華雄敗退

「…………」


 陳留の外で、華雄は指で頻りに手綱を叩きながら何時頃、虎牢関に引き上げようか考えていた。


 虎牢関で偵察の帰りを待っていると、董卓からの使者が来た。


『一万の兵を率いて、陳留に行き武威を見せよ』


 と孫堅を打ち破った感状と共に、送られた命令書により華雄自身が、一万の兵を率いて陳留に向かった。


 その命令書を見た時に、華雄は苦い顔をしていた。


 此処は副将の趙岑を行かせようとしたが、使者が渡した文を読んでいた時に一緒にいた。


 その時に、心底行きたくないという顔をしていたので、仕方無く行く事になった。


 陳留に着く少し前に、偵察に出した者達と合流した。


 偵察に出した者達が、全員『陳留は『帝虎』と『竜皇』が隙間なく並べられている』と報告した。


 それを訊いた華雄は撤退したかったが、此処で帰れば董卓に何と言われるか分からなかったので、とりあえず陳留で、反乱軍に挑発だけする事にした。


 陳留を一回りして『帝虎』と『竜皇』が一番少ない南門で挑発した。


 すると、城から騎馬に乗った将軍が出て来た。


「我こそは兪渉なり。華雄、その首貰ったっ」


 と言って、数合交えると打ち倒した。


 少しすると、また騎馬に乗った将軍が出て来た。


 最初と違うのは、得物は剣ではなく斧であった。


「華雄、その首、潘鳳が貰う!」


 と言って掛かって来たが、最初に戦った兪某よりも強かったが、華雄の前では蟷螂の斧であった。


 直ぐに討ち取れた。


 二人の将軍を討てれば、十分かと思った。


 華雄の背後で控えている兵達も。


「流石は華雄将軍だ」


「反乱軍も『帝虎』と『竜皇』が居なかったら、こんなものか」


「これなら大丈夫じゃないか?」


 という声が聞こえて来た。


 陳留に来た時は『帝虎』と『竜皇』を見た時は怯えていた兵達も、華雄が将軍を討ち取るのを見て意気込みだした。


 武威は示せたので、そろそろ虎牢関に戻ろうかと考えていると。


 城の城門が開いた。


 開かれた城門から、騎馬に乗った者が出て来た。


 敵将かと身構える華雄であったが、その者は長い鬚髯を持ち、鳳凰の様な目に太い眉を持っていたが、その者の防具を見るとかなり貧弱であった。


(何だ。あやつは?)


 自分に向かって来る相手を訝しむ華雄。


「華雄将軍。その首、関羽が貰い受けるっ。そりゃあああっ」


 自ら関羽と名乗った男は、持っている薙刀を振るい華雄に攻撃を加える。


 その掛け声で、向かって来る者が敵なのだと悟った。


 大上段から、振り下ろした薙刀の一撃は風切る音と共に、華雄に襲い掛かる。


 その攻撃を斧槍で防いだ。


「ぬうっ、こやつ出来るっ」


 華雄は今までの相手が弱かったので、驕っていた自分を叱咤しながら得物を振るう。


 華雄の斧槍と関羽の薙刀が火花を散らせながら刃を交える。


 華雄軍の兵達と城壁の上に居る連合軍の兵達も、二人の戦いに目を奪われていた。


 その剣戟は、永遠に続くのかと思われるぐらいに続いた。


「ぬりゃああ!」


「ふんぬううぅぅぅ」


 関羽の薙刀の振り下ろしと華雄の刺突が同時に繰り出された。


 次の瞬間、壮絶な光景となった。


 華雄は左腕を切り落とされ、関羽は馬の首ごと腹を貫かれた。


 関羽は華雄が持っている斧槍を、どんな武器なのか分かっていなかった。


 槍の様に尖っている穂先は、突起の様な物だろうと思い込んでいた。


 その突起が槍だと分かったのは、刺された瞬間であった。


「ヒヒ~ン⁉‼」


 関羽が乗っている馬は、首を貫かれて悲鳴を上げて横倒しになった。


 関羽も腹から血を流しながら、落馬した。


 通常であれば、華雄が追撃すれば関羽は討たれるだろうが、華雄は左腕を肘まで切り落とされた。


 如何に猛将と言われる華雄であっても、流石にその状態で戦闘を続けるのは不可能であった。


「くっ、後日再戦しようぞ」


 華雄はそう言って、傷口を武器を持っている片手で抑えて口で手綱を操りながら馬首を翻した。


 軍に戻ると、くぐもった声で叫んだ。


「てったいするぞっ」


 華雄の声により、華雄軍は虎牢関へと撤退を始めた。


 華雄軍が引き始めたのを見て、見張りの兵達は歓声を上げて太鼓を叩きだした。


 そして、すぐさま袁紹達が居る軍議の場に兵が向かった。


「報告します。敵軍が退き始めました‼」


「なんとっ」


「おお、あの華雄を討ったと⁉」


 袁紹達は兵の報告を来て驚きを隠せなかった。


「いえ、それがどうやら相打ちだった模様で。華雄は手傷を追いながら撤退を始めましたっ」


「何だとっ。華雄はまだ討たれていないと言うのかっ?」


「はっ。関羽も手傷を負い落馬しました。生死は確認しておりません」


 兵の報告を聞いて、愕然とする劉備と張飛。


 其処に腹を抑えながら、やってくる関羽の姿があった。


 左手で傷を抑え、右手に薙刀を持ち口には手の様な物を咥えている。


 腹から血を流しながらも歩く姿に、見ている者達は恐怖よりも落ち着いている様に畏敬の念を抱いた。


 傷を負いながらも、痛みを感じさせず動じない姿に皆、目を奪われていた。


 そして、袁紹の前に薙刀を置き、更に咥えている物を置いた。


「敵将華雄の首は取る事は出来ませんでした。代わりに華雄の片腕を切り落としました。それでも先程の大言を帳消しにならないというのであれば、我が首を捧げます」


 関羽が、頭を垂れながら言う。


 それを訊いた諸侯達は、揃って袁紹の顔を見る。


 どの様な裁決を下すか見る為だ。


 皆、生唾を飲んで袁紹の言葉を待った。


「……よろしい。関羽よ。先程の大言は華雄の腕を切り落とした功績で無効とする。更には、華雄を退けた功を称えて良馬と百金を与えよう」


 袁紹は少し黙ったが、此処は功績を称えた方が得策だと思い称賛した。


 それを訊いて諸侯達は歓声を上げる。


「ありがたきお言葉」


 関羽は拝礼した。


 そして、曹操は酒杯を持って近付く。


「関羽殿。酒は飲めるかな? 傷が痛むと言うのであれば。後日、差し上げようか?」


「いえ、腹の傷が痛むので、どうか気付けに一杯」


 関羽が飲みたいと言うので、曹操は酒杯を渡した。


 渡された酒杯を、一気に飲み干した。


「……ふぅ、美味い酒だ。そして、まだ少し暖かいですな」


 関羽は酒の感想を述べていると、張飛が近付いた。


「兄貴。兄貴。早く治療せねばっ」


「落ち着け。張飛。今参る」


 張飛が急かすので、関羽が落ち着けと言わんばかりに手で制しながら傷の治療に向かった。


(何と言う男だ。腹に傷を負いながら顔色を変えないで、此処まで来るとは)


 曹操は関羽の泰然さに冷や汗をかいた。

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