順に説明します

「ねぇ、旦那様」


 史渙の紹介を聞いた卞蓮は曹操の袖を引く。


 曹操は振り返ると、二人は小声で話し出した。


「史渙って、あの史渙かしら?」


「だろうな。他に居るか?」


 曹操達は自分達の目の前に居るのが、自分達が知っている史渙なのかどうか疑わしかったからだ。


 豫州沛郡の遊侠の徒の元締めで、ひとたび彼が声を掛ければ沛郡内の遊侠の徒が集まると言われている。


 そんな凄い実力者がどうして、息子が作った私兵の長をしているのか二人は見当がつかなかった。


「父上? どうかしました?」


 そんな曹操に声を掛ける曹昂。


「あ、ああ。おほん。昂」


「はい」


 気になるので訊ねる事にした曹操。


 咳払いをして調子を整えた。


「どうして、公劉殿が私兵の長をしているのか説明してくれるか?」


「はい。でも、別に大した事ではないですよ」


 曹昂はそうでしょうと言わんばかりに史渙を見ると、史渙もその通りとばかりに頷いた。


「僕が私兵を作る時に、公劉殿の元に赴いて私兵になってくれないかと頼んだんです」


「それだけか?」


「はい。まぁ、土産をもってですけどね」 


 曹昂は照れ臭そうに頭を掻いた。


「どんな土産を持って赴いたんだ?」


「剣一本です」


 曹昂の話を聞いて、曹操達は首を傾げた。


 たかが、剣一本で遊侠の徒達の元締めが私兵の長をするなどまず有り得ないからだ。


 曹操達の反応から腑に落ちないという空気を感じて苦笑する曹昂。


「それについては後で説明しますね。じゃあ、この施設の中を見ましょう。案内お願いします。公劉殿」


「分かりました。まずは騎馬の方から見ましょう」


 史渙がまず案内したのは騎兵の所であった。


 訓練はまだ続いており、駆けている中での騎射。突撃の訓練をしていた。


「まずは騎射をしている騎兵の説明からします」


「おお、あの騎兵の弓は騎乗で使うから短いのは分かる。分かるのだが」


 曹操は騎射の的が退けられていくのを見る。その的には矢が何本も貫通していた。


「随分と威力が強いな。何か特殊な素材でも使っているのか?」


「はい。動物の腱、角、骨、後は膠にかわです」


 膠とはゼラチンの事だ。


 曹昂はゼラチンの作り方を知っているので、それも製造している。


「それらであの様に威力が強い弓が出来るか」


 感心する曹操。


「動物の腱、角、骨の形を変えるのに時間は掛かりますが、今のところ、日に五張できます。もう少しすれば製造量は伸ばせると思います」


「ほぅ、それは素晴らしい。あの騎兵は馬にも鎧を付けているようだな」


 曹操が指差した先には馬に乗っている兵だけではなく馬にも鎧を着用していた。


「はい。革をなめした物を装備しています」


 曹昂としては本当は鉄騎兵みたいに金属の鎧を馬にも装備させたかったのだが、予算が足りず出来なかった。


 その分、革鎧には手間を掛けた。


「革鎧の下地には鉄の小片を張り付けていますので、防御力は高いです」


「ふむ。それと、先程から気になっていたのだが。あの騎兵達の鞍の両脇にある物は何だ?」


 曹操は気になっていたのか興味津々に訊ねる。


「あれは鐙と言いまして、足を乗せる物です」


「ほぅ?」


 曹操は足を乗せれば、何が違うのか気になっている様であった。


「まぁ、乗ってみれば分かりますよ」


 曹昂が目で史渙に合図した。


 史渙が頷くと、手を挙げて近くにいる騎兵を手招きした。


 それを見た騎兵達から一騎、曹昂達の元にやって来た。


 史渙はその騎兵の元に行き何事か話すと、騎兵は頷いて騎乗している馬から降りた。


 誰も乗っていない馬の手綱を取る史渙。そして、その馬を曹操の前まで連れて来た。


「父上。どうぞ」


「うむ」


 曹操はその馬の鐙に足を掛けて鞍へと乗る。


「・・・・・・ふむ。普段よりも簡単に騎乗できるな」


 鞍に跨り鐙に足を乗せた曹操は感想を漏らす。


「これは良いな。昂よ。後で私の馬にもこの鐙とやらを付けてくれっ」


「視察が終わったら付けますから」


 馬上で曹昂に頼む曹操。


 余程、気に入ったんだろうと思う曹昂。


 曹操は馬から降りると、上機嫌で次の場所へと向かった。


「次は弩になります」


 史渙が手で示した所には卓の上に二つの弩が置かれていた。


 一見して普通の弩と違っていた。


 引き金の機構である機の他にも取っ手の様な物が付けられていたからだ。


「弩は命中率、威力が強い反面、速射が出来ないという物です。それで少しでも早く撃てる様に改良して出来たのが、この二つになります」


 史渙の説明を聞きながら、曹操はその弩をジッと見る。


 まるで、どのような秘密でも見逃さないと言わんばかりの目であった。


「使い方も簡単です。矢を放ち終えると、台に矢を装填してその取っ手を引っ張るか巻き上げるかをして弦を引っ張るのです」


「ふむ。どれ」


 曹操はまず弦を引っ張る取っ手が付いた弩を手に取った。


 引き金を引いて、弦を弛ませると取っ手で弦を引っ張り弦を張りつかせた。


 使い方が分かったのか、曹操は次の弩を手に取った。


 こちらは巻き上げる取っ手が付けられていた。


 先程と同じく、曹操は引き金を引いて弦を弛ませる。


「これはこの取っ手を巻くのか?」


「はい。そうです」


 曹操がそう尋ねて来たので、曹昂が答える。


 それを訊いた曹操は取っ手を巻いた。


 ゆっくりと巻いたからか、弦はゆっくりと張っていく。


 やがて、完全に弦が張る。


「ふむ。面白い構造だ。足で踏んで引っ張る方法や腰を使って引っ張り上げる方法などよりも容易だな」


「はい。後、この台の部分には石を置ける物も制作中です」


「ふむ。それは優れモノだな。石などそこら辺に落ちているからな、矢のように消耗しないで放てるというのは悪くないな」


 これも素晴らしいという目で見る曹操。

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