連合軍結成

 集まった兵士達が『帝虎』と『竜皇』を拝んでいる間も、諸侯達は続々に陳留に集まって来た。


 主だった諸侯達が集まると、軍議が開かれた。


 軍議に参加しているのは東郡太守の橋瑁。兗州牧の劉岱。陳留太守の張邈とその弟で広陵太守の張超。済北国の相の鮑信。山陽太守の袁遺。後将軍袁術。冀州牧韓馥。河内太守王匡。渤海太守袁紹。長沙太守孫堅。北平太守公孫瓚。北海太守孔融。荊州牧劉表。そして曹操の計十五名であった。


 曹昂は曹操の傍に居た。


「檄文に集まった諸侯はこれで全てか?」


「その様だな」


「見たところ、徐州と益州と涼州と交州の所の太守や州牧などは来ていないようだ」


「陶謙。劉焉。馬騰だな」


「交州はあまりに遠いので日和見をしているのだろう」


「今、名前を挙げた三人もそうなのでは?」


「だろうな」


 事実、陶謙。劉焉。馬騰。士燮の四人は檄文が届いても、立場を明確にしないで静観していた。


「此処に居ない者の事で話をしていても仕方が無かろう。それよりも、今はこの連合軍の事で話そうではないか」


 曹操がそう言うと、集まっている者達が口を閉ざした。


「曹操よ。此度の其方の呼び掛けにより集まった諸侯達の軍勢は如何程なのだ?」


 袁紹が訊ねると、曹操は傍に居る部下から竹簡を渡された。


 その竹簡をじっくりと端まで見る曹操。


「お答えいたします。此度の呼び掛けに集まった軍は歩兵が三十六万。騎兵が十四万。総勢五十万の軍勢となります」


 曹操の報告を聞いて諸侯達は驚きと称賛の声を上げる。


「素晴らしい。漢室を助ける為に集まった者達がこれだけ居るとは」


「これだけの数が居れば、董卓も胆を潰すであろう」


「むしろ、寝台の布団に包まって怯えているのでは?」


 諸侯達は余裕綽々で、冗談を言って笑いあう。


「しかし、大軍である以上、総指揮を取る者が必要です。誰か、この連合軍の盟主になろうと思う者はおられるか?」


 曹操がそう訊ねると、皆口を閉ざした。


 五十万の大軍を預かるとなれば、実力は元より家格も無いと駄目だと思ったからだ。


「曹操。お前がしたらどうだ?」


 袁紹は勧めるというよりも、水を向けるという感じで曹操に話を振る。 


「私には荷が勝ち過ぎている。此処は別の者が良いだろう」


 曹操はこの連合軍の盟主よりも、参謀になって指揮するべきだと思い断った。


 それに連合軍の盟主など、お飾りで何の実権も無い役に就くつもりもなかった。


「そうか。では、誰でも良いので、この者はと言う者が居れば推薦してもらいたい」


 袁紹がそう言うと袁術は立ち上がろうとしたが、それより先に腰を上げる者が居た。


「本初殿。皆様方。私は連合軍の盟主に本初殿を推薦いたす」


 そう言うのは、孫堅であった。


 その言葉を聞いた袁術は、横目で孫堅を睨んだ。


 袁術の視線に気付いていないのか、孫堅は話を続ける。


「本初殿は四世三公を輩出した漢の名門袁家の出身。その徳は高く名望も地位も全て盟主に相応しいと思います」


「そうじゃ。本初殿なら適任だ」


「何せ、名門袁家の出身であるからな」


「うむ。何も問題無いな」


 諸侯達も孫堅の意見に賛成していた。


 この連合軍の中で、一番多くの兵を有している事も賛成された要因でもあるのだろう。


 ちなみに、袁紹は四万の兵を引き連れて来た。


 それを聞いた袁術は、内心で此処にも名門袁家の出身の者が居ると叫びたかった。


 だが、場の空気から、もう袁紹が盟主になる事を決まっている雰囲気で袁術は口を挟めば、自分の立場と名声に傷がつくと思い、口を閉ざす事にした。


「ふむ。どう思う? 曹操」


 袁紹が直ぐに返事をしないで、曹操に訊ねたのは曹操がこの連合軍の発起人であるからだ。


 一応、礼儀として訊ねた。


「私は何の問題も無いと思うが、公路殿はどう思われる?」


 曹操が袁術に話を振った。


「何故、私に訊ねる?」


「なに、推薦とは言え、このまますんなり決まっても良いものかと思ってな。そうであろう。息子よ」


 曹操は傍に居る曹昂にも話を振った。


 話を振られた曹昂に、皆の視線が集中する。


「あれが曹操自慢の息子か?」


「噂では曹操の懐刀という話だ」


「その才は、あの董卓も認めて傍に置いていたとか」


「呂布と義兄弟の契りを交わしたという噂もあったな」


 そんな契り交わしてない、と思いつつ咳払いする曹昂。


「父上。私の様な若輩者に意見を求めるのはどうかと思いますが?」


「良いではないか。こういう議論の場では如何なる者であろうと意見を言うべきであろう」


「そうですか。では、愚考いたしましたところ、推薦で決めるのではなく天に決めて頂くと言うのは如何ですか?」


「天? どうやってだ?」


 袁紹がそう訊ねると、曹昂は答えないで手を叩いた。


 すると、話し合いの場に兵士達が入って来た。曹操以外の各諸侯達の前に墨が入った壺と筆と木片が置かれた台が置かれた。


「曹昂。これは何をするのだ?」


「皆様にはその木片に自分の名前を書いて頂き、この箱の中に入れて貰います。そして、発起人の父が引いた木片に書かれている名前の者が連合軍の盟主になると言うのは如何ですか?」


「成程。天に任せるか。曹操は参加しなくてよいのか?」


「父上は発起人ですから。此処は公平にでしょう。父上」


「うむ。その通りだ」


 曹操は文句無く答えた。


 それを聞いた諸侯達は、思わず袁紹を見た。


 此処までの話の展開は、想定なのだろうかと思っていた。


 だが、袁紹も知らなかったのか、顎を撫でながら感心しながら曹親子を見ていた。


 袁紹からすれば、此度の連合軍に参加して、董卓を討てれば十分な名声を得られるだろうと思っていた。


 其処に連合軍の盟主であったとなれば、その名は天下に広まるので勿怪の幸いであった。


 諸侯達も別に誰が盟主でも構わないという顔色であったが、袁術だけ明らかに不満そうな顔をしていた。


 日頃から仲が悪いとは言え、普段から自分の名門袁家の出自を主張してる袁術が推薦とは言え、同じ家柄の自分が選ばれたとあっては、何か面倒な事を起こしそうな予感があった。


 なので、盟主になっても、そこだけが不安であった。


 其処に、曹昂のこの提案がされてその不安も解消された。


 これで誰が選ばれても「天の導き」と言われたら、誰も文句は言えないからだ。


「では、各々。その木片に自分の名を書くが良い」


 袁紹がそう言って自分の名を書きだした。


 袁術は話を聞いている途中から、嬉々として名前を書いていた。


 諸侯達は話を聞いていて、冷や汗をかいていた。


 袁紹の話ぶりから、事前に袁紹に話をしていないのに関わらず、この木片等が用意されているという事は、この展開になる事を想定して用意していた事になる。


 まるで、予知しているかの様であったので諸侯達は恐ろしいと思った。


 そして、内心噂以上に切れるのではと思った。


 そんな思いを抱きながら諸侯達は、筆を取り木片に名前を書いていく。


 書き終わると、曹昂が箱を持って諸侯達の前に行く。諸侯達は箱の中に木片を入れていく。


(……何か、化け物を見るかのような目で見られている気がするのだけど、気のせいかな?)


 諸侯達が畏れに満ちた目で見てくるので、曹昂は不思議がっていた。


 最後の一人が入れ終わると、曹昂は曹操の前まで行く。


「父上。どうぞ」


「うむ」


 曹操が手を伸ばして箱の中に入れる。


 そして、手に取った木片には袁紹と書かれていた。


「天の導きにより、連合軍の盟主は袁紹になった。皆々様。異論はござらぬか?」


「「「本初殿。盟主の就任。おめでとうございます!」」」


 袁術以外の諸侯達が立ち上がり一礼しながら声を上げる。


 皆が立ち上がるので、袁術は仕方が無いと言いたげな顔で立ち上がり一礼する。


 それを見て袁紹は返礼した。


「よろしい。では、天意に従いこの袁紹本初が連合軍の盟主の役を引き受けよう」


 袁紹がそう言うと、次の議題とばかりに曹操に訊ねる。


「曹操よ。我らは五十万の大軍とは言え、天下に示す大義名分が無い。このままでは乱兵とみなされる。何か妙案は無いか?」


 と訊ねつつも貰った檄文には献帝から詔勅を貰った事が書かれていた。


 袁紹が訊ねたのは詔勅がある事の確認だ。


「お任せを。お望みの物はこれです」


 そう言って曹操は、この軍議が行われている場所に、着いた時から持っている紙を見せた。


 曹操は座っている床几から、立ち上がり前に出た。


 それを見るなり、他の諸侯達と連れて来た副官や護衛やこの場に居る者達が曹操の元まで来て跪いた。


「『『賊臣董卓は朝廷を奪い、無辜なる臣民を殺し国を奪い山野を枯らした。朕は毎夜先祖に賊臣をのさばらせる己が無力を詫びている。忠勇なる烈士よ。憂国の忠臣達よ。この都へと攻め上がり、奸賊を討ち漢王朝を再興せよ。


                                                     中平六年冬十一月勅』」


 紙を広げるなり、力強く堂々と述べる曹操。


 それを訊いて感じいる者達が居たが、袁術は疑問に思い口に開いた。


「ふむ。曹操よ。その勅書はおかしくないか?」


「何がです。公路殿」


「献帝陛下は幼い上に今は董卓の手中の中だ。それなのにどうして勅書を出せるのだ?」


 袁術の疑問は的を射ていた。


 他の諸侯達も小声で「確かに」とか「では、あれは何だ?」と言っていた。


 それを訊いた曹操は口角を上げた。


「公路殿の疑問は尤もではありましょう。ですが、この曹操は断じて、偽の勅書を持って義兵を募りはしませんっ」


 それを訊いた諸侯達の中で、東郡太守の橋瑁は訝しんでいた。


 檄文を書いた時は、ついでに詔勅も偽造してくれと頼まれたのだが、この陳留に着いた時には「偽物の勅書は燃やしてくれ」と言われたのだ。


 打倒董卓に必要では、と思いながら言われた通りにその偽物の勅書は燃やした。


 これからどうするのだろうという思いで橋瑁は話を聞いていた。


「何故、そう言いきれるのだ?」


 袁術は曹操が自信満々に居るので、逆に興味が湧き訊ねた。


「では、御覧なさいませ。この勅書には天子が書いた物だという証がございます」


 曹操は、そう言って持っている勅書を袁術に渡した。


 袁術は目だけ動かして勅書を見ていたが、最後の印が押されている箇所を見て目を疑った。


「こ、これは。この印『受命于天 既寿永昌』と彫られているではないかっ」


 袁術が、そう叫ぶので近くに居た袁紹が、その紙をひったくり中身を見た。


「おお、これはまさしく伝国璽の印。曹操よ。これは本当に献帝陛下の密詔なのだなっ」


「まさしく。その通りです」


「曹操。一体、これをどうやって手に入れたのだ?」


 袁紹がそう訊ねると曹操は曹昂を手で示した。


「我が息子曹昂が董卓に近付き信頼を勝ち取り、そして天子に近付いて王允殿に代筆してもらい印を頂いたのです」


 それを聞いて諸侯達は曹昂を感心しながら見た。


「素晴らしい。これもお主が考えた策か?」


「如何にも。私は最初、董卓を暗殺しようとしましたが、失敗した。失敗した時の事を考えて前以て息子に董卓に近付いて信頼を勝ち取り、天子に近付いて勅書を書いてもらうようにしろと命じていたのです」


「「「おおおおおおっ」」」


「素晴らしい。流石は曹操だっ」


「貴殿の事を世間では奸雄と呼ぶが正にそうだな」


「お褒めにあずかり恐縮です」


 曹操は頭を下げるが、曹昂はこれが言った者勝ちかと思った。


(勅書を貰って来いと一言も言っていないのに。言った事にするとは。流石は父上だ)


 改めて、自分の父親の頭の切れに感心したのであった。

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