僕にも恩賞が来るとは
論功行賞は終わったが、何故か曹操はまだ外廷(政治を行う公的な所)に居た。
他の諸将は恩賞を貰うなり、宮殿を出て屋敷に戻り宴を行っていた。
ちなみに、劉備は恩賞の沙汰が来ないので、秋風に身を晒しながら沙汰を待っていた。
孫堅は朱儁の屋敷で開かれている宴に参加していた。
自分も屋敷に戻り宴を行おうと思っていた曹操は、宦官に呼び止められて此処に居た。
しかし、何時まで経っても誰も来ないのでどうしたものかと考えた。
「霊帝陛下が御成りです」
宦官が静かに告げると曹操は平伏した
平伏していると、三人分の足音が聞こえて来た。
「面を上げよ」
霊帝が声を掛けて来たので、曹操は静かに顔を上げる。
其処には霊帝だけではなく張譲と蹇碩も一緒であった。
「陛下。臣曹操。此度の恩賞につきまして、誠に感謝の極みにございます」
「そちはそれだけの大功を立てた。故に受け取るが良い」
「ははっ」
曹操は頭を額づきそうなくらいに下げた。
「時に曹操よ」
「はっ」
「お主が持って来たあの兵器だが」
「はっ。まだ正式な名前はつけて居ないので仮称ですが、虎戦車と竜戦車と名付けました」
「あれらは本当に火を噴いたので驚いたぞ。如何なる仕掛けか?」
「はっ。それについては先に謝らせて頂きます」
「何故、謝るのだ?」
「実を申しますと、あの兵器は私が作った物ではなく私の故郷に居る知人が作った物でございます」
曹操がそう言っても張譲達は訝しんだ。
「その知人は其方が引きつれた私兵の中に居るのか?」
「いえ、その者は世に自分の名が広がる事を嫌い、私にこの兵器を託す際、決して自分が何処にいるのかを教えないという約束を交わしました。もし、その者の事を少しでも教えたら二度と会わないと申しておりました」
曹操が嘘を述べるのは、曹昂は才はあるが、まだ若すぎるので世に出すのは早いと思ったからだ。
「ふむ。では、構造などについては知らぬと申すのだな」
「はい。天に誓って」
其処の所は本当であった。
曹昂から構造などは聞いたのだが、イマイチ分からなかった。
専門家ではないので仕方がないだろうと思い、こうすれば動くのだからどう運用すれば良いのか分かればそれで良かった。
「そうか。では、曹操よ。そちに頼みがある」
「はっ。何なりと申し上げ下さい」
と言いつつも話の流れから何となく察している曹操。
「その虎戦車と竜戦車だが。朕に献上してくれまいか?」
疑問形で頼んでいるが、漢王朝の皇帝である霊帝の頼みとは即ち勅命だ。
勅命に逆らうという事は即死刑だ。
「ははっ。分かりました。故郷に帰ったら私から知人に陛下に献上した事を伝えます」
「うむ。しかし、虎戦車と竜戦車というのも何とも味気の無い名だ。朕が名前を付けても良いか?」
「はい。問題ありません」
「そうか。では虎戦車の方を『帝虎』とし竜戦車の方を『竜皇』と言うのはどうじゃ?」
「素晴らしき名前と思います」
「そうか。では、今度からそう呼ぶ事とする」
「はっ」
「次にだが、お主の息子に関してだ」
霊帝が曹昂に関して話し出したので、曹操の心臓が激しく脈動した。
「……私の息子が何かしましたか?」
「いや、沛国譙県に居るそちの祖父から文が届いてな。何でも譙県に黄巾党が襲来してきたが、一族の力で撃退した。中でも曾孫の曹昂の活躍が一際輝いていたと書かれていたのだ」
それを訊いた瞬間、曹操は余計な事をするなよ祖父様‼と内心憤っていた。
(こちらは功績を隠しているのに、何でそっちは隠す気が無いっ)
譙県に帰ったらこの事について話さないとなと思った。
「……して、文には何と書かれているのですか?」
「うむ。何でも墨子に記されている兵器を作りそれで撃退したと書かれていたが、そちの息子は幾つだ?」
「今年で九つになります」
曹操の口から出た年齢を聞いて、霊帝達はギョッとした。
「九つで兵器を作ったと申すのか?」
「はっ。息子は兵器に関しては天凛の才があるようでして」
「そうか。おぬしの祖父の曹騰のお墨付きだから特に問題は無いであろう。張譲」
「はっ」
張譲は袖から巻物を出して広げた。
「前大長秋曹騰の曾孫にして、太尉曹嵩の孫にして、騎都尉曹操の息子曹昂。良民でありながら譙県の戦いで見事な戦功を立てた。朕は恩賞として絹百反。黄金千枚。銀二千枚。以上を下賜する」
「過分な恩賞に痛み入ります」
「そちの祖父である曹騰には世話になったからな。その曾孫ならばこれくらい安い物だ。後でそちの屋敷に送る故、楽しみにしているが良い」
霊帝はそう言って離れて行く。
曹操は慌てて平伏した。
その際、蹇碩は横目で一瞬睨んだが、直ぐに見るのを止めた。
曹操は霊帝達が居なくなるまで平伏した。
少しして、曹家の屋敷にて。
「うわぁ、これはまた」
曹昂の屋敷にある中庭に幾つもの箱が置かれ、その中には絹、黄金、銀がこれでもかと大量に入っていた。
「陛下がお前に与えた恩賞だ。有り難く受け取るが良い」
「ですが、父上。譙県の戦いでは元譲様達も頑張ってくれたのですから、元譲様達にも渡した方が良いと思います」
「お前の恩賞だ。お前の好きにしろ」
「分かりました。じゃあ、とりあえず」
曹昂は絹を一反取る。それで、何をするのかと言うと。
「貂蝉。貂蝉」
「はい。若様」
曹昂が貂蝉を呼ぶと、直ぐに駆け付けて来た。
屋敷に連れ帰って身なりを整えると、汚い少女が一転して美少女になった。
綺麗になった貂蝉を見るなり、曹操はこれは将来が楽しみだと笑みを浮かべた。
曹昂は狙っているのかなと思ったが、流石に八歳の女の子に手を出さないだろうと思い、その事に関して考えるのは止めた。
歳が近いからか仲の良い兄妹の様に接している二人。
「朝廷が譙県の戦いの功績で絹と黄金と銀をくれたんだ。それで、この絹で服を作ってあげる」
「ええ、そんな若様。私には勿体ないですっ」
「いいからいいから。似合うと思うし」
「若様……」
貂蝉は要らないと言うが、曹昂が頑として聞かないので根負けした貂蝉はその絹で服を作ってもらう事となった。
「で、では、私はこの絹で服を作ってきてもらいますね」
「出来たら見せてね~」
出来るのが楽しみという笑顔を浮かべる曹昂。
貂蝉は、はにかみながら絹を持って仕立て屋に行った。
貂蝉が見えなくなると、曹操と曹嵩は口を開いた。
「やはり、私の息子だ。あの女性を口説く手管は昔の私にそっくりだ」
「全く、嘆かわしい事だ。子は親に似ると言うが、そんな所は似ないで欲しかったものだな」
曹操は面白いと言いたげに笑い、曹嵩は溜め息を吐いた。
「? 何の事ですか?」
「何でもない。それよりも息子よ。貂蝉を譙県に連れて帰るのか?」
「はい。そのつもりですが、何か問題でも?」
「薔には何と言うつもりだ?」
曹操に指摘されて、今更ながらどうしようと思った曹昂。
奴隷云々よりも曹昂が貂蝉を侍女にしたと聞くなり。
『どうして、義父上に会いに行って侍女を連れて帰って来るのかしら? 昂』
と笑顔で怒る姿が目に浮かんだ。
曹昂はどうしようと悩んだ。
「父上。どうかお力添えを」
「断る」
曹昂の頼みを即断った曹操。
「何故ですか‼」
「お前の侍女なのだから、お前がきちんと言うべきであろう。という訳で、薔の相手は任せた」
「其処を何とかっ」
「馬鹿者っ。私に丁薔の相手をしろと言うのかっ。あいつは一度怒らせると始末が悪いんだ。息子のお前なら何とか出来るだろう」
「母上を妻にしたのは父上なんですから、何とかできるでしょうっ」
「夫婦であろうと出来る事と出来ない事がある」
曹操は胸を張って言う。
「そんな自信満々に言わなくても良いでしょうっ」
「兎も角、鷲の件は私が何とかしてやるが、貂蝉の方はお前が何とかしろっ」
「父上~」
「お前なら出来る。何故なら、私の息子だからだ!」
「そんなっ⁉」
家に帰ったら母親を宥めないといけないと分かった曹昂は重い溜め息を吐いた。
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