第20話 前夜

 いよいよ明日に狩猟祭を控えた前日。


(一ヶ月ってあっという間だったなぁ)


「なにを感傷に浸っているんだ?」

「え」


 ジュレミーが家で作ってもらった夕食を二人で食べつつ、ルーファスが笑みまじりに言った。魔法が使えるようになった今、まだ抑制剤が入っているかどうかは分からないが、年のために続けていた。


「どうせ、今日でこの生活が終わるのかとか考えてたんだろ」

「顔に出てた……?」

「わかりやすすぎる。王宮にはお前の部屋があるんだ。これからも好きな時に来ればいい」

「用事もないのに来るのは……王宮はそういう場所じゃないんだから」

「私に会いに来るというのは十分、しっかりした用事だと思うが?」

「了解。そういうことならお言葉に甘えさせてもらう」

「甘えるもなにも、お前は私の友で、右腕なんだ。そういう意味でも、今度の狩猟祭は本当に渡りに船だった。周りのお前を見る目も変わった。これでお前を右腕にしても、文句を言う人間もいなくなるだろう」

「そんなことまで考えてたの?」

「当然だ。もちろんお前がいないと落ち着かないということもある。しかし宮廷の人間にお前の顔を覚えさせ、認めさせるというのも目的の一つだった」


(策士だ……!)


 舌を巻いてしまう。さすがは優秀な第二王子。


「じゃ、僕はそろそろ戻るよ。明日がんばろう」

「今日は……同じ部屋で寝ないか?」

「何か気がかりなことでも? まさか王太子が何かしかけてきた?」

「そうじゃないが……いつになく緊張してるんだ……っ」


 ルーファスは照れくさそうに言った。頬がうっすらと赤い。

 たしかに明日の狩猟祭は、今後のルーファスの人生に大きな影響を与えることになる。

 心細さを感じるのはおかしくない。


「分かった。じゃあ、今日は泊まるよ」

「すまないな。わがままばかりで」

「これくらいわがままのうちに入らないよ。なにせ、前のルーファスを知っているから」

「それを言うな」


 ルーファスは苦笑する。

 シャワーを浴び、用意してもらった寝巻に着替える。

 初夏だったが、夜はだんだんと蒸し始めている。

 ベランダの扉を薄く開け、ジェレミーはルーファスのベッドに入る。


「さすがは王子のベッドだ。うちのよりすごく寝心地がいい」

「大袈裟だ」


 ルーファスは笑み混じりに言った。


「本当だよ」


 ただいざ眠ろうとすると、なかなか寝付けなかった。

 明日、王太子が姑息な手段でルーファスを妨害してくるのは明らか。

 狩猟祭が行われる王国所有の森には、王宮のように多くの目があるわけではない。

 もしルーファスが罠にはまった時、自分はしっかりサポートできるだろうか。

 彼を守れるようにルーファスと一緒に魔法の腕を磨いてきたつもりだが、そう簡単に不安は拭えない。

 そんな弱気になる自分に、ジェレミーは叱咤する。


(できるか、じゃない。やらなくちゃいけないんだ。こんなところであんなクソ王太子の好きには絶対させられない)


 その時、「起きているか?」とルーファスから声をかけられた。


「起きてる。明日のことを考えるとなかなか寝付けなくて……」

「私もだ。自分の小心さが情けなくなってくる」

「そんなことない。それだけ明日が大切だって分かってる証拠なんだから」

「ジェレミー」

「ん?」


 ルーファスが動く気配に、ジェレミーは寝返りを打って向かい会う。

 闇の中、差し込む月明かりに、ルーファスの整った顔立ちが浮かび上がっている。白い肌がうっすらと光を帯びているように見える。つい引き込まれそうになる。


「……どうしてクリスに執着したか、話していなかったと思って」

「前に説明してもらったよ。みんなが腫れ物みたいに触る中、クリスは違ったって」

「……あれは半分本当で、半分嘘だ」

「そう、なの?」

「私はクリスに、お前を重ねて見ていたのだと……あとで気付いた。お前と初めてあった時、偉そうで強がる私に、お前は普通に接してくれた。おどおどしながらも、な」


 日記に書かれてあったことを思い出す。


「そうだね。一度は追い払われそうになったんだよね」

「そうだ。でも私が寂しくて、結局、お前を引き留めた……」

「それが僕らの出会い」

「こんなにも長い付き合いになるとは、あの時は思いも寄らなかった。だが、いつの間にか、お前は私をただの王子として見てくれなかった。それが寂しかった。でもクリスはあの時のお前のように……だから、クリスにはとても失礼なことをしてしまった。私の歪んだ感情で振り回してしまって……。そんな私の目を覚まさせてくれたのがお前だった」

「ちょっとしたアドバイスをしただけ」

「そのアドバイスのお陰で、何もかもがいい方向に変わったように思える」

「そうだね。僕も良かったと思ってる」


 ルーファスがかすかに声に笑みを滲ませる。


「明日、どんな結果になろうとも全力を尽くそう」

「もちろん。最初からそのつもり」


 ルーファスに励まされると、不思議な心の迷いがなくなっていた。

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