三話―友達のはじめかた






 週末の朝、アタシはアイラと待ち合わせの場所まで来ていた。

 街の中でも賑やかな噴水近く。アイラの家がある通りの方を見ていると、遠目にもわかる美少女がこっちに歩いてくる。アタシに気付いたのか大きく手を振って走ってくる姿を見ると、美少女がただの大型犬に見えて仕方なかった。


「ルカー」

「……アイラ、走ると転ぶって」

「ヘーキヘーキだいじょー……っぶっ!」

「うわっ!!」


 案の定、街の石畳になった道で躓いたアイラを間一髪受け止めて、その頭に手刀を落とす。


「……ったく。突進してこないでよ、危ないなー」

「えへへ。それだけルカとのデートが待ち遠しかったんでしょー?」

「調子良すぎ」


 ごめんと謝るアイラの頭を撫でると、悪びれることなく笑ってアタシに抱き付いてきた。……こーゆーとこアイラって憎めないし、可愛いんだよなぁ。アタシには絶対出来ない。


「ほらールカと会うからいっぱいオシャレしてきたんだよ~?」

「……はいはい、ありがとー」


 してきたって言われてもくっついてるからよく見えないんだけど、普段よりもアイラが可愛いことは分かる。可愛いねぇ、と褒めるとアイラが嬉しそうに顔を上げた。


「やっとテストのこと考えなくてすむよ~。ルカ、私たち生き残ったねー!おめでとー」

「だねー。よくやった、アタシもアイラも」


 お互いの健闘を称え合い抱きしめ合うと、自然と笑みがこぼれる。

 これで次のテストまでアイラと過ごせることが確実になって安心していた。ぽんぽんとお互い背中を叩いて離れて、今度はガシッと握手する。


 ……うちら特別でもなんでもない平民の生徒が赤点なんて取ったら通う気が無いんだと即追い出されてしまう。あの人たちみたいに浮かれ気分で学校通えたらどんだけ楽しいか。……まぁ、あっちの生活なんてアタシには絶対無理だけど。


「私、まだまだルカと一緒に居たいもん」

「……うん。……あのさアタシ、アイラが居てくれてすごく感謝してる」

「急に何?告白?……悪いけど、私にはレイチェル様っていう心に決めた人が居るの」

「ふふっ。あっそ。振られちゃった」

「私ってば罪な美少女だわー」

「……はいはい」


 ……アタシの父親は貴族だったらしい。小さい頃、まだ一緒に住んでた頃はよく勉強を教わってた。だから……だと思う。学校に通いたい、なんて思ったのは。またどこかで会えるかもしれない、なんて儚い夢を持ってしまったから。

 だから周りの生徒みたいに向上心なんて少しも無くて、他の子と仲良く出来なかったアタシはアイラが転入してくるまで一人が多かった。


 ……そう、アイラが居るならこの学校でもやっていけるって自信が付いた。

 楽しんでもいいのかな、って思えるようになったし、アイラのおかげで知り合いも増えたし。アイラには感謝しかないわけで……だからあのお嬢様のこと隠してるのは本当に辛い。だからと言ってあの子のこと全部話していいような内容でも無い。

 楽しそうなアイラの横顔を見ながら、アタシは罪悪感が増すばかりだった。

 ……アイラになんて話そう。今日絶対聞かれるから、その覚悟だけはしてきたけど……。


「ねーねールカ~。カフェの後はアクセサリーショップね」

「はいはい」


 そしてアタシたちは昼ごはんがてらカフェに向かう。アイラがテストが終わったらご褒美に絶対食べる!と宣言してた季節限定ケーキセットを食べに。カフェに向かいながらアイラのどこで仕入れてきたのか分からない学校内のゴシップを聞き流しつつ、アタシはあの子のことをどう伝えればいいのかと悩んでいた。


 ……絶対アイラは聞いてくるはず。むしろ今日はそれがメインだろうなと覚悟してる。

 アイラがおじょーのことを神格化して好きなことは嫌という程知っている。アタシだって紹介していいものなら紹介したいけど……。朝の挨拶の時だけでもどーにかならないものか、……うーん、無理。人見知りなアタシにそんな器用なこと出来ない。


 カフェの中はまだ客もまばらだった。とりあえずアイラのおすすめを頼んで、先に注文してたホットミルクに口を付ける。


「あったまる~」

「意外に寒かった~」

「じゃ、改めてお疲れさま」

「……おつかれさま」


 ふー……っと、何となく息を吐いた後に続く沈黙。そしてチラッとアイラの方を見ると、目が合って微笑まれた。


「ルカ、自分から言う?それとも私が聞く?」

「早っ」


 内心、さっそく来たか、と思いながら正面に座るアイラを見つめ返す。にこにこと笑顔を作っているけど、その背中に見える圧は強い。


「……なんて言えばいいのか分かんないから、聞いてほしい」

「いつレイチェル様とお知り合いになったの?どっちから声掛けた?何がきっかけ?レイチェル様ってどんなお話するの~!?」

「ちょっ、多い多い」


 分かってはいたけど、止まらないアイラの質問に驚く。

 いっこずつ質問に答えるけど、あの場所のことやアタシに似た幼なじみの話は伏せた。


「え~……ルカに似てないとダメなんだ……」


 アタシが知り合いの子に似てたらしくて声を掛けられた、と伝えると、アイラは自分にはそれが出来なそうだと落ち込んでいた。


「マネするつもりだったの?」

「……だって、そうでもしなきゃ私がレイチェル様とお知り合いになんてなれるわけないじゃない」

「いや……そんなことないと思うけど。アイラと話したらみんな絶対好きになるし」

「キミってほんと私のこと大好きね!……でもルカは親ばかだからな~。その意見参考にならない」

「はぁ!?ひっど」


 別に特別なことなんかしてないのに、好かれる方が困る。……それも人違いだったし。あの子はアタシと居ると安心するみたいだけど、アタシは真逆。ソワソワ落ち着かないし、……あの子勘違いするようなことすぐ言うから……。


「……そんなにあの子と話したい?……何が良いんだか」


 アタシはアイラと話してる方が落ち着くし楽しいのに。……何でみんなあの子と仲良くなりたがるか、アタシにはサッパリ分からない。むしろあの子と居ると悩み事が多くなるし、つい気になって上の空になるし。……良い事なんて全然無い。


「ルカってそういうとこあるよね~。……逆に興味無さそうな所がレイチェル様の心を射止めたのかしら」


 アイラはジーっとアタシの目を見つめた後、興味津々にあちらこちら見てくる。その視線がくすぐったいけど我慢するしかなかった。


「……あのお嬢様の考えてることなんて分かるわけないじゃん。こっちは話しかけられたせいで、色んなやつからジロジロ見られる羽目になったし」

「あはは。貴族じゃないのにレイチェル様と仲が良いから、他の国のお金持ちなのか?なんて噂立てられてたしね~」

「うちはただの定食屋。……ったく、あのお嬢様すっごくぽやっとしてるしさ~」

「きゃ~。レイチェル様可愛いー!」

「…………はぁ。まぁ……可愛いのは認めるケド」


 ボソッと呟いた後、アイラがにやにやしながらアタシを見る。いや、まぁ、もぉ、わかってるんだけど。可愛いなんてアイラみたいに口に出して言いたくはなかった。


「へぇ~~~~~~~……?やっとルカちゃんもレイチェル様の魅力を知ったのねぇ」

「……なんかムカつく」

「ルカは素直じゃないなぁ~。……でもレイチェル様もルカと話してる時すっごく嬉しそうだったじゃない?私はルカのこと人違いしただけじゃないと思うなー」

「っ……そんなこと……」

「って!ケーキ来たよルカ」

「アイラ騒ぎすぎ」


 話を遮るように頼んでいたケーキセットがテーブルに運ばれてきて、アタシたちはすぐにケーキに夢中になっていた。

 ……人違いじゃなかったら、何?アタシと話す理由なんて……。


「ルカ、そんな顔して食べたらケーキ美味しくないでしょ?笑って笑って」

「……はーい。……ん、甘」

「レイチェル様ってルカみたいな子の方が好きなのかもね」

「……なんで?ふつー嫌だと思うんだけど。アタシはアイラみたいに愛想良くないし」

「……そーゆー所がいいんじゃない。だってルカはレイチェル様のこと有名な人だからって特別視とかしないでしょ?」

「……しないねぇ……アタシには関係無いし」

「そーゆーとこ。……レイチェル様はいつも周りに色んな方の目があるからきっとお疲れでしょうし。普通にお話してくれる子が好きなんじゃないかな~って」

「……アイラだって親ばかじゃん。アタシのこと好きすぎ」

「えへへ」


 でも……アタシはただ似てるだけ。おじょーが求めてるのは似てる他の子だってことアイラは知らないからそんなこと言えるんだ。

 ……あの顔見たら、その子の事どれだけ大事なのか、アタシでも分かる。

 でも愛してるだなんて、あんな顔してただの友達に言えるもんなんだろうか。


「ねぇアイラ」

「?なに」

「愛してる」


 アタシがそう言うと、アイラは口に入れてたケーキをごっくんと飲み込んだ後、吹き出すように笑い出した。


「っ、ふふっ。ごめんねルカ。レイチェル様の次に愛してる~」

「二番目かよ。せつな~」


 ……やっぱりアイラにあの時みたいな感情は抱かない。

 当たり前か。大好きな友達だけど、愛してるってはずいし、言い過ぎだって思うし。自分が言われたわけじゃないのに、あの子の言葉は突然すぎてアタシがドキドキしてしまった。……いやむしろあまり知らない子に言われたからドキドキしたのかもしれないし、うん。


「落ち込まないでよ、ルカ」

「ううん。……他の子のこと考えてただけ」

「ちょっと!切り替え早すぎでしょっ。私への想いはそんなものだったの!?」

「え~理不尽」


 ……アタシにあんな顔するから気になって仕方ないんじゃん。なんて本人に言えないけど、どうにかこうにかこんな気持ちにさせたあの子に仕返しはしたい。

 アタシじゃなきゃダメだった理由が好きな女に似てるからとか、……どう返したらいいのか困るようなこと言われて。……きっとアイラだったらすぐに受け入れて、むしろ自分のこと好きにさせただろうな。


「ねぇ今度レイチェル様に紹介してよ~」

「……は?アタシアイラの中で二番目だし」

「大丈夫、ルカは私の恋人になれないだけで、私の大切な人には変わりないわ」

「言い方」


 ほんと調子良いな、と思いつつ憎めない。クスクス笑いながら「また話しかけられたらね」と答える。

 正直、アイラに隠れて会ってるのは気まずいから早く顔見知りになってほしいけど。……アタシから朝、あの子に声を掛けるって……また周りからジロジロ見られそうだし。


「……でもルカがレイチェル様と仲良くなったら実質私の恋人よね」

「どうしてそうなる……」

「来週もレイチェル様に会えるかな~。お忙しい方だからお顔を見れるだけで幸せだけど」

「……へぇ……」


 忙しい……ね。

 ……またあの子はアタシを待ち伏せをするんだろうか、来週も、またあの場所で。


 アイラの話を聞いていると、アタシが知らないことばかりだった。

 会いたいような……会いたくないような、複雑な気持ち。そしてまだ何も知らない彼女のことを、考える時間が多くなった。




+++




 いつものように店の手伝いを終えた後、明日の学校の準備を終えてベッドに横たわる。

 あの子に話しかけられたらアイラを紹介しよう。……話しかけられなかったら放課後会った時にでも聞いてみよう。そんなことを考えていたらいつの間にか眠りについていた。




 ……ペタペタペタ。


 ……いつもアタシは砂場でトンネルを作ってた。山を作って固めて、その後トンネルを掘る。でも砂が柔らかすぎていつも崩れてしまうんだ。

 でも別に気にならなかった。崩れたらまた山を作る、その繰り返しをしてれば時間が過ぎてくからそうしてるだけ。


『トンネルつくってるの?』

『………………』

『……わたしもまぜて』


 こくん、と頷くと、話しかけてきた女の子がアタシの隣で一緒に山を作る。作っては崩れ作っては崩れを繰り返してたのに、その子が水で砂を固めてくれたらトンネルを掘ることが出来た。


『…………あ。……とおった……トンネル、できた』

『できたね、すごいね』


 アタシが喜んでたら、アタシ以上に喜んでくれた。いつも一人で作ってたから、胸がぽかぽかした。できたねって褒めてくれて喜んでくれた。

 他の子と遊ぶの楽しくなかったけど、この子と居るのは好き。そう思った。


『……すごい』


 いつも崩れる山に腕が通る。そしたらトンネルの向こう側にいたその子がアタシの手をギュッと握ってくれた。


『……あ、あの』

『どうしたの?』

「……ううん。……その、ありがと、れいちゃん」

『!ううん、わたしもいっしょにつくりたかったんだもん』

『……うん』

『ねぇるかちゃん……わたしとおともだちになってくれる?』

『…………うんっ!』


 砂場の出会い、それからいつも通う保育園に居る子だってわかって、なんとなく一緒に遊ぶことも多くなった。家も近かったから遊びに行くことも多くなって……アタシはその子にべったりになった。

 その子が居れば寂しさを感じることも無いし、無意味なことで時間を潰す必要も無くなったから。


『……れい、れい』

『るか。わたしがいるからだいじょうぶ』

『……うん、ずっとだよ』


 いつまで経っても迎えに来てくれないママより、私を大切にしてくれる子が出来た。




「ん、……ふぁ~」

「ルカ、寝てないの?」

「……や……変な夢見ちゃって」


 ……よく覚えてないけど、子どもの頃の夢だった。

 でもアタシの知らない場所だったし…………思い出そうとすると頭が痛くなる。


「もしかして今週もテストあると思ってうなされてたんじゃない?」

「あ~……ソウカモ」


 休み明けの週明けはただでさえ気怠いのに、変な夢見たせいで変な感じ。あくびしながら答えると、また聞き覚えのある歓声が聞こえてきた。隣のアイラを見ればすぐにそれが誰へ向けた声なのかすぐ分かったらしく足早に正門へと向かっていく。


 アイラを追いかけて正門を抜けると、やっぱりあの子が居た。

 アイラに紹介するって約束……どうしよう、とその輪を見ていると、不意にこっちを見たあの子と目が、……合った気がした。人に囲まれてるから、その隙間でしかあの子は見えない。……だからあの子もこっちを見てないと目が合うことなんてあるわけないわけで……。

 しばらくどうしようかとその輪を眺めていたら、あの子がその輪を抜け出してくる。……え?嘘でしょ?と思った時には、小さくこっちに手を振っていて、アタシは思わず振り返してた。


「……ぁっ」


 またあの子に流されて反応してしまったことに恥ずかしくなる。すぐに何事もなかったように手を下ろすけど、おじょーに笑われてしまった。


「おはようルカ。……話しかけられるのは嫌だと言っていたけど、ずっとこっちを見ていたから来てしまったわ。話しかけても良かった?」


 おじょーの、というより、その後ろの視線が痛いぐらいに突き刺さる。

 ……うわぁ……分かってたけど、やっぱすごいな。あまり刺激しないようになるべく距離を取ろうとするけど、おじょーの方から近付いてくる。


「お、おはよ。あー……えっと、ごめん。……うん、ちょっと用があって」

「用って……?」

「レイチェル様!お、おはようございますっ。あ、あの、私、」


 話の途中でいつ顔を出そうかと待ちに待っていたアイラが横から入ってきた。興奮気味のアイラの顔、見たことない程真っ赤だ。


「……あなたはいつもルカと一緒にいるアイラちゃんよね。いつもルカから聞いているわ」

「はっ、はい!アイラ・クルヴィスです。あのっ、私っ、レイチェル様のファン……いえ、大ファンで!」

「ふふっ……ありがとう。アイラちゃん」


 おじょーが笑っただけでアイラは今にも倒れそうなアイラを支える。


「ひっ……レイチェル様の口からアイラちゃんて……ムリ~」

「……ったく、あんだけ挨拶するって意気込んでたのに」

「っ、だってレイチェル様が麗しすぎて……!」


 両手で顔を隠してアタシにしがみつくアイラ。……呆れてるだろうな、とおじょーを見ると、さっきまでにこにこしてたのに曇った表情でアタシたちを見ていた。


「わ……私はもう行くわね」


 アタシと目が合うとあからさまに表情を作っていた。笑ってどこ見てるのかも分からないぐらいに目を細めて。そしてさっきの輪に戻ろうとするから、つい制服を掴んで引き止めてしまう。


「え、ちょっと待って」

「……何かしら」

「……いや……ううん、引き止めてごめん」


 ……何で何かある、なんて思ったんだろう。目が合わないし笑ってるのに少し元気ないなんて、なんでそんなこと思った?アタシにあの子のことなんて分かるわけないのに……。

 そのまま少し元気ない背中を見送った後、悶えてたアイラが生き返る。


「っ、ちょっとアイラ痛いって」

「だってだってだってー!」


 あまりの感動に言葉が出ないようだ。嬉しいからってアタシの背中バシバシ叩くのは間違ってると思うけど。


「ルカ~……私もう死んでもいい……」

「……あっそ。じゃあアタシ先に教室行ってるから」

「待ってよ!!そこは死ぬなって言うとこでしょー!?」


 まだデレデレしてるアイラを置いて、アタシはさっさと教室へと向かう。


 会わないなら会わないで気になるし、……会ったら会ったで気になるし。

 ……ほんと何なの、あの子……。

 モヤモヤしたまま時間は過ぎる。なんかあんまり授業の話も入ってこないし、今日は早めに帰りたいな、と空を見上げると良い天気でサボりたくなった。




+++




 ……放課後、何となくいつものようにあの帰り道を使いたくなくて図書室に寄る。

 気になる本があったのを思い出し、本棚を探すと可愛らしい絵が描かれた本を見つけた。


「……そうそう、これこれ」


 表紙で気になって、はじまりの何ページか読んで面白そうだった。

 現実の話じゃなくて、どこか遠くの知らない国の話。お姫様とお姫様と知らずに仲良くなる羊飼いの女の子の話。

 しばらく時間を潰すつもりで読んでいたらいつの間にか時間が過ぎていて、アタシは時計を見上げて固まる。そして本をそのまま借りて走って校舎を出た。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 土を蹴りながらいつもの近道を通っていると、あのテラスへの脇道が見えてきて自然とペースを緩めていた。


「…………まぁ、いないか」


 いつもの時間はとっくに過ぎてるし、今日は特に遅い。あの子だって別にアタシを待ってるわけじゃないんだし……、と通り過ぎようとして奥に制服の端が見えた気がして足を止めていた。……そして二、三歩戻り、脇道を入っていくと、ベンチに座るあの子の姿を見つける。


「…………寝てるし」


 起こさないように隣に座り、目を閉じて座っている彼女を見つめる。風に吹かれたのか知らないけど、顔に掛かった髪をどけてあげたら、んんっ、と小さく声が聞こえた。


「…………ばか」


 ……きっとアタシのこと待ってたんだろう。

 何でそう思うのか分からないけど、そう思ってしまうぐらいこの子の行動は分かりやすい。


「……ね、起きて。風邪ひく」

「…………ん……?ルカ……来てくれたのね」

「待ってなくて良かったのに」


 そう言うと寂しそうな顔するから、こっちが悪い事した気分になる。まぁ、実際に避けようとしてこうなったんだけど。

 日陰に長く居たせいで冷たくなった体を擦りながら抱き寄せると、寝ぼけた様子の彼女がアタシの肩に頭を乗せた。


「……朝……羨ましかったの」

「……何が?」

「あなたにあんなに簡単に甘えられるアイラちゃんが」

「……甘えてるじゃん、おじょーだって」


 ぎゅっと頭を抱き寄せたら、おじょーの手がアタシの腕に触れてくる。


「……ルカ、私、もっとルカと仲良くなりたい」

「仲良く……してるじゃん。っていうか、アイラにもこんなことしてないけど」


 頭撫でたり、ふざけながら抱きしめ合うことはあっても、こんなにべったり甘えられることなんてない。むしろこれって友達以上じゃない……?

 そう思ったら、急に恥ずかしくなってきて顔が熱いし、ドキドキしてきて離れようとしたけど、今度は離してもらえない。


「でも私、ルカのこのせか……生活を知らないし、クラスも違うし、この場所でしか会えないわ」

「………………は?」


 ……そんなの当たり前じゃん、生きる世界違うんだから。なんてそんな正論が思ってても口から出なかった。


「……ねぇ、私と居るの、嫌かしら」

「………………」


 ……何でこの子、そんなこと言えるんだろう。アタシもそんなこと言われて、何でこんなにドキドキしてるのか知らないけどさ。


「…………ルカ?」

「……はぁ……おじょーってさ、ほんと言うことやること彼女みたい」

「……?彼女って?」

「こ・い・び・と」

「っ、え?そ……そうかしら」

「今だってもっと会いたいって駄々こねてるし」

「…………ぅ……」


 ……自覚してなくて今気付いたのか、恥ずかしがりながら両手で顔を隠してアタシから離れてく。「むしろ今気付くって」と笑っていると、拗ねた顔してアタシの手を両手で包むようにして握ってきた。


「……ほら、こーゆーとこ」

「……えっ?これは……手を繋いでいるだけでしょう?」

「繋ぎ方がなんていうか……。友達ならもっとサラッと手を繋ぐけど」


 アイラと繋ぐように片手同士で手を繋いでみせると、おじょーが確かめるように指を絡ませて握ってきた。そして黙ったまま見つめてくる。

 ……だからそーゆーとこだよ、って何度言ったっておじょーにはムリなんだろうな。こういう態度、普通に出来ちゃうんじゃ勘違いした子にさぞモテるだろう。

 ……アタシもその中の一人なんだろうか、とふと浮かんでしまい目を逸らす。


「……ルカ?」

「ごめんだけど、……アタシもう行かなきゃ」

「……………………そう」


 だからその顔……!

 自分でもでおじょーに甘くなってしまうのか分からないけど、ほっとけなくてベンチから立ち上がったアタシは座ってる彼女に軽くハグした。もちろん、友達にする軽いハグを。


「っ!……ルカ」

「……じゃ、また明日ね?」

「……うん、また明日」


 やっと笑ったおじょーの顔を両手で挟んで少し遊んだ後、手を離す。嬉しそうに見上げてくるから、こっちがむず痒くなってくる。


 そしてバイバイしていつもの道に戻ってきた時、我に返ってつい今さっきの自分が自分じゃない気がして変な気持ちになった。


「……アタシ、何してんだろ」


 ぶわっと顔が熱くなる。……今更恥ずかしくなってるのはアタシだった。

 たいして話してないのに何時間も居たような密度。アイラと数ヵ月積み上げてきたものとは違う度合でアタシを占める割合が大きくなっている。


「……あ~……!!もぉっ!!」


 アタシ一人で考えてたってもう何も分からない。

 今はもう何も考えないと決めて全速力で走った。




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