第三章

私財をはたいて作ったけど

「……良し。これで後は金と職人を持ってきて貰えれば良いな」


 曹昂は自分が書いた竹簡を見た。


 誤字が無いか確認をしている様だ。


 祖父の曹嵩宛に書いた文で、内容は曹昂の蔵に入っている金の全てと、職人を連れて来てくれと書かれていた。


 金だけでは無く職人を連れて来るのは『帝虎』と『竜皇』を作ってもらう為だ。


 董卓の相国就任式の際、その『帝虎』と『竜皇』が百官達と共に並べられた。


 李儒にその事を訊ねると。


『竜は天を。虎は地を司る神獣。兵器とはいえそれを模した物が、置かれれば十分権威になる』


 と教えてくれた。


 智謀に長けた李儒がそう言うのであれば『帝虎』と『竜皇』を城の周りに並べておけば、反董卓連合軍の権威と言う名の箔付けになると思ったからだ。


 譙県に居る職人達には『帝虎』と『竜皇』の前身にあたる虎戦車(仮)の時から、制作に係わっていた。


 なので、大量に生産するには、どうしても手を借りたかった。


 竹簡を送った数十日後。


 金を積んだ馬車と、職人達が陳留に到着した。


「親方。遠くからご苦労様」


 譙県から陳留までかなりの距離があった。幾ら護衛を連れているとは言え、大変であっただろうと思い曹昂が苦労を労う為に会いに行った。


「これは若君。お久しぶりです」


 親方と言われた男は、曹昂を見るなり一礼する。


 それに倣って、一緒に付いてきた弟子達も曹昂に一礼する。


「呼び出して済まない。急に必要になったものだから」


「ははは、お気になさらずに。こうして仕事を貰い給金を貰っているのですから、何の問題もありませんよ」


「そう言って貰うと助かるよ。製作は明日からで良いから」


「何の。部品の製造でしたら今すぐにでも掛かりますぞ。本格的な製造は明日からになりますが」


「い、いや。長旅で疲れているだろうから休んでからで良いよ」


 過労死とかしないか、心配であった曹昂は焦らなくても良いと言うが、親方は問題ないとばかりに、胸を叩いた。


「ご安心を。この程度の旅でへこたれる儂でもないし、弟子達もその様な柔ではありません。そうだろう。お前達っ」


「「「おうっ」」」


 親方が声を掛けると、弟子達は大声で答えた。


「ははは、じ、じゃあ、無理はしない様に頑張ってね」


 本人達がやる気なので、気を削いではいけないと思い曹昂は任せる事にした。


「はっ。お任せをっ」


 親方が一礼して弟子達に振り返り「作業に掛かるぞっ。若君の顔に泥を塗るなよ!」と言って弟子達を動かした。


 この時代の仕事ってブラックなのかな? と思いながら作業の邪魔にならない様に離れて行く曹昂。


 親方達が意気込むのは、曹昂の異国の知識からもたらされる技術で、自分達の技術も向上する上に、見た事も無い物を作れるという職人の冥利に尽きていたからだ。


 それに加えて衛大人からの、依頼で四輪の馬車の制作も行っている。


 貴族から富豪まで金に糸目をつけずに作る様に言うので、一生食いっぱぐれる事が無い程に稼いでいた。


 だから、親方達は大喜びであった。


 一昔前までは、譙県にある弟子が数人しか居ない小さい鍛冶屋であったが、今では大きな店を構えて弟子も沢山出来ていた。


 その恩返しとばかりに、親方と弟子達も意気込んでいたのだ。




 それから数十日が経った。




 親方達のお蔭で、陳留の城の周りには『帝虎』と『竜皇』が並べられた。


 頼んだ事なので、それは問題ではなかったが、まさか『帝虎』と『竜皇』が置かれる事で起こる問題まで、曹昂は予想すらしていなかった。


 曹操と曹昂の二人が城壁に居た。


「のぅ、息子よ」


「はい。父上」


「お前は『帝虎』と『竜皇』を城の周りに並べたのは反董卓連合軍の権勢を示す為なのか? それともこれ・・を行う為に製作したのか?」


「その、権威付けになると思い製作したのです。まさか、こうなるとは思いもしませんでした」


 曹昂が申し訳なさそうに、頭を下げながら眼下の光景を見た。


「さぁさぁ、戦勝の御利益がある神獣に拝みたいのであれば一人百銭。一人百銭だ! 今なら『帝虎』か『竜皇』のどちらかだけじゃなくて、両方を拝んでも同じ値段だっ」


「はいはい。押さないで下さい。ちゃんと拝む事は出来ますから。祭壇を行いたい方は、どれ程の時間をやるのか事前に教えて下さい。御酒は金を払うのであれば、こちらで用意します。祭壇の供物に関しては各自でご用意を」


 今、陳留の城の周りには、各地の諸侯達が率いて来た兵達が城の周りにある『帝虎』と『竜皇』を拝んでいたり祈ったりしていた。


 最初『帝虎』と『竜皇』を見た事が無かった張邈や曹仁などは驚いていたが、作り物だと分かると、感心しながら見ていた。


 曹操がこの兵器が黄巾の乱の時に活躍した事を話すと、それを訊いた兵士達は、戦勝の御利益にあやかろうと拝みだした。


 日が経つ毎に増えていく『帝虎』と『竜皇』であったが、それでも兵士達は拝むのを止めなかった。むしろ増えて行った。


 作り物だと分かっているのに、どうしてだろうと不思議がる曹操達。


 其処に諸侯達がやって来て『帝虎』と『竜皇』を見るなり、皆腰を抜かしていた。


 噂で曹操の息子が虎と竜を使い敵軍を滅ぼしたという噂があったが、本当であったのだと知った。


 あまりの作りの見事さに、諸侯達も連れて来た兵達もおもわず拝んだり祈ったりしていた。


 中には祭壇を作っている者まで居た。


 曹昂は其処までするかと思ったが、それを見た曹洪はこれは良い商売になるのではと思い試しに『帝虎』と『竜皇』に拝んだり祈ったりする者達から金をとり始めた。


 曹操達は誰も払わないだろうと思っていたが、曹洪が笊を持って『帝虎』と『竜皇』を拝もうとしている兵士達に近付き「拝んだり祈るのなら、百銭払って貰おうか」と言うと、兵士達は慌てて懐を弄り財布から百銭を出して曹洪に渡した。


 それを見た曹洪はニヤリと笑い、商売を始めた。


 そして、今に至る。


「いや、お前が悪い訳ではないのだが。まさか、これで金を稼ぐ事が出来るとはな」


 一度祈っても戦争で生きるか死ぬか分からない以上、何度も祈る者が多かった。


 お蔭で、曹洪はがっぽり稼いでいた。


「止めさせます?」


「それはやめておけ。こういうのは下手に止めさせると、後々面倒なことになるからな。好きにさせておけ」


「はぁ、分かりました」


 曹操がそう言うので曹昂は何もしなかった。


 飽きるかと思われたが、今度は火を吹くところを見たいとか。本当に人が押さなくても、馬が退かなくても動くのか、見たいという要求が来た。


 で、実際見せると何処かの神の社にある御神体の様に祀られだした。

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