第二章
意外と早く帰って来るんだな
去年の十二月に光和から中平に年号が変わったが、曹昂からしたら全く実感が無かった。
黄巾の乱が終わった事を記念しての改元であるのだが、未だにそこかしこで黄巾党の残党が反乱を起こし、盗賊行為を行っていた。
これじゃあ、改元した意味が無いと思いつつも曹昂達が居る豫洲には被害は無いので他人事の様に感じていた。
しかし、これから多くの反乱が起こった後に、霊帝が崩御した後に董卓が台頭する事を知っている曹昂は自室でそのための対策を考えていた。
「う~ん。虎戦車の改良点は分かったから其処を直すとして、問題は火薬か」
あれば便利ではあるが、問題があった。それは火薬の原料となる物の一つの入手先が無い事だ。
それは硫黄だ。
曹昂がいる豫洲は中原と言われるだけあって平原は多い反面山が少なかった。
調べてみると江東、荊州、益州も山はあるにはあるが、一番多いのは河北だと分かった。
困った事に輸送するにしても時間と金が掛かる。それで火薬を作るとなると費用だけ掛かって割りに合わないという結論になった。
なので、火薬を作るのはまだまだ先の事になるなと思えた。
「まぁ、その内する事が見つかるか」
そう思い曹昂は、去年から飼っている犬鷲の調教をしていた。
この犬鷲は最近になって、ようやく曹昂に懐いてくれた。
今では、曹昂が餌を与えても警戒する事無く食べている。
折れた翼はもう治っているのだが、まだ鷹狩りはさせていない。
故郷に帰って来て鷹匠を呼んで鷲を飼うコツと飼育の仕方を学んで実戦中の曹昂。
その内、文字を覚えさせようと思いつつ、餌である野兎の肉を与える。
「ほら、お食べ。
飼うと決めた時、どんな名前にしようか悩んだが。中国の神話に出て来る双睛そうせいという伝説の鳥の別名を付ける事にした。
「ピィワー」
重明は機嫌良く鳴きながら餌である野兎の肉を啄んで食べていた。
なるべく共に居て餌を与える事で信頼関係を作ってから空へ飛ばすべしと鷹匠の人に言われたので、曹昂はその意見に忠実に従い餌を与えて信頼関係を作っている。
これでも十分だと思うのだが、鷹匠の人から見るとまだまだだそうだ。
気長にやっていくかと思いながら餌を与えていると、誰かが歩く音が聞こえて来た。
『若様。おられますか?』
戸越しに声を掛けられた。
「この声は貂蝉か」
洛陽で奴隷市場で買った貂蝉は当初の予定通り、曹昂の侍女として仕えている。
屋敷に帰るなり貂蝉の事を丁薔に紹介したら。
『あらあら、もう女性に興味を持つ年頃になったのね。昂』
と目が笑っていない笑顔を浮かべていた。
目の錯覚なのか、曹昂の目には丁薔の背中から剣を持った鬼が出ているのが見えた。
あまりに怖いので帰る前に思いついていた言い訳を言おうと、口を開こうとしたが、曹昂は言葉が出なかった。
人間、恐怖のあまり言葉が出ないと聞いた事はあったが、本当だったんだと実感すした。
このままではまずいと思っていると、曹操が助け船を出した。
『昂の情操教育の為に買って来たぞ。問題あるか?』
『情操教育ですか?』
『うむ。可哀そうな事にこの県には昂と同い年の子供が居ないのでな、遊び相手ぐらいは欲しいと思ってな』
ようはボッチで寂しいだろうから、遊び相手として貂蝉を買ったという曹操。
曹操が助け船を出した事よりも曹操の口から出た言葉に衝撃を受ける曹昂。
父親の口から友達が居ないから可哀想だと言われて傷付かない者は居ない。
事実とは言え、曹昂は落ち込んだ。
それを見て貂蝉が励ましてくれた。
曹操の話と曹昂と貂蝉の二人のやり取りを見て、丁薔も少し考えると承諾してくれた。
その時に曹操は曹昂に凄い得意げな顔をしたので、曹昂は。
『父上。洛陽に居た時、女性を口説いていました』
『なっ、何故、それを知っている⁉』
洛陽で偶々、女性を口説いている所を見掛けたので丁薔に教えるのであった。
それを訊いた丁薔は鬼のような表情を浮かべながら曹操を叱りだした。
その後、貂蝉はまだ幼いと言う事で、曹昂の侍女をしながら教育を受けるという事となった。
教えるのは何故か丁薔と卞蓮の二人であった。
何時の間にか仲良くなっていた二人。何があったのか気になりはしたが、二人共教えてくれる気配が無いので分からなかった。
『はい。季興様が若様をお呼びです』
「曾祖父様が僕を? 何かあったかな?」
『何でも、旦那様が御帰りになるとの事です』
「父上が?」
故郷に帰った曹操は家族に報告を終えると、直ぐに済南国へと向かった。
(もう帰って来たんだ。思ったよりも早いな)
史実では済南国の汚職官吏の罷免、淫祠邪教を禁止することによって平穏な統治を実現し、後に東郡太守に任命された。しかし、赴任を拒否し、病気を理由に故郷に帰ったという事になっている。
まさか赴任してから約半年で帰って来るとは思わなかった曹昂。
「とりあえず、呼ばれているから行くとするか」
何で呼ぶのか分からないが、曹昂はとりあえず曾祖父の下に行く事にした。
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