに足らずっ」


 曹操が高笑いしながら、そう広言する。


 それを訊いて袁紹達は目を剥いた。


「曹操。何故、そんな事を言えるのだ? 相手は孫堅を退けた程の強者だぞ」


「ははは、確かに文台殿を退けた手腕は見事と言えるでしょう。ですが、どうして南門にだけ軍を展開させて叫んでいるのかお分かりか?」


 そう訊かれて袁紹達は分からないので何も言えなかった。


「曹操殿はそれがお分かりか?」


「如何にも。伯珪殿。華雄は南門だけ展開している理由、それは」


 曹操は一度区切って溜めた。


 袁紹達は生唾を飲み込んで傾聴した。


「それは、この陳留を守っている『帝虎』と『竜皇』を恐れているからです!」


 曹操の言葉を聞いて、袁紹達はいまいち意味が分からないという顔をしていたので、曹操は説明する。


「南門に配備している『帝虎』と『竜皇』は少ないのです。ですので、華雄は其処で叫んでいるのです」


 その説明を聞いて、袁紹達は腑に落ちた顔をした。


「成程。それで南門に展開しているのか」


「それで南門にだけ展開しているのか。ようやく分かったぞ」


「ははは、猛将と言えど『帝虎』と『竜皇』には勝てないという事か」


 華雄が南門にだけ展開している理由が分かり、袁紹達は皆、顔を明るくした。


「……ふっ、その様な者に怯えては我ら連合軍の名が廃るというものだ。誰か、華雄の首を取るという者はおらんかっ⁉」


 袁紹はようやく喜色満面で諸侯達に命じた。


 すると、袁術の後ろで侍立している物が前に出た。


「私にお任せを。華雄など一刀の下に討ち取って御覧にいれましょう」


 そう言って腰に下げている鞘に収まった剣を見せながらその者は言った。


「この者は私の配下の武将の兪渉にございます」


 袁術が諸侯に兪渉を紹介した。


「おお、貴殿が袁術配下で武勇誉れ高い兪将軍か。宜しい。行って華雄を討ち取って参れ。見事、討ち取る事が出来れば望む物を与えよう」


「はっ」


 兪渉は一礼して、その場を離れて行った。


 そして、馬を率いて陳留の外で展開している華雄の下に一騎で駆けて行った。


 しばらくすると、見張の兵が駆け込んで来た。


「兪渉将軍は華雄と刃を交えましたが、数合交わした後に斬り殺されました!」


 見張りの兵の報告を聞いて、諸侯達は驚いた。


 中でも袁術は寵将と言っても良いぐらいに、気に入っていた配下の死を聞いて愕然としていた。


「…ふはは、中々やりおる。次に華雄を討たんという者はおるかっ」


 袁紹がそう訊ねると、諸侯達は顔を見合わせた。


 誰も名乗り出ないので冀州州牧の韓馥が前に出た。


「では、我が配下の勇将潘鳳はんほうを行かせましょう。潘鳳は百戦して未だに負けなしの大斧の剛勇の壮士。華雄など瞬く間に討ち取って御覧に入れます」


「潘将軍は何処だ?」


 袁紹がそう訊ねると韓馥の傍に居た武将が前に出た。


「ここに居ります」


「うむ。見るに頼もしそうな豪傑と見た。出陣して、華雄をたちどころに斬り捨てて参れ」


「はっ」


 潘鳳は畏まって一礼して、皆の前から離れて行った。


 直ぐに出撃の準備をし、自慢の大斧を持って城外へ出て行き、華雄へと向かっていった。


 間もなく潘鳳は、華雄に討たれたという報が袁紹達に齎された。




 その報を聞いて、意気消沈する袁紹達。


 このままでは不味いと思い曹操は袁紹に声を掛けた。


「大将が狼狽しては勝てる戦も勝てなくなります。此処は酒でも飲んで気を落ち着かせましょう」


 曹操が部下に酒を持って来させるように命じると、部下達は直ぐに人数分の酒杯を持って来た。


 酒杯を渡された者達は、ぐびぐびっと音を鳴らして酒を飲んでいた。


「・・・・・・ああ、惜しいかな。此処に我が配下の顔良と文醜を連れて来れば、華雄など、たちどころに切り捨てるものを」


 此処に居ない者の事を言っても、意味が無いと思いながらも袁紹はそう言わずにいられなかった。


 自分の腿を叩きながら、嘆声を発した。


「此処には沢山の諸侯が居ながら、華雄一人討ち取る事も出来ないとは情けなや。これでは、我が連合軍は天下の笑い者となるであろう」


 盟主である袁紹が悔いる事ばかり言うので、諸侯達は言葉無く俯きだした。


 そんな中で、劉備の傍に控えていた関羽が前に出た。


「袁紹殿。某に命じて下され。さすれば、華雄など討ち取って御覧にいれましょう」


 その声を聞いて俯いていた諸侯達は顔を上げて、その声が聞こえた方に顔を向けた。


 そして、其処に居る関羽を見た。


 常人ではない面構えに、諸侯達は瞠目した。


「お主は何者ぞ?」


 袁紹が訊ねると、公孫瓚が前に出た。


「申し上げます。この者は私の客将の劉備の義弟関羽と申す者です」


「関羽とな。そちの官職は?」


「馬弓手にございます」


 関羽の官職を聞いた袁紹は眉間に皺を寄せた。


「雑兵風情が口を出すなど、無礼千万である。下がれっ」


 袁術が激昂して叱った。


「まぁ、落ち着かれよ。公路殿。雑兵とは言え、諸侯の前で大言を吐くのです。余程の自信があるのでしょうや。此処は行かせたらどうでしょうか?」


「曹操。華雄に雑兵など向かわせたら、良い笑い話になるだけだぞっ」


「言いたい者は好きに言わせておけばよろしい。関羽よ。貴殿とは黄巾の乱の折りに戦場を共にした事はあるが、軍中でその様な大言を吐いたのだ。もし、華雄の首を取る事が出来なければ分かっておろうな?」


「我が首を捧げましょう」


 関羽がそう言うので、曹操は手を叩いた。


「宜しい。では、この酒を飲んで華雄の首を取って参れっ」


 関羽は曹操が自ら注いだ酒杯を見たが取ろうとしなかった。


「その盃は預かって頂きたい。直ぐに戻り華雄の首を取った後に頂きます」


 関羽は拝礼してその場を離れて行った。


 関羽の後姿を見送った曹昂は盃を持ったままの曹操に近付く。


「父上。どう見ます?」


「そうだな。出来れば関羽が勝って欲しいというところだな。董白から華雄について何か聞いたか?」


 諸侯の集まる場と言う事で、この場には居ない董白に董卓軍の事を聞いている曹昂に訊ねた。


「呂布が来る前は、董卓軍で一番の猛将だったそうです」


「そうか。もし、討ち取る事が出来れば董卓軍の士気は落ちるだろうな」


「ですね」


 恐らく討ち取るだろうなと思いながら曹昂は返事をした。


 多少ではあるが、顔見知りなので敗れる事に曹昂は少しだけ心が痛んだ。

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