論功行賞が行われる

 曹操達が洛陽に来てから十数日後。


 その洛陽の外門で朱儁と劉備が話し合っていた。


「では、私は皇甫将軍と共に盧植殿を釈放してもらうように陛下に働き掛ける。ついでに、其方に官位を頂けるようにしてやろう」


「お頼み申します」


「うむ。沙汰の結果は人を送り教える。それまで此処で待っているが良い」


 朱儁はそう言って軍を率いて城内へと入って行った。


 劉備はその一団に向けて一礼した。


 途中、孫堅が劉備達の傍に寄る。


「済まないな。玄徳殿。貴殿らは官位を持っていないというだけで城内に入れる事は出来なくて」


「いえ、国の為に戦いました。それで満足です」


「貴殿は欲が無いのう。それと済まぬが。私の配下の義勇軍の面倒も頼む」


 孫堅の部隊は官軍と義勇軍の混成部隊なので、官軍ではない劉備達と同じく孫堅配下の義勇軍も城内に入る事は出来なかった。


 その間の面倒は劉備に任せる事にした。


「助かる。食糧と水は大量に用意した。論功行賞が終わるまで保つであろう」


「何から何までかたじけない」


「これくらいは何でもない。では、吉報を待っていてくれ」


 孫堅は劉備に一礼して官軍の列に加わった。


 劉備は城門が閉まるまで、その一団を見送った。


 城門が閉まると、張飛が劉備の傍に来た。


「兄者。どうして俺達は城内に入れないんだ?」


「分かってくれ。張飛。我らは官軍ではないのだから」


 劉備が宥める様に張飛に言う。


 それを訊いた張飛は何も言えなくなった。


 洛陽城内。


 其処では文武百官が勢揃いして霊帝が来るのを待っていた。


 皇甫嵩、朱儁、曹操、孫堅、董卓と戦に参加した者達が玉座に向かって縦一列になって立っていた。


 皇甫嵩達の横には王允も居た。


 その王允は、皇甫嵩達の様にどのような恩賞を貰えるのか楽しみという顔ではなく、何かを決意した顔をしていた。脇には何かの本を抱えていた。


 そうして待っていると。


「陛下の御成りにございます‼」


 宦官が大声で言うと、霊帝は右に張譲。左に蹇碩を伴なって入って来た。


 二人は中常侍の中で双璧と言って良い程に絶大な影響力を持っていた。


 霊帝が座ると、文武百官達は跪き頭を垂れた。


「「「陛下。万歳、万万歳‼」」」


 そうして、百官達は頭を垂れたままで霊帝の言葉を待った。


「皆、面を上げよ」


 霊帝がそう言うと百官達は礼を述べて立ち上がった。


 霊帝は冕冠べんかんに付けられている玉飾り越しに張譲を見る。


 張譲はその視線を受けて一礼して近くに居る巻物を乗せた盆を持っている官吏の盆の上に置いてある巻物を取り玉座の前まで来た。


 そして、張譲は巻物を広げる。


「詔を下す。皇甫嵩、朱儁、孫堅、曹操。前へ」


「「「「はっ」」」」


 名前を呼ばれた者達は張譲の前に出て膝をついた。


「左中郎将皇甫嵩。左車騎将軍槐里侯に。右中郎将朱儁。右車騎将軍・光禄大夫・銭塘侯に。下邳県丞孫堅。別部司馬に。騎都尉曹操。済南国の相に封ず」


 張譲が膝をついている四人に恩賞を言い渡した。


「「「「陛下の恩情に感謝いたします」」」」


 四人は膝をついてから霊帝に感謝の言葉を言って元居た所に戻った。


「東中郎将董卓」


「はっ」


 張譲に名前を呼ばれた董卓は張譲の前まで来て跪いた。


 その際、董卓は一瞬だけ張譲と目が合った。


 張譲は無言で頷いた。


「東中郎将董卓。此度の戦にて功と言える功無し。故に汝に恩賞は無い。これも朕の恩情と心得よ」


「ははっ」


 董卓は跪いて頭を垂れた。


 何故、免職にもならなかったかと言うと、董卓は事前に張譲に賄賂を渡して今の地位で居られる様に取り計らう様にした為だ。


 それを知らない百官や皇甫嵩達はざわつきだした。


 董卓は素知らぬ顔で元居た所に戻る。


 その場所でも、好奇と疑心に満ちた目が董卓を見ていた。


 詔はそれで終わりなのか、張譲は巻物を閉じて霊帝の傍に戻った。


 戻る際、官吏に持っている巻物を渡した。


「次に上奏を読み上げます」


 張譲は盆から巻物を取り広げる。


「まずは此度の戦に参加した義勇軍についてです。朱儁将軍が大功を立てた申し出で、願わくば義勇軍の将に官位を授けて欲しいとの事です」


「義勇軍? その者達が立てた功は大きいのか。朱儁」


 霊帝に呼ばれた朱儁は列から横にずれると、まずは一礼する。


「はっ。陛下。国を救おうと立ち上がった良民達が団結し、幽州、青州、豫洲、荊州にて多くの功を立てました。願わくば、官位を与えて下さりませ」


「ふむ。その義勇軍の将の名は?」


「劉備玄徳と申します」


「りゅうび? 朕と同じ姓名であるな。同族であろうか?」


「申し訳ございません。そこの所は聞いておりません」


 朱儁は今更ながら、そこら辺の所を聞いていない事を知った。


 自称で漢王室の末裔とは言っていたが、本当にそうなのかどうかも、どの様な血筋なのかも聞いていなかったのだ。


「どう思う? 蹇碩」


 朱儁が知らないと言うので、霊帝は信頼する蹇碩に訊ねた。


「陛下。我が国には陛下と同じ劉の姓を持っている者はごまんといます。しかし、皆漢室の血を引いている訳ではありません」


「ふむ。ただの同族という事か」


「恐らくは。ですが、所詮は雑軍です。あまり高い官位につけなくてよろしいと思います」


「分かった。では、その劉備とやらを何処かの県の県尉にせよ」


「陛下の恩情に従います」


 県尉とは県の軍事関係を担当する役職だ。


 格で言えば県令と同じ地位だが、県令が居ない県では県令も兼ねる場合もある。


 朱儁は特に反対など言わないで元居た所に戻った。


 だが、孫堅と曹操の二人はあまりに功績に見合った地位では無いと思ったが、霊帝が任命したという事は、もう覆す事は出来ないと分かっている為か、二人は何も言えなかった。


「次に元北中郎将盧植についてですが。盧植は現在罪人として牢におりますが、皇甫嵩、朱儁両将軍が盧植は無実だと申しております」


「ふむ。皇甫嵩、朱儁よ。何故、そう言えるのだ?」


 霊帝がそう尋ねると名前を呼ばれた二人は横にずれて頭を下げた。


「はっ。盧植将軍は冀州の黄巾党相手に優位に戦を進めていました。それなのに戦をしていないとは有り得ない事です」


 皇甫嵩が盧植の功績を大いに称えた。


 皇甫嵩が言い終わると、朱儁は董卓をチラリと見た後で、霊帝を見ながら口を開いた。


「皇甫将軍が申す通りです。冀州方面の戦線が盧植将軍から董卓将軍に代わると、董卓将軍は碌に功を立てる事は出来ませんでした。これは盧植将軍が優れていた事の証にございます」


 朱儁が言い終わると二人は頭を下げる。引き合いに出された董卓は無言であった。


 事実でもあるので、此処で何か言えば自分の落ち度になると思い何も言わない事にしたようだ。


「「どうか、盧植将軍の釈放を」」


「……」


 霊帝は少し考えた。


 皇甫嵩達が言うように盧植将軍の時には負けたという報告は無かった。だが、監察の使者として向かわせた左豊卿の話も嘘であるかどうか分からなかった。


「……左豊をここへ」


「左豊。前へ」


 張譲がそう云うと百官の列の中から一人出て来た。


 年齢は二十代後半で日に焼けていない白い肌。でっぷりと出た腹に女性みたいな歩き方をしていた。それでいて髭がなかった。髭が無い事から宦官の様だ。


 この時代の官吏が髭を生やすのは宦官と見分ける為であるからだ。


 とは言え、宦官の中には付け髭を付ける者も居るので、見極めるのが難しい事もある。


「左豊。御前に」


「うむ。左豊よ。お主の意見を聞こう」


 霊帝がそう尋ねると、左豊は一礼してから答えた。


「はい。私は盧植将軍の軍を視察した時、彼の軍は守りを固めて攻めようとしないので戦うつもりがないと報告しました」


「だが、両将軍の報告では戦は優位に進めていたと言っているぞ」


「両将軍は盧植将軍と同じ戦場に立っていないからそう言えるのです。ですが、私はその現場に向かいこの目で直接見て来たのですから、こうハッキリと言えるのです」


 左豊は断言した。


 それを訊いた皇甫嵩達は讒言を言いおってと思った。


 霊帝はそれを訊いて溜め息を吐いた。


「そうか。では、お主が見た事は嘘ではないと言うのだな?」


「はい。その通りです」


「では、聞こう。盧植から董卓に代わってから敗北したのは何故だ?」


「そ、それは……董卓将軍が盧植将軍よりも弱かったのでは?」


 霊帝の問いに左豊は口籠もらせながら答えた。


「…………」


 それを訊いた霊帝は顔を顰めた。


「陛下?」


「……この愚か者が‼」


 突然、大声を上げるので驚く左豊。


「私がお前のした事を知らぬと思ったかっ。盧植に賄賂を求めた事など疾うに調べているわっ」


「ひぃええ、ど、どうして、それを……」


「将軍が交代した途端、戦況が変われば誰でも気になって調べるわ。貴様は冀州の帰りに供をした者達に『私に心付けをしないとは無礼な。今に見ていろ』と言っていた事も知っているのだぞ!」


「あ、ああ……」


 左豊は顔を青くさせた。


 そして、左豊は張譲を見るが、目すら合わせなかった。


「わ、私は」


 左豊は何か言おうとしたが、その瞬間、張譲が左豊に目を向ける。


 その眼力に言葉を失う左豊。


「貴様の言葉など聞きたくもない‼ 此奴を外に連れ出して首を刎ねろ。その後で晒し首にせよ」


「「はっ」」


「ひいい、へいか、どうか。どうか、いのちだけは、へいか、へいかあああぁぁぁぁぁぁ……」


 霊帝の命を受けた兵士が左豊の両腕を掴んで引き摺って行った。


 左豊は命乞いをするが、聞き入れてもらえず、ずるずると引き摺る音と声だけが尾を引いて聞こえた。


 そんな左豊を居並んだ百官達は蔑んだ目で見送った。


 声が完全に聴こえなくなると、張譲が盆に乗っている別の巻物を取り広げた。


「最後に豫洲刺史王允が陛下に対して報告いたしたい事があるとの事です」


「うむ。聞こう。王允、前へ」


 霊帝が王允を前に出て来る様に言うと、王允は列からずれて霊帝の前に出て跪いた。


「陛下。臣王允。陛下にお伝えいたしたき事があり御前に参りました」


「して、何を伝えたかったのだ?」


「先の黄巾党の乱。不思議と思いませんでしたか? 何故農民があれほど多くの武装をする事が出来たのかを」


「うむ。確かにな」


 霊帝とその話を聞いた百官達も不思議であった。


 最初は武器等持たない農民の内乱だと思われていたが、何処からか武具を調達していた黄巾党。


 その大量の武具の入手先は、未だに分かっていなかった。


「王允よ。お主はその入手先が分かったと言うのか?」


「はい。証拠は此処に」


 王允は懐から一枚の紙を出した。


 その紙を高く掲げると、霊帝は蹇碩に取りに行かせた。


 王允の手からその手紙を受け取った蹇碩は霊帝の傍に向かう。


「読んで聞かせよ」


「はっ。『剣千五百本。槍千本。弓七百張。矢二千五百本。用意した。受け渡し場所については例の者が受け渡し場所が書かれた地図を渡す。中常侍封諝。徐奉。張譲』‼」


 手紙を読み上げて自分の同僚の名前が書かれて驚く蹇碩


 その場に居る全員が張譲を見る。


 皆の視線を浴びる張譲であったが、無表情であった。何の感情も表に出していないので何を思っているのか分からなかった。


「王允殿。その手紙は何処でどう手に入れたのだ?」


「私が豫洲にて黄巾党の討伐をしている時に破った黄巾党の部隊の将が持っていた手紙だ。端に血が付いているのがその証拠です」


 王允の言う通り、手紙の端には赤い染みがついていた。


 それが決して偽物ではないという証拠であった。


「貴殿は一片の紙を信じると言うのか?」


 張譲は自分が疑われていると思い、王允に訊ねた。


「まだ、言うか。では、これを見るが良いっ」


 王允は脇に抱えていた本を見せた。


「それは?」


「これは黄巾党の信者である者達の名前が書かれている帳簿である。その手紙を受け取った将は張角からの信任が厚かったようで、その帳簿も持っていたのだ。其処には貴殿と、手紙に書かれている封諝。徐奉の名も記されているぞっ」


 これが動かぬ証拠と言わんばかりに本を見せる。


 その本には題は書かれていなかったが、本である以上何かが書かれている筈であった。


「蹇碩‼」


「はっ」


 霊帝が声を掛けるのと同時に蹇碩は王允の傍に行きその本を受け取り中身を見た。


 ざっと見まわしていると、蹇碩はある頁で目を止めた。


「陛下。此処に中常侍の封諝。徐奉。張譲の名が記されていますっ」


 蹇碩が指差された所には封諝。徐奉。張譲の名前が書かれていた。


 ご丁寧にも『侍中府中常侍』と所属する府まで書かれていた。


 蹇碩の手にある本を奪う霊帝。


 何度も見て確認した後、張譲を見る。


「張譲。これはどういう事だ? 貴様も反乱に加担したと言うのか?」


 霊帝は信じられない気持ちで訊ねた。


 常日頃から張譲の事を我が父と呼んで敬愛していた。


 そんな人物が農民反乱に加わったと知り、霊帝の胸中は信じられないという思いで一杯であった。


 霊帝の目は嘘は許さないと言っているが分かった張譲はその場を離れ、王允の傍で跪いた。


「申し上げます。陛下。確かに、私は太平道の信者でした」


 突然自供する張譲。だが、話はそれで終わりではなかった。


「ですが。あくまでも漢室を守る為に信者になっただけで、決して、反乱には加わってはおりません」


「それはどういう意味じゃ?」


「私が信者になったのは、太平道が反乱を起こした場合に備えての事です。先の馬元義が洛陽で潜伏し襲撃する情報を手に入れる事が出来たのはそのお陰です」


「おお、そう言えばその報告も其方から聞いたな」


 張譲の話を聞いて顔を綻ばせる霊帝。


 それならば不問にしても良いかと思ったが。


「では、手紙に名を書かれている理由はどういう事なのですかな?」


 蹇碩がそう尋ねると、霊帝はそれがあったという顔をする。


「それは恐らく封諝と徐奉の二人が勝手に行った事、私は武具の調達などしてはいません」


 と言いつつも、実は武器の調達を命じたのは張譲であった。


 その命令に従ったのが封諝と徐奉。ちなみにこの例の者とは左豊の事だ。


 彼は冀州の盧植の下を追い払われた後、その足で黄巾党の曲陽に向かい手紙を張宝に渡していたのだ。


「むぅ、では封諝と徐奉が反乱に加担したという事か?」


「その通りです。私は決して反乱には加担しておりません。信じて下さい。陛下」


 深々と頭を下げる張譲。


「そうか。おのれ、封諝と徐奉め。直ちにその二人を捕らえて首を刎ねよ‼」


「「はっ」」


 霊帝の命令に従い兵士達は駆け出していった。


「張譲よ。一時とは言え、お主の忠心を疑った事を許せ」


「陛下。私にそのような温かいお言葉を掛けて頂き感謝の極み」


 霊帝に感謝を述べながら張譲は額づいた。


 それで誰にも顔が見えないと安心してか、ニンマリと笑っていた。


 隣に居た王允は何か言いたげな顔をしたが、霊帝が許しの言葉を言ったので追及が出来なかった。


 こうして論功行賞は終った。

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