二話―仲良くなりたいお嬢様





「わっ!今日もレイチェル様に会えるなんて~♪」


 分かってたけど、その声が聞こえてきて思わずビクッと反応してしまう。


 ……相変わらず、あの子はいつもと同じように正門を抜けた先の中庭からお貴族様たちが通う校舎の入口で、いつものように人に囲まれていた。

 アイラの話だと彼女は生徒会の一員として朝の挨拶に立っているのだとか。別に強制じゃないけど、ここ数ヵ月は新入生が入ったばかりだから集中的にやっているんだとか。


 ……何でみんなあの子と話すのがそんなに嬉しいんだか。

 昨日までのアタシの感想。……そして今日のアタシはいつもならアイラがうるさいからチラ見してただけだけど、その挨拶の声も聞こえてきてつい目で追ってしまった。

 ……みんな嬉しそうな顔しちゃって。ほんとあの子って人たらしかも。

 それが今日のアタシの感想。……だってアタシ普段人見知りだし、定食屋のお店の客でも仲良くなるまで多少時間が掛かる。……なのに、あのお嬢様の距離の詰め方、思い出すだけで顔が熱くて仕方ない。


「ねぇ、見て見てルカ!レイチェル様昨日よりもキラキラしてる~」

「……そりゃ良かったね」


 あのお嬢様は今日もやたらキラキラしているそうだ。

 ……こっちは誰かさんが変なこと言うから、なかなか寝付けなくて寝不足だっていうのに。……チラッとその顔を見れば、いつもと変わらず綺麗な顔しててムカついた。


「…………はぁ」

「ルカどしたの~?ため息つくなんて」

「……なんでもない」


 ……昨日のは夢、昨日のは悪い夢。そう繰り返し念じながら中庭を通り過ぎる。


 今まで一度も話したことなかったしあんなに近くで見たのだって初めてだった。

 アイラの話でどんな子か聞くことがあっただけ。あんな有名人と仲良くなりたいだなんて少しも思ったことないし。

 ……なのに、あっちから話しかけてくるとは思わないじゃん?それもアタシのこと知ってるような口ぶりで。


 いつもならアイラを早々に置いて教室に向かうけど、……だけど今日はあの子に目が行ってしまった。こんな周りと同じような反応したくなかったのに、自分も案外チョロかったんだと少しショックを受けながら視線を外す。


「アイラ、アタシ先行ってるね」

「う、ん……――わっ、待って待って待って!!」

「……え?なに?」


 アイラに制服を思いっきり後ろに引っ張られた。何事かと振り返ると、ついさっきまで人に囲まれてたあの子がその輪を抜けてこっちに向かってくる。


「わっ、わっ、わっ」


 なんでアイラがこんなに騒いでるかって、それはあの子がアタシのこと見ていたから。咄嗟に自分の後ろや周りを見ても誰も居なくて、アタシ?と自分を指さすと笑顔を向けてくる。


「おはよう、ルカ」


 ザワザワザワッ

 ――一気に周りの視線を独り占めする。


「お…………おはよ」


 まるでここにアタシのこの子の二人しかいないみたいに、彼女の視線は昨日と同じくアタシを捉えていた。




+++




「…………はぁ。……生きた心地しなかった」

「それはそうよ~。だってあのレイチェル様が呼び捨てで名前を呼んで親し気にお話していたんだもの~」


 そう言うアイラの顔も、アタシを見てた他の生徒たちと同じで怖い。


「だ……だから、それは……昨日たまたま話しかけられただけで。……また話しかけられると思わなかったし」

「どうして!?なんで!?私はどうしてその場に居なかったの!?」

「……んなの知らないってば」


 教室ではこんなアタシとアイラのやり取りも聞き耳を立ててる一部の生徒が居たりして、どうしても落ち着かない。

 ……こーゆー時、あんまりクラスの連中とそんなに絡んでなくて良かったと思う。変に質問攻めに合わないし。まぁ、視線とかこっち向いてなんかコソコソ話してるのは気になるけど。……んなこと気にしてる場合じゃない。今日もテストなんだから。


「…………こっちはそれどころじゃないっての」


 昨日はあの子のせいで家に帰った後もずっと上の空だったし、店の手伝い中もうちのボスに何度気合入れられたか。だからテスト勉強はしてたようでしてない。でもまぁ今日は得意な科目だし……とテスト前に教科書を見ていると、アイラがまた前の椅子に後ろを向いて座ってくる。


「ねぇ」

「アイラ、その話はデートの時にしよ?テストヤバいんだから」

「ぬぅ~~~~……わかったー。その代わりケーキはルカのおごりだからね?」

「……しょうがないな」


 こういうとこアイラは良く分かってる。納得いかないって顔してても何も聞かずムスッとした顔を向けてくるアイラを頭を撫でた。


「約束忘れないでね?ルカ」

「……分かってるよ。アイラとのデート忘れるわけないでしょ?」

「ふへへ」


 デレッとした顔を浮かべて、アイラは髪を撫でているアタシの手に頭を擦り寄せてくる。その時は頭を悩ませるあの子から思考を逸らすことが出来た。

 ……まったく、あの子も何考えてるんだか。アタシみたいな平民と居たら色々言われるし、こっちだって変な目で見られるし。……元々浮いてたけど、別の理由でも浮くことになった。……まぁ、でも。今後あの子に関わらなければ、すぐ忘れるだろう。人の噂なんてそんなもんだし、大人しくしとこ。……そうそう、一週間もすれば……。




+++




「こんにちは、ルカ」

「…………なっ!?」


 テストが終わり、今日はさっさと家に帰ろうと例の鬱蒼とした林の中を早足で歩いていたら、昨日あの子と会った場所に本人が立っていた。


 ……ちょっと待って。一週間どころか、昨日の今日って。

 昨日は脇道の奥に居たけど、今日はアタシの帰り道に制服姿のあの子が。……これって待ち伏せ?そう思わずにはいられない。


「……今朝は挨拶しか出来なかったから」

「あ……あのさ、もう挨拶もいらないし。わざわざ声掛けてこなくていいから」

「……それはどうして?」


 もう関わらず、さっさと昨日のことも忘れ去ろうとしてたのに。あの子の顔を見た途端、テストで忘れ去ってたものが全部蘇ってくる。


「どうしてって……別に話す必要ないでしょ?アタシはあなたが探してる子じゃないんだし」

「……まだ信じてくれないのね」


 もう会う事も関わる事も無いと思ってたのに、初っ端から破綻したらしい。それもこの子、まだアタシと話したいみたいだし。……困ったな……。


「当たり前でしょ。絶対別人だし。……それにあなたに話しかけられると他の人に色々言われて大変なんだよね」

「………………」

「じゃ、アタシ行くから」


 記憶にも無いこと色々言われて信じられるわけないじゃん。……昨日は混乱してこの子のペースに巻き込まれたけど、今思えばおかしなことだらけ。

 少し冷たかったかな、とは思いつつも、アタシの安住の地を守る為には仕方のないこと。あまり見ないようにしながら脇を通り過ぎようとして肩に掛けていた鞄を引っ張られた。


「うわ!?……ちょっと、何?」

「………………」

「………………その無言の圧力やめてくんない?」

「お願いルカ。……みんなの前で声を掛けるのはやめるから」

「………………」


 仕方なく足を止めて振り返ると、不安気だった彼女の表情がパッと明るくなる。……ぐっ……構ってあげると嬉しそうな顔するアイラと一緒じゃん。ほんと最悪。


「……少し、話を聞いてほしいの」

「……はぁ……少しだけだからね。アタシ、家の手伝いあるし」

「えぇ、ありがとう。……ルカは優しいのね」

「なっ……おじょーが引き止めたんでしょ?」

「……おじょーって私のこと?」


 自分のことを指さして首を傾げる。そんな仕草もおじょーっぽい。


「嫌?嫌なら呼ばないけど。……でもアタシみんなみたいに様付けで呼んだりするのやだから」

「ふふっ。……えぇ、ルカの好きなように呼んで?」

「…………ここだと誰かに見られるかもだし、あのテラス使う?……ボロいみたいだけど」


 昨日この子が立ってた場所を指さす。いつもここを通る時に遠目に見てただけで脇道から中に入ったことは無かった。……そもそも座れるのか、って感じだけど。


「それがいいわ。だいぶ古くなっていたけど、まだ座れそうだったし」


 嬉しそうに頷いて先に脇道を入ってく。昨日転びそうになったのに躊躇無いなぁ~と見ていると、枝が出ている場所も構わず入っていってしまう。


「ちょっ、枝とか出てるんだから気を付けなよっ。昨日怪我してたでしょ?」

「大丈夫、かすり傷よ」

「……だからもぉっ、制服枝に引っ掛かってるってばっ!」

「……ふふふ、ありがとう」

「……ったく、世話掛かるな、このおじょー」


 気付けば制服に葉っぱやら色んなものが付いてて、後を付いてったアタシは危なっかしい彼女のお世話係になっていた。


「……ほら、座って。タオル敷いたから一応平気でしょ」


 今にも崩れ落ちるんじゃないかと思ってたテラスは朽ちていたけど、その周りに置いてあったベンチはまだ座れそうだった。その上に持ってたタオルを広げる。


「……じゃあルカの所には私のハンカチを敷くわね」

「…………は?なら自分の所に座りなよ」


 アタシがそう言うと、彼女が悲しそうな顔をしながらハンカチを広げて座ろうとするから、アタシはその体を押しながらアタシが敷いたタオルの上に座らせていた。

 ……アタシ、何やってんだろ。


「…………ルカ」

「何笑ってんの?こっちに座らせよっか?」

「ごめんなさい、もう笑わないわ」


 昔はこういう場所でお茶会してたらしいけど、こんな所でやって何が楽しいのって感じ。これなら街中のカフェの方がよっぽどいいし。美味しいケーキだってある。ここには木ばっかりだし、陽の光だってあんまり入ってこない。この季節じゃなかったら寒さで居られないだろう。


「……それで?おじょーはアタシと何を話したいの?」

「……ルカ、……あのね」


 真面目な顔でアタシを見るからドキドキしてしまう。……話ってやっぱり昨日言ってたこと?でもアタシに記憶は無かったわけだし、いくらアタシがその子だと言われても何も分からない。


「……おじょー?」

「……昨日、すごく考えたの。ルカに記憶が無いのは分かっているんだけど、私も諦めきれなくて」

「……それだけ大事な友達だったんでしょ?その子」

「………………」


 アタシの手を両手で握ってくるその手を振り払うことは出来ずそのままにする。


「っ……本当に、そっくりなの」


 最初会った時の妙な質問を思い出す。おじょーはアタシをしばらく見つめた後、前を向いて話し始めた。


「……ルカは小さい頃から仲良くしてる子っている?幼なじみっていうのかしら」

「あぁ……近くに住んでる子とは会えばよく話すよ。最近は学校の勉強に付いてくので精一杯で遊びに行ったりはしてないけど」

「……そう。私にも、そういう子が居たの。……だけど、ある日急に避けられてしまって……。それから何度も仲直りしようと色んなことをしてきた。でもダメなの。私の話なんて聞いてもらえなくて……」

「…………それアタシに似てる子の話?」


 ……たぶんそうなんだろう。彼女は何も言わず目を伏せた。

 やっぱ別人じゃない?アタシにそんな別れ方した友達いないし。


「……もう会えないかもって諦めそうになった時、正門の前であなたを見つけたの。あなただ、って思ったわ」

「名前は?違うんじゃないの?」

「……下の名前は同じよ」

「ふ~ん……でも、違うかな。話聞いてもサッパリだもん」


 ……アタシに記憶が無いのも当然だった。アタシはその子に似てるだけで別人って感じだし。もしかしたら父親の知り合いで……なんて、考えてた自分が恥ずかしい。あんなに悩んだの無駄だったじゃん。


「…………そう」


 すごく残念そうな顔しておじょーが答える。そしてアタシの顔をジーっと見てきた。


「……アタシ、そんなに似てんだ?……よっぽど悪いことしたんだね、おじょー。すっごい泣きそうな顔してる」

「……うん、……そうなの。ごめんね」

「…………はいはい、許す許す」


 本人じゃないんだけど、今は慰めた方が良い気がして励ますように背中を軽く叩くとアタシたちの間に多少あった隙間が無くなる程おじょーがアタシに体を寄せてきた。


「ちょっ……近い近いっ」

「……ダメ?」

「………………」


 肩に頭を乗せてきたおじょーが上目遣いにアタシを見るから、そんなのまともに見てられなくて何にもない空を見る。……この鬱蒼とした林の中じゃ見える空なんて少ししかないけど。


「あなたと居ると許されてる気持ちになるの。……勝手よね」


 ……相当自分のせいだと思ってるみたいだけど、その子がアタシに似てるんだったら、この子にこんな顔させてるのが自分だと思ったら避けるのは分かる。


「……ねぇ、昨日も言ったけどさ。そんな重く考えないでまた会えたらそん時はふつーに話しかけたらいいんじゃない?きっとその子も、もう謝んなくていいって思ってるよ」

「……ルカには分かるの?……あの子の気持ち」


 期待に満ちた目がアタシを見る。アタシは何となくその目を見れなくて視線をずらした。


「……もしアタシだったら、って話。……仲良くても顔見たくない時あるし。……おじょーに怒ってるんじゃなくて、自分の中でモヤモヤするようなことがあってそうだったのかもしれないじゃん?それなのにおじょーが自分が悪いって思い込んで謝ってきたら気まずいって。……自分の問題で、話したくても話せなかったかもしれないのに」

「!……そういうことも……あるのね……」


 隣でおじょーが考え込む。……こんなの慰めにもならないかもしれないけど、気休めぐらいにはなるかもしれないから。

 ……きっと、そういう考えも浮かばないぐらい、いっぱいいっぱいだったんだろう。アタシに似た子だってそんなつもりなかったんだろうし、お互い言うに言えなくなる時ってあるし。……今は他人ごとだから言えちゃうけど。


「……自分に会うとそうなるんだったら、会わないでおじょーが誰かと楽しそうにしててくれた方がいいと思っ……ちゃったんじゃない?おじょーが謝ると、自分が何かしたのかと思うし。ほんとはそんなつもりなくてもさ」

「……そんな……私は……」

「それに今日みたいに……周りの目とかあったらなおさらだって。めちゃくちゃ見られたもん、みんなのレイチェル様に何したんだ、って」

「っ、私は特別じゃないわ!……みんなに好かれたいわけじゃないの。私はルカだけでいいの。ルカが居てくれれば私は……」

「……おじょー……」


 びっくりしたー……この子、そんな自分の意見ハッキリ言う子だったんだ、と驚く。……っていうか、ほんとにただの幼なじみ?聞けば聞く程そう思えなくなってくるんだけど……。


「っ……ごめんなさい……」

「いや……いいよ。少しは吐き出さないと辛いし」

「うん。…………はぁ……」


 下を見たまま動かないおじょ―の肩を叩くけど、しばらくはダメそうだ。余計なこと言い過ぎたかな、と反省しながら、今は放っておこうとベンチから立ち上がる。


「……風邪引くから早く帰んなね?アタシ店の手伝いあるから、もう行くけど」

「えぇ、今日はありがとう。話を聞いてくれて。……ルカの言葉で私、今まで色々なことが分かってなかったって気付けたわ」


 そう言ったおじょーはだいぶスッキリした顔をしていた。……少しは力になれたみたいだ、と安心して家に帰れる。


「は~。ほんと愛されてんね~?アタシと同じ名前のルカって子」


 そう言うと、おじょーがアタシを見て微笑む。


「…………えぇ、本当に……愛しているの、ルカのこと」

「っ……そ……そう」


 思わずアタシがドキッとしてしまった。

 名前がおんなじっていうのもあるけど、それ以上にアタシを見つめる彼女の熱い視線がそうさせた。


「…………それって、ライク?ラブ?」

「…………ふふっ。どっちだと思う?」

「どっちって……」


 おじょーはそれ以上何も言わず、アタシに手を振った。

 ……これは、これ以上はもう突っ込むな、ってことなんだと理解したアタシはそのまま脇道に戻り昨日とは違うモヤモヤを抱えながら家に帰る。


 ……意味深……。


 ますますあの子とアタシに似てる子の関係が気になってくるじゃん。

 っていうか、そんなこと考えてる暇あったらテスト勉強しなきゃいけないのに。どんどん深みにハマっていってるのはアタシの方だった。




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