その頃、劉備はと言うと

 曹操達の尽力で豫洲の黄巾党を壊滅させていた頃。



 劉備は冀州に居る恩師の盧植の下に向かっていた。


 豫洲で蜂起した波才を討った事の報告と戦況の確認の為に。


 長社を出た劉備達は北上して、冀州の広宗へと向かった。


「兄者。我らは邯鄲郡に入りました。後数里ほど進めば、広宗に着くと思います」


「そうか。先生は無事であろうか」


「我らが豫洲に来る前は盧先生の下で戦っていましたが、まず負ける事はないでしょう。指揮官が変わらない限りは」


「ふっ、指揮官が変わるなどまず有り得ないだろう」


 そんな他愛の無い話をしながら劉備達は馬を進ませていた。


 


 そうして進んでいると、何処からか喚き声が聞こえて来た。


 良く聞くとそれは悲鳴と剣戟の音も聞こえて来た。


「兄者。どうやら何処かの部隊が戦っているようです」


「うむ。見過ごしてはいけない。我らも向かうぞっ」


 劉備が号すると麾下の張飛を筆頭に義勇軍の者達も声を挙げる。


 そして、劉備を先頭にその音が聞こえてくる処へと向かう。


 劉備達が音の発生元と思われる所に着いた。


 其処では官軍と黄巾党の兵達が戦っていた。


 だが、その戦ぶりを見て劉備達は目を疑った。


「どうした事だ。何故、官軍が負けているのだ?」


 劉備が疑問を口にする。


 如何なる状況であっても負ける事の無かった官軍が黄巾党の兵に押されている状況が理解できなかった劉備。


「兄者。そんな事よりも、今は官軍を助けるのが先だろう。その後で、調べれば良いじゃねえかっ」


「張飛の言う通りです。兄者」


「そうだな。これより、我らは官軍の救援に向かう。進め!」


 劉備の攻撃命令に従い関羽、張飛達を先頭にして義勇軍が官軍を攻めている黄巾党の横っ腹を攻撃する。


「そいやああっ」


「ふんんっ」


 張飛と関羽の二人が得物を振るうと二~三人の黄巾党の兵が纏めて斬り倒されていく。


「おらおら、黄巾党め。この張飛様と戦う度胸あるかっ」


 張飛は威嚇を込めてなのか、矛を振り回しながら黄巾党の兵へ切り込んでいく。


「流石は張飛。さて、私も義弟に遅れは取れんっ」


 張飛の獅子奮迅の如き働きぶりに、奮起する関羽。


 そして、近くに居る黄巾党の兵達をまるで草を刈るかのように倒していった。


「せいっ」


 劉備もそんな義弟達に負けぬとばかりに剣を振るう。


 関羽達に比べると豪快さと派手さは無いが、確実に敵を倒していった。


 そんな三人の活躍を見て、義勇軍の兵達も奮い立っていった。


 士気が旺盛となっている義勇軍。


 その勢いには黄巾党の兵達も怖気づく。


 それを見た官軍の将は攻勢を命じた。


 先程まで押され気味であった官軍達の勢いが盛り返し、黄巾党の兵達を攻撃する。


 義勇軍と官軍の勢いに押されて、黄巾党の兵達は撤退を始めた。


 撤退していく黄巾党の兵を見て官軍は勝鬨を挙げた。


 劉備は追撃しようとしたが、官軍が勝鬨を挙げたので追撃を断念した。



 戦いの処理が終わると、劉備は関羽、張飛を連れて官軍の本陣へと参った。


「兄者。あれを」


 陣に向かっていると、陣地に掛かっている旗が『盧』ではなく『董』に代わっていた。


「董? 何処かの部将だろうか?」


「私もそこまでは」


「兎も角、救援したのだからお礼の言葉ぐらいはもらおうぜ」


 誰なのか分からないが、とりあえず救援したんだからお礼の言葉は貰おうという張飛。


「それもそうだな」


 この『董』が誰なのかはさて置いて、劉備達は救援したお礼の言葉を貰いにいく。


 陣地に着くと、見張りの兵が止める。


「止まれ。何者か?」


「私は義勇軍の劉備玄徳と申します。官軍の将に挨拶に参りました」


 劉備が名乗りながら挨拶をしてきた。


 見張りの兵達は顔を見合わせて、どうしようかと考えていると。


「どうしたのだ?」


 見張りの兵達が振り返ると、其処には身の丈が張飛にも負けない位に大きい男性が居た。


 年齢は五十に差し掛かろうという年齢で豊かな顎髭を生やし、精悍な顔立ちをしていた。


 恰幅が良い体形で横も広かった。


「うん? 何じゃ、貴様らは?」


 その男は胡散臭そうな目で劉備達を見た。


「お初にお目にかかります。私は義勇軍の将、劉備玄徳と申します」


「義勇軍? ああ、先程、我が軍を助けた者達か。ふむ」


 その男性は髭を撫でる。


「我が軍を助けた事は感謝する。誰か」


 男が人を呼ぶと、直ぐに近くに居た兵が来た。


「はっ。お呼びでしょうか?」


「先程助けた者達に渡す褒美を持ってこい」


「畏まりました」


 兵士が一礼してその場を離れたが、直ぐに戻って来た。


 手には革袋を持っていた。


 動く度にチャラチャラ音が鳴るので、それなりの褒美が入っている様だ。


「どうぞ」


「うむ」


 兵士から革袋を受け取ると、男は革袋を劉備達の足元に投げた。


「救援の褒美だ。受け取るが良い」


 男はそう言うが、それを見た張飛は激怒した。


「てめええっ、何様のつもりだ⁉」


 張飛が怒るのも当然であった。


 まるで、犬に餌をあげるかの様に褒美を劉備達の足元に投げたのだ。侮辱しているに等しい行為であった。


 激怒する張飛。今にも愛用の矛を振るいそうな雰囲気であった。


 そんな張飛を前にして、見張りの兵達は怯えるが褒美を渡した男は平然としていた。


「ふん。偶々とはいえ、儂がこうして褒美を渡す事に何の問題がある? 貴様ら雑軍風情が儂とこうして会うだけでも感謝して欲しいぐらいだ」


「何だとっ、もう許さねえっ」


 頭に血が上った張飛は矛を振り被った。


 矛を振り下ろすのを劉備達は止めようとしたが。


「ふんっ」


 男は張飛が得物を振りかぶった隙を見逃さず、男の掌が張飛の顔面を掴んだ。


 そして、指先に力を込めだした。


「ぐあああああっっっ⁉⁈」


 張飛はその握力に悲鳴を上げる。


 矛を落して両手で男の腕を叩くが、男の腕は微動だにしなかった。


「愚かな。この間合いでは得物を振るよりも素手で攻撃した方が早いに決まっているだろうが」


 男は張飛を侮蔑しながら劉備を見る。


「貴様は義勇軍の将であったな。この者は儂に無礼を働いた故に処罰するが、お主には先程、我が軍を救援した借りがある。故に貴様の罪は問わぬ」


 男はそう言って張飛の頭を締め上げる。


「ぐう、ぐがああああああ」


 悲痛な悲鳴をあげる張飛。


 このままでは、張飛の頭が握り潰されそうであった。


「お待ち下さい‼」


 劉備が大音声をあげて膝をついた。


 その声に寄り、張飛を締め上げる力が幾分か緩んだ。


「張飛は私の義理の弟です。義弟の不作法は義兄である私の不手際です。どうか、どうか。お許しを」


「・・・・・・」


 男は無言で劉備を見ていた。


「もし、お許し頂けないのであれば、私を殺してその御怒りをお鎮め下さい。どうか、どうか・・・・・・」


 劉備は額づきながら哀願した。


 そんな劉備を見て、関羽も膝をつき額づいた。


「私からもお願いします。我ら三人、義兄弟の契りを交わした時に生きるも死ぬも一緒と誓った仲。義兄を殺すのであれば、私めも」


 関羽も哀願しだした。


「あ、あにきたち・・・・・・」


「・・・・・・ふっ、良い義兄達を持ったな」


 男は手を離して張飛を掴むのを止めた。


 そして、劉備達に背を向ける。


「もう用は無いであろう。失せろ」


 男はそう言って離れて行った。


「お待ちをっ、聞きたい事があります。それだけ訊いたら、此処より去らさせてもらいます」


 男は足を止める。


「何だ?」


「冀州の官軍を率いていたのは盧将軍だった筈です。その盧将軍は何処に居るのでしょうか?」


「盧植であれば官職を剥奪されて、罪人として洛陽に護送されたわ」


「何ですって⁈」


 盧植が官職を剥奪されて罪人になった事に驚く劉備。


「い、如何なる理由で?」


「知らん。噂では監察の使者に賄賂を渡さなかったと言われているがな」


「な、何ですとっ」


 劉備は盧植が先生だったので、どんな性格か知っていた。


 清廉潔白にして剛毅で節度のある性格で人望が厚かった。


 賄賂を渡しなどしないと断言出来た。


「噂が真か嘘かは知らんが、時流に乗れぬ愚か者よ」


 男は盧植を馬鹿にしたが、劉備が歯噛みするが何も言えなかった。


 何故かと言うと、騒ぎを聞きつけた陣地に居る兵士達がやって来たからだ。


 もし、此処で騒ぎを起こせば官軍と揉めるかも知れない。

 

 そうなったら、たちまち義勇軍は賊軍になってしまう。


 それだけは避けねばと思い耐える劉備。


「・・・・・・最後に貴方の名前をお聞きしたい」


「董仲穎だ」


 関羽はその名前を聞いて眉を上げた。


 最後に自分の名を名乗って男は去っていった。




 劉備達は聞くべき事を聞いたので、陣地から離れた。


 かなり離れた所で張飛は矛の石突で地面を突いた。


「・・・・・・ちくしょううううううっ‼」


 悲痛な叫び声をあげる張飛。


 声には申し訳ないような悔しいような情けない様な複雑な気持ちが混ざっていた。


「張飛・・・・・・」


 劉備はそんな張飛の肩を優しく叩いた。


「あにじゃ・・・・・・」


「お前が無事であれば問題ない」


「・・・・・・すまねえ」


 目に涙を溜める張飛を労わる劉備。


 そんな二人の姿は本当に血の繋がった兄弟の様であった。


「しかし、張飛。お前、あれで済んだだけで良かったな」


「・・・・・・ぐす、どういういみだよ。あにき」


「お前が食って掛かったのは、董卓将軍だったんだぞ。命があるだけマシだと思え」


「関羽。知っているのか?」


「名前と噂だけは」


「何で知っているんだ?」


「仲穎は字で本名は董卓と言い、私が前に住んでいた司州の隣の涼州で有名な武将だ。その性、残忍にして非情。敵対する者は皆殺し、気に入らない者も逆らう者も問答無用に死刑にすると言われている恐ろしい男だ」


 関羽の話を聞いて、よく生きていたなと思う張飛。


「・・・・・・董将軍の事は分かったが、先生の事が気掛かりだな」


 劉備は官軍の事よりも、師匠である盧植の事が気になっていた。


「どうしますか? 兄者」


「今から、洛陽に乗り込んで先生を助けに行くか?」


 張飛が今にも突撃しそうな雰囲気を出していた。


「馬鹿者。そんな事をしたら、余計に先生の立場が悪くなろう」


「うっ、じゃあ、どうするんだよ」


「此処は戦功を立てて、地位が高い人に先生は無実だと訴えてもらうように頼むしかないな」


 劉備がとりあえずこれからの方針を決めた。


「それが妥当ですな。では、我等は次はどこへ向かいますか」


 豫洲の黄巾党は壊滅したので、冀州は参戦させてくれる気配が無いので向かうとしたら、兗州か荊州であった。


「此処から近いのは兗州か。だが、規模はそれほど大きくないそうだ。豫洲を平定した官軍が直ぐに壊滅させるだろう。此処は規模が大きい荊州へと向かうぞ」


「承知しました」


「ああ、分かったぜ」


 劉備達は次に荊州へ向かう事を決めた。


 余談だが、董卓から貰った褒美はちゃっかり回収していた。中身は金が数十枚入っていた。


 当分の活動資金に問題ない程の量であった。

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