閑話 洛陽のとある一日
曹昂が洛陽におり、その日は朝廷に出仕しない日であった。
その日は呂布も出仕しない日という事で、稽古をつけてくれる事となった
お互いに棒を構えながら、距離を取りつつ睨み合っていた。
「「…………」」
どちらも一歩も動かないので、ただ時だけが過ぎて行った。
曹昂は焦れてきたが、呂布は泰然としていた。
「……りゃああっ」
焦れて来た曹昂は、攻撃を仕掛けた。
勢いがある突きだが、呂布はその攻撃を余裕で防いでいた。
それでも、曹昂は攻撃を仕掛けて行った。
何度突いても、呂布の身体に掠る事は無かった。
「甘いっ」
曹昂が棒を引き戻そうとしたところを、呂布は曹昂の持っている棒を打ち上げた。
高く上げられた棒は回転し、曹昂の後ろに落ちた。
「ま、参りました」
「単調に攻め過ぎだ。もっと狙いを付けて攻めよ」
「狙いですか?」
狙えと言われても、何処を狙えば良いのか分からい曹昂。
「まず、狙うのは急所だ。だが、相手も其処を狙われない様に守っているだろう。だから、攻撃をして相手の隙を作るのだ」
「ふむふむ。急所を狙いつつ、相手の隙を作るですか。成程」
戦場に出て戦っている者は適当に得物を振るい相手を倒していると思っていたが違うのだなと思う曹昂。
「では、続けるぞ。拾って構えよ」
呂布が続けると言うので、曹昂も棒を拾い構えた。
数刻後。
稽古が終わり呂布が帰ると、曹昂は貂蝉の手を借りて稽古で付いた傷を治療していた。
縁側で濡らした布で冷やすだけであったが、それだけでも曹昂にとっては十分な治療であった。
「いやぁ、今日もきつかったな」
「大変でしたね。若様」
貂蝉は濡らした布を、腫れているところに押し当てた。
少しだけ痛いと思いつつ、曹昂は息を吐いていた。
「今日はこれから如何なさるのです?」
「特に予定が無いから、部屋に居るかな」
曹昂が今日の予定を思い出すと、何も無いので、部屋で過ごすと言った。
それを聞いた貂蝉は顔を輝かせた。
「では、今日はゆっくりと」
「お~いっ、暇だから遊びに来たぜ」
貂蝉が話している最中に、董白が庭からやって来た。
董白を見るなり、貂蝉は顔を固くした。
「ああ、董白。今日の習い事は?」
「面倒だから逃げて来た。何か遊ぼうぜ」
「はいはい。ちょっと待ってね」
冷やした布を当てた事で打撲したところは痛みを感じなくなった。
曹昂は乾いた布で軽く体を拭いて、はだけた服を着て董白の相手をしだした。
二人が楽しそうに笑うのを、貂蝉は羨ましそうに見ていた。
その夜。
貂蝉は言いつけられた仕事を終えて、廊下を歩いた。
自室へ戻っている最中であったが、厨房から音が聞こえて来た。
(もう、夕食は終わっているから、誰も居ない筈だけど?)
何事だろうと思い貂蝉は厨房に足を向けた。
厨房に灯りが灯ったようで、室内から明かりが漏れていた。
廊下からそっと顔を出して室内を見た貂蝉。
すると、曹昂が竈の前で蒸籠を前に立っていた。
竈には火が着いた薪が放り込まれており、蒸籠から湯気が出ていた。
「若様。どうしたのです?」
「ああ、貂蝉。丁度良い所に」
貂蝉に声を掛けられた曹昂は、声がした方に顔を向けた。
そして、顔を綻ばせた。
「何をなさっているのですか?」
「ああ、実は甘い物を食べたいと思ってね。作ったんだ。ちょっと、食べてくれるかな」
「私で良ければ」
甘い物と聞いて、貂蝉は内心で喜んでいた。
曹家に来てからというものを、水飴だけではなく蜂蜜も食べる事が出来た。
奴隷になる前の生活でも、口にする事など出来なかった物を食べれる事に喜んでいた。
どんな物が食べれるのだろうと思い、楽しそうに待った。
「そろそろ良いかな」
曹昂は蒸器の蓋を取ると、中には器が入っていた。
器の中には黄色い物が入っていた。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます。ところで、これは何と言う物なのですか?」
「プリンという西域にある御菓子だよ」
曹昂から食べ物の名前を聞いた貂蝉は匙を取り掬って食べ始めた。
数日後。
卞蓮が貂蝉に歌舞を教えている日であった。
教えられた型を忠実に再現する貂蝉。
その動きを卞蓮は厳しい目で見ていた。
やがて、踊り終わると貂蝉は荒く息をついていた。
「・・・・・・ねぇ、貂蝉」
「はい。何ですか。奥様」
卞蓮が訊ねて来たので貂蝉が答えると、同時に卞蓮は脇腹を突いてきた。
「な、なにをっ」
「……貴女、最近肉が付いて来てない?」
卞蓮の指摘に貂蝉は衝撃を受けた顔をしていた。
肉が付いて来たという事は即ち、太ったという事だ。
ここ数日、曹昂が作るプリンの試食をしていた所為か、少し前に比べると肉が付いて来たと自分でも感じていた。
(……これも、若様が作る料理が美味しいからいけないんですっ)
貂蝉は心の中でそう叫んだ。
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