そう言えばいつ頃、制作されたか知らないな

 騎馬、合成弓、弩の説明を終える。次は戦争で一番使われる武具である槍、剣、鏃、鎧、兜等の紹介になった。


 見せる方が早いと思い曹昂達は武器の材料になる製鉄をしている所を見せる。


 この時代の剣は鉄と青銅で作られていた。


 青銅の方が鉄に比べて加工性と耐久性と実用性のバランスに優れたからだ。


 とは言え、鉄に比べたら硬さや強度などは劣る。


「まずは採掘された鉄鉱石を選鉱します」


「せんこう?」


「簡単に言いますと、鉄鉱石を砕いて水の中に入れるのです」


「水の中に入れれば分かるのか?」


 鉄鉱石なのだから水の中に入れても沈むだろうと思う曹操。


「それを見せます」


 史渙がその作業を見せる。


 砕石した鉄鉱石を容器の中に入れると、その容器に水を入れる。


 少し混ぜるとドロドロした物が出来た。


 其処から更に水が入れられて混ぜる。すると、その液体が泡立ちだした。


「今入れた液体には何が入っているんだ?」


「無患子の皮で出来た洗剤と動物の油脂を混ぜた水です」


「ほぅ、無患子の皮はあの様に泡立つのか」


 曹操は感心しながら見ていた。


 作業員が混ぜていると、容器の中が徐々に変わって来た。


 混ぜていると泡立ちと共に石の様な物が浮かんでいた。


 それを見て作業員はその泡立つ液体を掬う。


 作業員達は上澄みだけ掬ったので、其処には泥状の固形物が残っていた。


「この泥状の物は鉱滓という物で、これらは鉱山道の亀裂や隙間を埋める充填材に使います」


 史渙の説明を聞きながら、曹操は運ばれていった液体を見る。


「持っていった液体は笊にあけて水を抜き、笊には鉄鉱石が残りますのでそれを乾かします」


 作業員は史渙の説明の言う通りに動き、笊に残った物質を乾かしていた。


「乾いた鉄鉱石を炉の中に入れて銑ずくにします」


 銑とは銑鉄せんてつの古い呼び方だ。


「ほぅ、随分と手間だな」


 これで剣が作られるんだなと思う曹操。


 作業員が乾かした鉄鉱石を炉の中に入れているのを見た。


「此処からは溶かした銑を型に入れて冷ましたのが鋳鉄と言われる物です。これを剣の型に取って刃を付ければご存知の様に剣になります」


「うむ。それは分かるが。昂」


「はい。父上」


「選鉱している事でそこいらに売っている剣よりも良い物は出来るのは分かるが。まさか、この剣で公劉殿が私兵の長になった訳ではなかろう? まだ何か有るのだろう?」


 曹操がそう尋ねるのを聞いて、曹昂は鋭いなと思った。


 伊達に奸雄と言われていないなと思った。


「流石は父上。公劉殿の剣はこれを更に精錬した物です」


「ほぅ、この鋳鉄を精錬すると申すか。どの様な方法だ?」


「今見せますので」


 曹操が顔を近付けて聞いて来るので、曹昂は落ち着かせようと手で落ち着かせる。


「はいはい。落ち着いて」


 卞蓮が曹操の頬を軽く叩く。


 それで冷静になったのか、曹操は咳き込んだ。


「うむ。で、どのような方法で精錬するのだ?」


 曹昂は答える代わりに史渙に目で合図をする。


「こちらへ」


 史渙が手でついて来る様に合図すると、鋳鉄されている所から少し離れた所に炉があった。


 その炉は他の炉とは違い、踏むような器具が幾つも付けられていた。


「これは何だ?」


ふいごという物です」


「ふいご? これは何をする物だ?」


「今見せますので。公劉殿」


「承知」


 史渙が手で何かを手招きする。


 すると、作業員達が一塊にした銑を持ってきて、炉の中に入れる。


「銑をもう一度炉に入れて溶かします。その際温度を上げるために、あの鞴を踏むのです」


 史渙が説明した通りに作業員達が幾つもある鞴を踏んで炉の中に風を送り込む。そして、炉の中に黒い塊の様な物を入れて行く。


「あれは何だ?」


 曹操にそう訊ねられて、曹昂はどう言えば通じるか少し考えた。


「砂鉄と石の炭です。もっと正確に言えば、その石の炭を蒸し焼きにした骸炭です」


「ほぅ、石炭か。火力を出す為か。あの鞴とやらを踏んでいるのは何故だ?」


「風を送り込む事で火力を上げる為です」


「成程。火を焚いている時に風が吹くと火勢が強くなるからな」


 どうしてそんな事をするのかの説明を聞いて、理に適っているなと思いながら頷く曹操。


「ある程度の時間になったら、炉の底にある熔銑を型に入れて冷やします。これが鋼です」


 前世で読んだ鉄鉱に関する本をこの国にある技術で再現したのだ。


 曹昂は最初古代古墳時代みたいに木炭でやるのだろうなと思っていたが、石炭があると分かりこの方法を採用した。


「ほぅ、これが鋼か。鉄よりも硬いのか?」


「はい。あちらの方で鋼を剣にしている所です」


 史渙が手で示した先には鋼を槌で叩いて剣を製造している所であった。


 金属と金属を叩く甲高い音を立てながら火花を散らせる作業員。


 熱した鋼は槌に叩かれて形を変えていく。


「少し前に出来た剣がありますので、それを持ってきますので少々お待ちを」


 史渙がそう言って一礼して鋼で作った剣を取りに行った。


 史渙が離れると、曹操は曹昂に話し掛ける。


「昂。これらも大秦の技術なのか?」


「ええ、はい。そうです。それをこの国で出来る技術で再現しました」


 本当は鞴を使った製鉄法などは大秦にも無いのだが、此処はそうする事にした。


「これだけの技術があるとは外国は凄いのう」


「そうですね」


 本当は、未来の技術も幾つか含まれていると、曹昂は心の中で思っていた。


「お待たせしました」


 そう話していると史渙が、手に布で包まれた鋼の剣を持って来た。


 まだ、柄も鍔も出来ていない。柄に当たる所を縄で巻いているだけであった。


「どうぞ。手にお取り下さい」


「うむ」


 史渙の手の中にある剣を取る曹操。


 刀身をジッと見る。


「切れ味を試すのは如何ですか?」


「何だ? 木材でも斬るのか?」


「いえいえ、それではどれぐらい凄いのか分からないでしょう。という訳で」


 史渙が手で合図すると、作業員達が横に立て掛けられた剣を持って来た。


「どうぞ。そこら辺の鍛冶屋で売っている物を買って来ただけの物なので」


「これで試し切りをしろと?」


 曹操がそう尋ねると、史渙は頷いた。


 面白いと言わんばかりに曹操は剣を持って頭上まで振り上げる。


「はぁっ‼」


 気合の言葉と共に剣を振り下ろす曹操。


 パキーン‼


 そんな甲高い音と共に試し切りに出された剣が叩き斬られた。


「おおお・・・・・・」


 曹操は叩き斬られた剣を見て驚きの声を上げる。


 卞蓮もそれを見て、目を見開かせていた。


 曹昂達は、それを見て驚いた様子もなく話をしていた。


「あれは何級になるの?」


「はっ。あの剣は中級になります」


「そう。他の級はどれくらいある?」


「今のところ製造されているのは、優秀級で十二本。優級二十三本。秀級三十四本。良級四十五本。中級五十六本。及級六十六本になります」


 二人の話を聞いて、曹操達は目を剥いた。


 今、曹操が持っている剣よりも優れている剣があるという事に驚いている様だ。


「父上。後で秘密として優秀級の剣を二本上げますね」


「おお、良いのか?」


「父上には頑張ってもらわないといけませんから」


 あと二年後には『黄巾の乱』が始まるのを、曹昂は前世の知識で知っている。


 その乱には曹操も参加するので、あげた剣で頑張ってもらおうと思った。


 施設の視察が終わり帰る頃には、史渙が指示していたのか曹操と卞蓮の馬の鞍には鐙が付いていた。


 初めて使う卞蓮はその鐙を使うと、その使い心地に感心していた。


 施設を出て少し歩くと、卞蓮と曹操は別れた。曹操は曹昂を屋敷に戻すと、


「この鐙の乗り心地を楽しむ」


 と言って出掛けて行った。


 お好きにと思いながら、曹昂は屋敷に戻った。


 余談だが、一人で屋敷に戻った曹昂を見た丁薔はどうして曹操が居ないのか問い詰めて来た。


 施設に行った事は秘密にしたかったので、曹昂は曹操が途中で卞蓮と出会ったので帰らされたと言った。


 それを訊いた丁薔は怒髪天を突く程に怒りだした。


 怒る丁薔に何も言えず、曹昂は心の中で曹操に謝った。


 少しして、曹操が屋敷の前に着いたのだが門が閉められていた。


 どれだけ声を掛けても開けて貰えなかったので、結局曹操は卞蓮が居る所に向かった。


 それから暫くの間、曹操は屋敷に入る事が出来なかった。




 後日。




 施設で作られた剣を貰った曹操はウキウキしながら曹昂の元に来た。


「昂、貰った剣だが凄いな」


「何かあったのですか?」


「うむ。流石にこれは無理だろうと思い、岩を試しに斬ったのだが。その岩をまるで泥の様に斬ったぞ」


(何て物を斬っているんだよ。この人は。・・・・・・あれ? 似たような話を何処かで聞いた様な・・・・・・?)


 何だっけなと思う曹昂。


 曹操は構わず話を続ける。


「素晴らしい二剣だ。銘が無いから私が名付けたぞ。一本は倚天。もう一本は青釭と名付けたぞ」


「あっ」


 曹操の口から出た剣の銘を聞いて曹昂は思わず声が出た。


 倚天と青釭。


 曹操が使っている名剣の名前であった。


「どうかしたか?」


「い、いえ、なんでもありません」


 曹操が怪訝な顔をすると、曹昂は首を横に振る。


 実在が疑わしいと言われた剣を、まさか自分の知識で作るとは想像も出来なかった曹昂であった。

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