なんという事だ

 洛陽を脱出した曹昂達はとりあえず陳留を目指した。


 その途中で木陰で小休止していた。


 曹昂は其処で配下の三毒の情報を聞いていた。


「父上は陳留で兵を集めているか。兵力は?」


「騎兵、歩兵全て合わせて一万弱です」


「うちの私財を全て使ってもそんなものか。他の諸侯の動きは?」


「曹操様が東郡太守の橋瑁に檄文を書いてもらい、それを各地の諸侯に届けられました。それにより豫州州牧の孔伷。兗州州牧の劉岱。陳留太守の張邈とその弟で広陵太守の張超。済北国の相の鮑信。山陽太守の袁遺の方々は兵を集めて陳留へと向かっております」


「袁紹や袁術と言った有力者達はどうしている?」


「部下の報告ですと、檄文は届き兵を集めては居ますが動きが、動きが遅いとの事です」


 報告を聞いて曹昂は、どうやら袁紹達はこちらの動きを静観するつもりだと理解した。


(檄文が届いたからと言って諸侯がどれだけ集まるか分からない。更には檄文に書かれている詔勅が本物かどうかも分からないから、他の諸侯の動きを見るという感じか)


 そう簡単に、動くのなら既に挙兵していてもおかしくなかった。


 あの二人は、見栄っ張りだが意外な所で慎重だからなと思っていた。


「引き続き情報収集をする様に」


「承知」


 報告に来た三毒が一礼して離れて行くのを見送り、身体を伸ばしていると卞蓮が豆パンを乗せた皿を持っていた。


「あれ? お腹が空いたのですか?」


「え、ええ、ちょっと小腹が」


「小腹ですか?」


 卞蓮が持っている皿には豆パンが山の様に盛られていた。


 どう見ても小腹が空いたからと言って食べる量ではない。


「え、ええ、あの子、結構食べるのよね」


「何か言いました?」


「いえ、何も。それにしてもこの豆パンっていうのは美味しいわね。豆が甘くてパンの味を引き立ててくれるわ」


 パンは自家製で豆は水飴ではなく砂糖で味付けた。


 砂糖は董卓に頼んで分けてもらった物だ。


 貰った砂糖を見たところ、黒砂糖に分類される黒っぽい色の粒であった。


 その砂糖で豆を煮込み、自家製のパンに混ぜ込んで焼き上げた。


(そう言えば。董白がパンをえらく気に入っていたな)


 よく屋敷に来るので食事を共にした。


 色々な料理を美味しいと言いながらたらふく食べていた。その中でパン系が好きで自分の屋敷に持って帰るくらいに気に入っていた。


「もう少ししたら陳留に着きます。其処で父上と合流しましょうね」


「ええ、久しぶりに旦那様に会えて嬉しいわ」


 卞蓮はそう言って自分が乗る馬車に戻っていく。


 その後姿を見ながら曹昂はふと思った。


(そう言えばご飯を食べる時、卞蓮は馬車で食べるけど何でだろう?)


 気になりはしたが何かあるのだろうと思いそれ以上考える事はしなかった。




 数日後。




 曹昂達はようやく陳留が見える所まで辿り着いた。


「若君。陳留が見えましたぞ」


「そうか」


 曹昂は馬車から、顔を出して陳留を見た。


 城の防壁には、曹の字が書かれた旗が掲げられており、兵も防壁の上で待機していた。


「随分と物々しい雰囲気ですな。何事でしょうか?」


「気にしなくて良いよ。とりあえず城内に向かおう」


 曹操が、兵を集めている事を知らない供の使用人は防壁の物々しさが気になったが、曹昂が問題ないと言うので、それ以上の事は気にしないで陳留に向かう事にした。


 そして、陳留の城門前まで着くと、見張りの兵に呼び止められた。


「何者か?」


「我等は曹操様の屋敷に仕える者達です。曹操様に会いに参りました」


「・・・・・・暫し待たれよ」


 兵がそう言って、近くに居る者に確認に行かせた。


 少しすると、城門が開いた。


 出て来たのは、夏候惇であった。


「お前達は孟徳の屋敷の使用人と言うが何か証拠はあるか?」


「僕が証拠です。元譲様」


 夏候惇が出て来るのを見た曹昂は、馬車から降りて姿を見せた。


「おお、昂か。久しぶりだな。よく洛陽を抜け出す事が出来たな」


「手を貸してくれる人が居たので」


「しかし、それにしては供が多いと思うが」


「ちょっと色々と有りまして、蔡邕様のご家族も居るのです」


「うん? 蔡邕と言えば董卓の腹心だろう。大丈夫なのか?」


「そこら辺は大丈夫です。それよりも父上に会いたいのです」


「そうだな。案内するから付いて来い」


 夏候惇が案内してくれると言うので曹昂は馬車に乗り夏候惇の後に付いて行った。




 夏候惇の案内で、城内の市庁へと案内された。


 市庁の中に、ある広間に通された。


 其処で待つように、夏候惇に言われて曹昂と蔡邕は待たされた。


 卞蓮は「久しぶりに会うから化粧したい」と言って、貂蝉と数人の侍女を連れて何処かの部屋に行った。


 その時に何故か、馬車に載せていた箱も持って来たのは気になったが、今は曹操に話す方が、大事だと思い気にしなかった。


 そうして待っていると、鎧を纏った曹操がやって来た。


「おお、息子よ。元気そうで何よりだ」


「父上っ」


 曹操が両手を広げているので曹昂は曹操の下に行き抱き付いた。


「ははは、元気そうで何よりだ」


「はい。色々な事が有りました」


「そうだな。話には聞いている。全く、お前という奴は、私の予想の斜め上の行動をとりおるわ。ははは」


 曹操は董卓に仕えるだけではなく、孫娘の婿になった事を言っているようだ。


 曹昂も頬をかいた。


「僕もそうなるとは、思いもしませんでした」


「そうか。まぁ、こうして会えたのだから良しとしよう」


 曹操は笑顔で、曹昂の頭を撫でると蔡邕に目を向ける。


「ようこそ。伯喈殿。こうして会える事を嬉しく思います」


「私も同感ですな。孟徳殿」


 お互い頭を下げて、一礼する。


「伯喈殿。どうして此処まで来たのか理由は分からないが、董卓に仕えるのが嫌になったと考えればよろしいのかな?」


「その通りだ。孟徳殿。良ければ貴殿に助力したいと思う」


「それは大いに助かります。今は一人でも才ある者が欲しい所でしたので」


「微力ですが、役に立つように頑張らせてもらいます」


 蔡邕は頭を下げて一礼する。


「こちらこそよろしく頼みます。それにしても、昂。どうやって洛陽を抜け出したのだ?」


「董白の婚約を祖父様と母上が反対しているようなので説得する為と言って出てきました」


「成程な。ところで、お前が婚約するその董白というのはどんな子であった?」


「どんな子って。それは」


 曹昂は頭の中でどう言うべきか考えた。


「……活発な子でしたね。明朗闊達と言うべきでしょうね」


「そうか。どんな子か、私も会って見たかったぞ」


 曹操が笑いながら話していると、卞蓮がやってきた。


 化粧すると言ったが、その顔を見るにしていない様に見えた。


「何の話をしているのかしら?」


「おお、お前か。なに、昂の嫁になる者の話をしていたのだ」


「董白の事? 可愛い子だったわよ。何度か屋敷に来て話をしたわ」


「そうか。可愛い子か。お前も隅に置けんな」


 曹操はニヤニヤしながら曹昂を見る。


「あら、旦那様は会って見たいの?」


「うむ。その通りだ。まぁ、無理だろうがな」


 曹操は、諦観の思いで口に出す。


 そんな曹操を見て卞蓮は笑う。


「そう言うと思って連れて来たわよ」


「「「…………えっ?」」」


 卞蓮の口から出た言葉を聞いて耳を疑う曹操達。


 皆信じられないという顔をしていた。


「ど、どういう事ですか?」


「だから、連れて来たって言っているの。ほら」


 卞蓮が横に退けると、其処には着飾った董白の姿があった。


 化粧を施されて、可愛いのだけど艶やかな雰囲気をだしていた。


「は、初めまして。そ、そそそ、曹昂の……よ、よめになる。董白と言います。こ、ここれからよろしく、おねがいします……」


 顔を真っ赤にして、ボソボソと言う董白。


 それを見て卞蓮は可愛いと言いたげな顔をしていた。


 傍に居る貂蝉は、ムスっとした顔をしていた。


 曹操達はと言うと、目の前に董白が居るので驚愕のあまり何も言えなかった。


「・・・あ、ああ。うむ。息子の嫁にピッタリな子だな。うん」


 曹操は驚きは、したものの直ぐに気を取り戻して、無難な言葉を言った。


 曹操の言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべる董白。


 可愛らしい董白の顔を見ながら、曹操達は頭の中ではこの子、どうしようと言う思いで一杯であった。

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