孫堅。強かに勢力拡大
曹操が飛ばした檄文が長沙郡の孫堅の元まで来た。
その檄文を読むなり、孫堅は直ぐに兵を募った。
そして、二万の兵が集まり、その兵を率いて北上する。
北上していると、武陵太守の曹寅から手紙が届いた。
何事だと思いながら手紙を見るとこう書かれていた。
『荊州刺史の王叡が董卓と通じて連合を阻止する密約を結んだ模様。光禄大夫の
その手紙とは、別に光禄大夫の温毅の檄文も渡された。
この檄文と手紙を読むなり、家臣に見せる前に少し考えた。
(光禄大夫の温毅だと? その様な高位の者が武陵太守の曹寅と親しいとはおかしすぎる)
光禄大夫とは、天子の側にあって顧問対応、議論を司る役職だ。
どう考えても、太守に檄文を送るような身分ではない。
其処から考えて、孫堅はある事を思い出した。
「そう言えば王叡と曹寅は仲が悪かったな。そして、王叡は日頃から曹寅の事を殺すとか言っていたな」
孫堅は王叡の事を知っていた。
少し前、黄巾の乱以降荊州が混乱している頃、一緒に仕事をした事があった。
その時に、王叡は氏素性が定かではない孫堅に無礼な事を言っていた。
孫堅本人の耳に入る事もお構いなしに。
そんな事があったので、孫堅も王叡の事を嫌っていた。
王叡自身も見栄っ張りで、大言壮語するという厄介な人物で、嫌っている者が多かった。
(はは~ん。成程。そういう訳か……)
孫堅はこの手紙が届いた理由が分かった。
曹寅は日頃から、仲が悪い王叡が自分を殺そうと謀っている事を知ったので、それを何とかして貰おうと、檄文を偽造して孫堅に殺して貰おうとしたのだ。
曹寅の狙いが分かったので、好機とばかりに目を輝かせた。
日頃から王叡の事を嫌っていた事に加えて、王叡が董卓討伐軍に参加する為に兵を集めていると聞いていたからだ。
集めている数までは、分からなかったが少なくとも一万の兵は居ると予測した。
これから戦に赴く以上、一兵でも欲しいと思うのは当然の事であった。
孫堅は家臣達を集めて軍議を行った。
「皆の意見を聞きたい。この檄文に従うべきか否か」
孫堅が居並ぶ家臣達にそう訊ねると、少しのざわめきの後で家臣団の中で一番年長の程普が口を開いた。
「殿。その手紙を信じても宜しいのでしょうか? 王叡の目は節穴かも知れませんが軽率に信じるは止めた方が良いと思われます」
「確かに、程普殿の言う通りだ」
程普の言葉に祖茂、黄蓋、韓当の重臣達は同意とばかりに頷く。
「確かにそうだ。だが、上手くいけば一万以上の兵を手に入れる事が出来るのだぞ」
「如何にして兵だけ手に入れるおつもりか? 戦でもすれば我らも向こうも損害を出ますぞ」
「其処は任せろ。私に考えがある」
孫堅は胸を叩いた。
それを見ても重臣達は不安そうな顔をしていたが。
孫堅の一番近くの右の席に座っている者が、孫堅に興味深そうに訊ねた。
「父上。如何なる策をお考えなのか、御教示して下さい」
そう言うのは端麗な容姿を持ち、頬の赤らみがあどけない十五歳ぐらいの少年であった。
この者の名は孫策と言い、孫堅の長子だ。
まだ、十五歳であるのに孫堅と共に戦場に居るのは、孫堅が連れて来たからだ。
十五歳にしては普通の少年よりも成長しているので、弓も剣も達者であった。
それに戦場を知るのも悪くないだろうと思い連れて来たのだ。
「息子よ。父に訊ねる前に、どのような事をするのか考えてみたか?」
孫堅がそう訊ねると、孫策は少し考えると輝くような笑顔を浮かべて答えた。
「分かりません‼」
それを訊いた孫堅は、重い溜め息を吐いた。
「……父は少しは考える事をした方が良いと思うのだが」
「お恥ずかしながら、私はどうも頭を使うのが苦手でして。ですので、どうかご教授を」
孫策が頭を低くして、教えを乞う。
それを見て孫堅は内心で、どうにもこの子は考えるという事は駄目だ、この子と年齢が近くて頭の良い子を側近にしなければと考えていた。
差し当たって周家の子供の周瑜が側近だなと思った。
本音を言えば、曹昂が良かった。
だが、曹昂は曹操が頼みとする息子なので、駄目だろうと思い除外した。
曹昂は曹操の息子とは思えない程に、落ち着いて温厚な性格なので激しい性格の孫策を上手く扱ってくれる気がしていたのだ。
周瑜も悪くはないのだが、名門周家の出という事だからか。どうにも気位が高い気がした。
なので、他の者と衝突するという不安があった。
そう思ったのは一瞬で、直ぐに思考を切り替えた。
「ふふふ、簡単な事だ。仮病を使えば良いだけだ」
「「「仮病?」」」
それを訊いた者達は何をするのか分からなかった。
数日後。
武陵郡漢寿県。
其処には王叡が居た。
その王叡の下に孫堅軍の使者が来た。
「なに? 孫堅が病に倒れただと?」
「はっ。病は重くこのままでは天下の逆賊の董卓の討伐軍に参加する事は甚だ難しく、我が殿の息子の策殿は十五歳とまだ若いので、誰かが自分の代わりに軍を率いて貰いたいと思っていました所に、丁度通耀殿が居られる城が近くにありましたので、我が殿は自分の代理に軍を率いて欲しいと言っております」
通耀は王叡の字の事である。
使者の口上を聞いて、王叡は最初は疑っていた。
日頃から仲が悪い自分に、そんな大事な事を任せるとは思えなかった。
何かあると思うのだが、今は反董卓連合軍に参加する為に一人でも兵が欲しかった。
王叡は今一万の兵を持っている。
其処に孫堅が率いる約二万の軍を加えれば約三万になる。これだけの数を率いれば連合軍でも強い発言力を持てるだろうと予想した。
其処まで思うと、怪しいと思いは、あるものの兵は欲しいと思った。
「そ、それは大変だ。良し。では、その事を話す為に私が直接、文台殿と話すとしよう」
「では、何時頃、参りますか?」
「そうだな。今日中に向かうと伝えてくれるか?」
「承知しました」
使者が一礼して部屋から出て行くと、王叡は笑い出した。
「ははははは、あの戦にだけ強い海の者とも山の者とも知れない奴が私を頼るとはな。人生、何が起こるか分からないなっ」
まさか、こんな事になるとは思いもしなかった王叡。
そうとなれば急がなくてはと思い、準備を整えて孫堅の陣を張っている所へと向かった。
護衛の兵と共に陣地に着くと、陣は悲しみに満ちた空気があった。
兵達もヒソヒソと何か話していた。
断片的に聴こえてくるのは「重篤」「もう長くない」という言葉であった。
その言葉を聞いて王叡は笑みを浮かべた。
使者の話は本当なのだと分かったからだ。
これで自分は、天下に名を轟かす事が出来ると意気込んでいた
「これは通耀殿。良くお越しになられました。将軍がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
程普が案内してくれると言うので、王叡はその案内に従った。
その案内で天幕の外まで来た。
「こちらです。護衛の方は此処でお待ちを。ああ、武器はこちらで預かります」
程普がそう言うと王叡は文句も言わないで武器を預けて天幕の中に入って行った。
そして、天幕に入ると孫堅は刀を杖の様にして床几に座っていた。
「そ、そそそんけんっ。何故、お前がここにっ‼」
病気で、倒れている筈の孫堅が起きている事に驚いていた。
驚いている王叡の耳に悲鳴が聞こえて来た。
「な、何だ⁈」
「お前が連れて来た護衛が今しがた死んだのだ。さて、お前には光禄大夫の温毅から斬刑に処して良いと檄文が届いている」
「斬刑だとっ」
「だが、お前とも知らぬ仲ではない。死に方は選ばせてやる」
孫堅がそう言うと傍に居る部下が、盆に乗せた盃を王叡の前まで持って来た。
「この盃には金を溶かした物が入っている。お前は何時だったか来世は金持ちになりたいから、もし死ぬ時があれば、金を飲んで死にたいと言っていた事を思い出してな。其処で用意したぞ」
「……もし、拒否すれば?」
「この刀でその首を斬る」
孫堅は刀身を見せた。
キラリと光る刀身。
それを見て覚悟を決める王叡。
「……私が死ねば一族の者はどうなるのだ?」
「檄文にはお前を殺せとしか書かれていない。だから、お前の一族は害しはしない。私の名前に掛けて誓おう」
「それを訊いて安心した。では、来世はお前よりも金持ちになってやるっ」
王叡はそう言って盃を取り一気に流し込んだ。
飲んで直ぐに、苦しそうな顔をして喉を手で抑え、口から血を出して倒れた。
程なくして、孫堅は王叡麾下の軍一万を手に入れた。
余談だが、荊州刺史であった王叡が死んだ事で荊州が混乱したが、荊州牧の劉表が混乱を治めた。
州牧と刺史は地位で言えば同じなのだが、現益州の州牧の劉焉が州牧制を復活したのだ。
だが、州牧制の前にあった刺史制は廃止しなかったので、州によっては刺史と州牧が存在している州があった。荊州は州牧と刺史が並列している州であった。
それから更に北上すると、孫堅達は南陽郡に差し掛かった。
其処には太守の
張咨は王叡と親しくしていたので、後の災いになると思った孫堅は一計を図った。
まず、孫堅は張咨に軍糧を分けてもらうように申し出た。
だが、張咨は友人の王叡を殺した事を知っている事と、性格が吝嗇であったのでその申し出を断った。
それを訊いた孫堅は、笑みを浮かべた。
「天下の逆賊の董卓を討つ戦に参加する我等の協力を断るとは。それ即ち董卓に協力する敵である。敵は斬り捨てねば後顧の憂いとなろうっ」
と叫ぶなり三万の兵を動員して、南陽へ進軍し攻撃した。
張咨は一万以上の軍を持っていたが、まさか急襲して来るとは思わず備えなどしていなかった。
南陽はあっという間に落とされて、張咨は韓当に斬られ戦死した。
そして、孫堅は五万にも及ぶ兵を連れて陳留へと向かった。
余談だが、太守の張咨が討たれた事で、南陽郡は混乱したが、其処に南陽郡に居た袁術が自分の家の名声を使い混乱を治めて、ちゃっかりと太守の地位に就いた。
正式な着任ではなかったが、郡に住んでいる民達は混乱を収拾した袁術を称えて、太守になる事を喜んで迎え入れた。
拠点を確保した袁術は直ぐに配下に命じて、兵を集めた。
総勢で三万ほど集まった。
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