洛陽に来ました
冀州の黄巾残党の掃討を冀州刺史に任せ、皇甫嵩達は洛陽へ帰還した。
長く続いた黄巾党の乱がようやく終わった事が伝わったのか、洛陽に近付くと人々が皇甫嵩達を見るなり歓声を挙げて出迎えてくれた。
そして、その人々の目を釘付けにしたのは曹昂が制作した戦車であった。
虎と竜を模した張りぼてを載せた車が、馬に曳かれるのを見て、人々は関心を抱いていた。
そんな人々の視線を感じてなのか、兵士達が「これは神獣様であるぞ」とか「この神獣は火を噴いたのだ」と言い出した。
それで余計に戦車に興味を抱く人々。中にはその戦車を見て拝みだす人まで現れた。
(張りぼてを拝まれてもな~)
むしろ何故拝むと思う曹昂。
戦車の威力を見た皇甫嵩や董卓などは『この車の作り方を教えてほしい』と言って来たが、曹操は断った。
というのも曹操がこの戦車を作っていないので教えたくても出来ない事と、教えるとしたら息子の事を教えないと、いけないので言えなかったのだ。
代わりに製作者の名前を教えて欲しいと言われたので、曹操は前もって曹昂と決めていた名前を告げた。その名は戯志才であった。
聞いた事も無い名前の為か、董卓達はどんな人物なのか密かに調べる事にした。
夜。
後数十里で、洛陽に着くと言う所で野営をしている官軍。
曹昂は曹操の天幕で字の練習をしていた。
「ふむ。まだ字が汚いな。後百回書く様に」
「ええ~」
曹昂は不満な声をあげる。
「私の息子なのだから、綺麗な字を書けるようにならないとな」
「もう、これで五百回は書いているんですけど……」
幾ら書いた箇所を削って、書き直す事が出来る木簡とは言え、曹昂の腕は痺れていた。
それに曹操は字が汚いと言うが、贔屓目に見ても読むのに別に汚い字ではなかった。
だが、それでも駄目と言うのであった。
「腕が痺れている時こそ、字が上手く書けるのだ。という訳で二百回書く様に」
「さり気に増えている⁉」
これ以上増やされては、敵わないと思い曹昂は字の練習に励んだ。
そんな時に天幕の外から声を掛けられた。
『失礼する。孟徳殿はおられるか?』
「この声は義真殿か。どうぞ」
天幕に入って来たのは、予想通り皇甫嵩であった。
「失礼。御子息の勉強を教えている所であったか」
「いえ、構いません。それで何か御用でしょうか。義真殿」
「うむ。孟徳殿に頼みがあってだな」
「頼みですか? 何をすれば良いのでしょうか?」
「あの戦車なのだが、洛陽に入ったら黄巾党を攻撃した様に火を噴かせて貰いたい」
「火を噴かせるのですか。あの、その様な事をしたら民が混乱するのでは?」
曹操の疑問に、皇甫嵩は問題ない様に告げる。
「そこら辺は戦勝祝いという事で民に事前に言っておけば大丈夫であろう」
「はぁ、私は構いませんが。何故、洛陽内でそのような事をするのですか?」
曹操はどうして戦車の火を吹かせるのか訳が分からなかった。
訊ねられた皇甫嵩は隠す事が無いのかその理由を話した。
「実はだな。此度の戦で活躍した戦車の噂が宮廷内にまで届いてな。その話を聞いた霊帝陛下が本当に火を噴くかどうか見て見たいと言ってな。それで洛陽に入ったら火を吹かせる様に命じられたのだ」
「はぁ、そうですか」
曹操は顔には出さなかったが、何ともくだらない命令を出すなと思った。
そして、ちらりと曹昂を見た。
曹操の目を見た曹昂は問題ないという意味を込めて頷く。
「承知しました。いっその事、馬で曳かせないで動かさせますか?」
「おお、それもしてくれるのか。いやぁ、あれは凄かったのぅ。この目で見ても夢か幻でも見ているのかと思ったぞ」
皇甫嵩は初めて戦車が火を噴いて、馬も曳かないで人も押さないで動くのを見て、相槌も打てない程の衝撃を受けた。
しかし、実際に動いているので夢でも幻でもなかった。
「是非ともお頼みする」
皇甫嵩はそう言って一礼して天幕から出て行った。
皇甫嵩が出て行くのを見て、曹昂は字を書きながら呟く。
「構造を見ても欲しいと思う人が居るでしょうか?」
「それは作ったお前だから言える事だ。知らない者からしたら欲しいと思うのは不思議ではなかろう」
「そういうものですかね」
「そういうものだ。ああ、そうだ。多分、あの虎戦車と竜戦車は恐らく朝廷に献上する事になるだろうが問題ないか?」
「ええ、問題ありませんよ。それに戦場に出した事で改良すべき点が分かりましたので、家に戻ったら改善しますね」
「ううむ。私はあれでも十分だと思うがな」
「直すというよりも、少し手を加えるというのが正しいので、改善したら父上にもお見せしますね」
「うむ。楽しみに待っているぞ」
其処で話は終わり曹昂は字の練習をし曹操はそのつど指摘した。
数日後。
曹操達は洛陽城内に入った。
沿道には民衆が道に沿って並び歓声を挙げて曹操達を出迎えていた。
「見ろ。あれが、皇甫将軍だ」
「おお、見るからに貫禄がある御姿だ」
「正に歴戦の名将と言って良いな」
民衆は皇甫嵩の姿を見て関心と敬服の思いを込めて見ていた。
民衆からの視線を感じてか皇甫嵩は鼻息を荒くしていた。
皇甫嵩の後に董卓、曹操と続いた。
民衆は二人がどんな活躍をしたのかは詳しくは知らなかったが、それでも官軍として参加しているのだから黄巾党相手に頑張ったんだろうと思い歓声を挙げる。
その後は部将達、兵士が続いて行った。
そして、軍勢の最後尾。
其処には虎戦車と竜戦車が進んでいた。
民衆達はそれを見た瞬間、頭を殴られた様な衝撃が全身を走った。
驚くべき事にその戦車達は馬に曳かれる事も無く、人に押される事もしていないのに動いていた。
民衆の知識からしたら有り得ない物を見て言葉を失っていた。
「あ、あれ、う、うごいているよな……?」
「あ、ああ……うごいているぞ……」
民衆達の何人かは戦車を指差しながら隣の者に訊ねた。訊ねられた者も目を何度も擦りながら何度も見たが動いているのは確かであった。
民衆が戦車が進んでいるのを見ていると、虎と竜の口から火が吹かれた。
「うわあああああっ」
「と、とらとり、りゅうが、ひ、ひひひひをふいたぞっっっ」
「し、ししんじられねえ……」
虎戦車と竜戦車が火を吹くのを見て民衆は逃げるか腰を抜かすかのどちらかであった。
ちなみに火を吹かせる時は、兵から十分に距離を取ってから吹いたので、兵の被害は無かった。
それでも、熱気は来るので兵達は熱いと感じていた。
「お、おおお、あれこそは神獣様じゃ。天が、わしら力無き者達を守る為に遣わしてくれたんじゃあ。ありがたやありがたや」
民衆の中で老人が虎戦車達を見て目から涙を流しながら拝んで天に感謝を述べていた。
「……神獣様。ありがとうございます!」
「私らを助けて頂き感謝いたします。神獣様‼」
老人がそう言うのを聞いて、周りの者達も目の前に居る戦車が拝むべき存在だと思い膝をついて祈ったり拝みだした。
中には涙を流し「ありがたや、ありがたや」と言って五体投地している者までいた。
曹操と別れ沿道に居た曹昂はそれを見てドン引きしていた。
別れた理由は曹昂は私兵でもなく軍属でもないからだ。
(火を噴いて馬も人の手も借りないで動いているのを見て、そこまで感動するなんて……)
あれは人力だぞと拝んでいる人達に言いたかった。
しかし、今感動している所に水を差すのは目覚めが悪いと思い曹昂は何も言わなかった。
「……とりあえず、洛陽にある曹家の屋敷に行こうか」
曹昂は供として私兵から選んだ護衛に声を掛ける。
この二人は洛陽の曹家の屋敷に来た事があるそうなので選ばれた。
「ピィワー」
曹昂が持っている籠には手当てがされている鷲が入っていた。
怪我を直そうとして力を温存しているのか捕まえた時と比べると大人しかった。
最初は餌を与えるのも治療するのも暴れて大変であったが、曹昂が根気よく治療と餌付けを行った事で、どちらも受け付ける様になった。
「もう少ししたら籠から出すから、それまで我慢だよ」
曹昂は籠の中にいる鷲に言い聞かせる。
鷲はそれには答えないで黙っていた。
これはもっと根気よく接しないと懐きそうにないなと思いながら護衛に道案内させながら曹昂は屋敷を目指した。
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