曹昂、孫策に会う

 |初平元年「西暦190年一月。


 


 総大将が袁紹に決まると、袁紹は参謀を曹操に、兵糧の監督を袁術に任じた。


 その後で吉日を選んで祭壇を築き、生贄を捧げて旗揚の儀式を執り行った。


 その壇を上がる袁紹。


 剣を抜き天へと掲げる。


「我、天と、地と、先祖の御霊に誓う。不肖袁紹。衆望に推されて、逆族討伐の指揮の大任を得る。持てる全ての力を使い漢を救い、逆族を討ち天下万民を苦しみから助ける事を誓う」


 そう宣言する袁紹。


 それを訊いて、祭壇の周りにいる将兵達は「千歳千歳千々歳」と叫んだ。


 そして、式が終わると袁紹は諸侯達を集めた。


「私は菲才の身であるが、天の導きに従い盟主の座に就いた。こうなれば立派に盟主を務め、功ある者は賞し、罪ある者は罰する。各々、謹んで怠る事ないように」


 と盟主になって、最初の命令を発した。


 諸侯達は頭を下げて、一礼して答えた。


 袁紹はそれを見て、満足げに頷きながら、次の命令を出した。


「我らは洛陽へと進軍すべきだ。その前に誰か先陣を務めて虎牢関の門を開けて貰いたい。誰かおられるか?」


 その声に応じて、二人の諸侯が立ち上がった。


「「我、赴かん」」


 そう名を挙げたのは、北平太守公孫瓚と長沙太守孫堅の二人であった。


 両名共に天下に武名を届かせている豪傑であった。


 二人は暫し睨み合った。


「文台殿。此処は譲ってもらえないだろうか?」


「いや、此処は貴殿が譲られよ。伯圭殿。虎牢関を攻めるのであれば、我が軍の方が良いと思うぞ」


「何故か?」


「貴殿の軍は騎兵が主体。だが、虎牢関を攻めるのであれば歩兵が多い方が良い。我が軍は歩兵が多い。故にここは譲られた方が良いと思うのだ」


 孫堅が言う通り公孫瓚の兵は、騎射のできる兵士を選りすぐって白馬に乗せた「白馬義従」という騎兵の部隊を中核にした軍団編成をしていた。


 孫堅の方は歩兵を主体にしている軍団編成であった。


 これは、どちらかと言えば地域による編成の違いであった。


 北方の交通手段は馬で、南方の移動手段は船で移動するので、どうしても騎兵と歩兵で偏りが出るのだ。


 孫堅の指摘に公孫瓚も反論できないのか口を閉ざしたが、先鋒になりたいと顔に書いてあった。


 反董卓連合軍の先鋒となれば、戦功間違いなしであるので成りたいと思うのは、別に不思議ではなかった。


「袁紹殿。ご決断を」


 これ以上話し合えば、険悪になりそうなので曹操が盟主になった袁紹に決断させる事にした。


「うむ。では、孫堅殿。貴殿に先鋒を務めてもらおうか」


「有り難く」


 孫堅は袁紹に一礼する。


 そして、先鋒が決まると、次がどのような戦略を立てるかを話し合った。




 軍議が終わると、曹操は曹昂を連れて自分の陣地へと戻ろうとした。


「孟徳殿。暫しお待ちを」


 曹操を呼び止める者が居た。


 それは孫堅であった。


「ああ、文台殿。何か?」


 先鋒になったのだから、その準備で忙しい中で話しかけて来たのだ。曹操は何か重要な用事でもあるのだろうと思った。


「いえ、貴殿がご子息を連れているのを見たので、私も息子を挨拶させようと思いまして」


「貴殿の御子息か。さて、江東の虎の御子息とは如何なる人物かな」


「はは、大した者ではござらんよ。孫策」


「はい。父上」


 孫堅が呼ぶと、傍に居た十五歳ぐらいで武具に身を包んだ男の子が曹操達に一礼する。


「初めまして。孫策と申します。よろしくお願いします」


「お主が孫策か。ほぅ、立派な顔付きではありませんか」


「いや、そう言って貰えるとありがたい。貴殿の御子息に比べたらまだまだです」


「ははは、私の息子も似たようなものですよ。であろう、昂」


 曹操が曹昂を見て言うので、曹昂は無言で頭を下げる。


「まだ若輩の身ですから。父上にもこの場に集まった皆様方にも遠く及びません」


「ははは、曹昂君は謙虚であるな」


 孫堅は笑いながら、曹昂の肩を叩く。


 肩を叩かれながら、曹昂は孫策を観察した。


(ふむ。結構美男子だな。孫朗と言われる程に美男子であったと聞いているけど、本当だったようだ)


 曹昂が孫策の顔を見ていると、孫策はニッコリと笑った。


「お前が曹昂なんだってな、俺は孫策だ。よろしくな」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 曹昂が頭を下げると、孫策は曹昂の背中を叩いてきた。


「なぁなぁ、お前ってさ、六年前の黄巾の乱の時に故郷の城に攻め込んで来た黄巾党の兵三十万を三千の兵を指揮して撃退したって、本当なのか?」


「それはちょっと違うよ」


「へぇ、どう違うんだ?」


「攻め込んできたのは三万で守ったのは二千の兵で、兵を指揮したのは僕じゃないから。僕は手伝いしただけ」


「手伝い? どんな?」


「……兵器を作ったぐらいだね」


「兵器を作った⁉ その時ってお前、九歳だろう⁉」


「うん。でも、何かその時の戦に参加した人は、僕が指揮した風に霊帝陛下に書状を書いたから、黄巾党を撃退した恩賞を僕にくれたんだ」


「いやいや、九歳で兵器を作るとか。そっちの方が凄いから」


「ありがとう。と言っても『墨子』の書物を読んで書物に書かれている通りの兵器を作っただけだから」


「俺はさ、武芸は得意だけど。書物とか読まないから、読んでも絶対に出来ないぜ」


 孫策は笑いながら言うが、それを訊いた孫堅は溜め息を吐き、曹昂は顔に笑みを張り付けたまま固まった。


(それって、つまり脳筋という事では? もしかして、孫策って残念な美男子イケメン?)


 曹昂は孫策の言動から、そう思ってしまった。

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