第4話


 私は毎日欠かさず病院に通った。

 大学が始まるまでのあと2週間。もしくは章一くんの記憶が戻るまで。

 できることは全部しないと。もっと仲良くならないと。

 彼が、私のことを好きになるように。


 ……そう、思っていたのだけれど。



「え、マジかよ! ”オレメロ”ってまだ続いてたの!?」


 もう10分間も、私のことなんかそっちのけでカルチャー系のニュースをスマホで読み漁っていた章一くんが、急に興奮した声を上げた。

 事故で壊れたスマホの代わりに、最近やっと新しいのを用意してもらったらしい。病院生活は退屈だろうから、スマホに夢中になるのは別にいい。私だってそうなるだろうし。

 けれど、一緒にいる私のことを放ってまでスマホを見てるなんて信じられない。

 前の章一くんなら、絶対そんなことしなかった。

 しかもなんだ、よくわからないそのオタクっぽいタイトルは。

 辟易としながら、私は作り笑いで尋ねた。

 

「おれめろって?」

「え、知らない? 今……じゃなくて12年前に超流行ってたラノベなんだけど。『オレにメロメロな幼馴染なんてこの世に存在するわけがない!』、通称オレメロ」

「知らない……」

「そっかぁ……って、マジかよアニメも第3期まで出てるって! これ全部一気見できるとは……神様、俺の記憶を消してくれてありがとう」


 仰々しく天を仰ぐ章一くん。

 ……私には目もくれない。


「ってことはもしかしなくても、12年分の作品が丸ごと見放題……? まさかそんなことが」

「章一くん、楽しそうだね」


 私はツンと口をとがらせた。

 章一くんにラノベやアニメの趣味があったなんて知らなかった。別にオタクに偏見とかないけど……でもまさか、可愛い女の子がたくさん出てくるようなアニメに夢中だったとは。ちょっとがっかりだ。


「そりゃめっちゃアガるよ! リアタイで追ってた作品がもう最終回まで一気見できるなんてさ。よく『名作は記憶を消してもう一度見たい』なんて言うけど、俺はきっとそれを世界で初めて実現した人間に……って、嘘だろこの作者さんこんなに新作出してんの!?」

「…………」


 私はそっぽをむいて息を吐いた。

 すると、アニメだかなんだかでずっと1人で盛り上がっていた章一くんもようやく気づいたらしい。気まずそうに、スマホをベンチに置いた。


「ごめん、つい夢中になっちゃって。もしかして七海ちゃん、アニメの話とか嫌いだった……?」


 違う。謝るのはそこじゃない。

 見当違いな章一くんに、私は益々イライラしてしまう。これ以上幻滅したくないのに。

 前の章一くんだったら、私が不機嫌な理由にすぐ気づいてくれた。

 というか、そもそも私の機嫌を損なうようなことなんてしなかったのに。


「別に嫌いじゃないよ。私も面白そうなやつは見るし」

「そっか、良かった。いやー、ラノベ系好きだって言うと引く人も結構いるからさ。でも12年も経つと変わるもんだね。キャラやストーリーが秀逸なゲームもたくさん出てるし、超良い時代」


 あまりにも鈍くて能天気な章一くんに、私はもう声が出なかった。

 私、まだ不機嫌だよ。何で気づかないの? それに人に引かれたこともある話題をどうして私にしたの? 私はそういう対象じゃないから、どう思われてもいいってこと?

 前の章一くんだったら、私のことを一番に気にかけてくれたのに。自分の話ばっかりで盛り上がったりしないのに。私の話を楽しそうに、じっくり聞いてくれたのに。




 それからも、章一くんにがっかりさせられることは続いた。


 お菓子をあげたら、「うわ甘すぎ、これ美味しいの?」なんてテンション下がるようなこと言ったり。


 友達とちょっとケンカになった話をしたら、「それは七海ちゃんも良くなかったでしょ」って真正面から正論でぶった切ったり。


 ピンク系の可愛いメイクをしてきた日には、開口一番「なんか殴られたみたいに見えるよ」と真顔でデリカシーのないこと言ってきたり。


 私が全然興味のないソシャゲの話を長々と語ったり。

 ちょっとしたことで拗ねたり。察しが悪かったり。ガキっぽいネタで笑ったり。

 


 前の章一くんだったら、絶対にしなかったことばかり。


 ―― “こんなの、私の好きな章一くんじゃない”。


 

 そんな風に、思いたくなかったのに。

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