黄巾の乱勃発

光和七年西暦184年二月。



 冀州鉅鹿郡にある屋敷にて。


 その屋敷にある広間に多くの人が座っていた。


 不思議な事に広間には黄色い布が垂れ幕として掛かっており、其処に居る者達は皆、黄色い服を着ていた。


 広間の奥にある上座には黄色い布が掛かっており、その布には黒い字で『太平道』と書かれていた。


 上座には一人の男性が居た。


 歳は三十代後半。


 髪を結ってはおらず、黄色い鉢巻を巻いているだけであった。


 ひょろっとした体形で顎髭を生やし大きな目に頬がこけた顔をしていた。


 その男性は目を瞑り目の前に居る者の報告を聞いていた。


「・・・・・・馬元義は処刑されたか」


「はっ。見せしめの為か市にて車裂きの刑となりました。他にも洛陽に居る我等の信者達は全て殺されました」


 跪いている男の報告を聞いて周りの者達はざわつきだす。


 だが、上座に座っている者が手を挙げると、一斉に静まった。


「他に何か報告はあるか?」


「はい。我らの蜂起を知り、朝廷は大賢良師様の捕縛の命を下されました」


「・・・・・・そうか。下がって休むが良い」


「はっ」


 報告をしていた者は一礼して、その場を離れて行った。


 その者の背が見えなくなると上座に座っている者の目がカッと開いた。


「蜂起が知られた以上、最早我らに退路は無し」


「兄上。では」


 周りに居る者達の仲で一番上座に近い者が声を掛ける。


「うむ。張宝よ。各地に居る我等の同志達へ蜂起を命じよ。この紙と共に」


 男性は懐に手を入れて一枚の紙を出して広げた。


 その紙には『蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉』と書かれていた。


「「「おおおおおおおおおっっっ‼」」」


 その紙に書かれている文字を見て周りの者達は歓声を上げる。


「蒼天は既に死に、黄天は今まさに立つべし。歳は甲子に在りて、天下は大吉となる」


「流石は大賢良師様だ」


「我ら一同、大賢良師様に付き従います」


 周りの者達は上座に向けて頭を下げる。


「黄天の世を作り、万民を救済する‼ 我らと意を共にする者達は黄色い布を身に付けるのだ‼」


 上座に居る男性が叫ぶと、周りの者達は顔を上げて歓声を上げる。


 この上座に座っている者こそ『太平道』の教祖の張角その人であった。




 張角の檄は直ぐに各地に居る太平道の信者達に伝わり、信者達は決起を始めた。


 これが後に言う『黄巾の乱』の始まりであった。


 張角達は自分達の事を黄巾党と名乗る。黄巾党の首領となった張角は自分の事を『天公将軍』と称し、


 二番目の弟の張宝は『地公将軍』と、三番目の弟の張梁は『人公将軍』と称した。


 他にも張曼成と波才と言った弟子達には信者達を束ねる『渠師』の地位を与えた。


 この渠師というのは軍指揮官の役職の事である。


 張角達の檄により武装蜂起した信者達は各地にある郡を襲い、官吏だけではなく黄色い布を付けていない老若男女を全て殺した。


 その猛威は約一ヶ月ほど続いた。


 同年三月。


 黄巾党の暴虐に対し朝廷は各地の有力者に黄巾党の鎮圧を命ずると共に義勇兵の応募も募った。


 同時に皇甫嵩、朱儁、盧植の三名に中郎将の地位を与えて黄巾党の鎮圧に向かわせた。


 同年同月。


 豫州沛国譙県にある曹家の屋敷の前にて。


 其処には赤い旗を立てている一団が居た。その旗には黒字で曹と書かれていた。


 皆、馬に乗り整然と並んでいた。


 その一団の中には史渙の姿もあった。


 屋敷の門には曹操と曹昂と丁薔ほか使用人達が居た。


 鎧を着こみ剣を佩いている曹操の姿は、まるで何処かの将軍のようであった。


「では、行って来る」


「お気をつけて」


「父上。武運を」


「うむ」


 そう答えるなり、曹操は馬に乗り後ろに控えている騎馬の一団を見る。


「これより、我等は洛陽に向かう。其処で官軍と合流し潁川の黄巾党を殲滅する‼」


「「「おおおおおおおっっっ‼」」」


 曹操は佩いている剣を抜き、頭上に掲げながら号令を下した。


 その号令を聞いて騎馬の一団は歓声を上げる。


「出陣‼」


 曹操が馬を駆けさせると、騎馬の一団はその後を追い駆けて行った。


 曹操達が見えなくなるまで、曹昂達は心配そうな顔で見送った。


「・・・・・・行っちゃいましたね」


「ええ、そうね」


「それにしても、父上が騎都尉になるなんて」


 騎都尉とは皇帝の近衛騎兵隊長の官職だ。


「議郎だったのに。良くなれましたよね」


「義父上様のお蔭ね。二年前に太尉の職に就いたのだから」


 太尉は軍事を司る官職なので、息子を騎都尉にする事など造作もない。


「それにしても、旦那様は何時の間にあんなに沢山の私兵を用意したのかしら?」


 不思議に思う丁薔。


「……そうですね」


 生返事をする曹昂。


 実はこの私兵を作る金を出したのは他ならぬ曹昂であった。


 ここ数年間で馬車の権利だけではなく、水飴、洗剤、蜂蜜、蜜蝋などの品を衛大人や自分達の手で売った。


 お蔭で大金を手に入れる事が出来た。


 余談だが、蜜蝋で作る化粧品も完成したので卞蓮に分けると、本人はいたく気に入り五日に一度は無くなったので分けて欲しいと文が届く様になった。 


(しかし、あの水飴がまさかあんなに高く売れるとはな・・・・・・)


 一度、衛大人と曹騰と曹操が集まって、蜂蜜と水飴の試食をしてもらい値段を決めようとした。


 曹操は一度試食しているので、驚きはしなかったが曹騰達は水飴の甘さと蜂蜜がこんなに大量に出来る事に驚いていた。


 その席で、衛大人と曹騰は水飴と蜂蜜をそれぞれ銀五枚で売るべきだろうと、言い出した。


 流石に、それは高いと言う曹昂。


 曹操はこれぐらいが妥当だろうと言うが、曹昂は断固反対した。


 曹昂の反対により、水飴は百銭。蜂蜜は銀十枚となった。


 もっと安くしても良いと思うが、これ以上安くしたら駄目だと、衛大人と曹騰に言われて、曹昂は渋々だが受け入れた。


 だが、一度売り出すと両方とも、凄い勢いで売れていった。


 特に水飴は安くて甘いという事で、需要に供給が間に合わない位に売れていた。


 お蔭で、水飴の製造所は増設する事となった。


 衛大人の方には、作り方を書いた本を提供する代わりに売り上げの三割を貰うという事で話が付いた。


 その儲かったお金のお蔭で、私兵を増やす事が出来た。二年前は千人であったが、今では七千になっていた。


(黄巾の乱と言えば、この時期だよな。あの二人が活躍するのは)


 曹昂が言う二人とは劉備と孫堅の事だ。


 二人共、この黄巾の乱で活躍して世に名を知らしめていた。


(どんな人達なのか会ってみたいものだな)


 曹昂は空を見上げながら、どんな顔をしているのだろうと思いを馳せた。

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