第10話 疑惑と温泉
翌日、ジェレミーたちは朝食を終えると、代官の書斎を訪ねた。
「これは殿下。どうされましたか?」
初対面の時と同じく代官は揉み手で近づいてくる。疑念を抱いた状態でこうして会ってみると、胡散臭いことこの上ない。
「試掘の範囲内について聞いていなかったと思ってな。可能なら試掘現場や、まだ試掘の行われていない辺りを一通り見て回りたいと思っている」
ルーファスはこのあたりの地図を机に広げる。
「き、昨日の続いて今日も視察ですか? さすがにそれは……お疲れでは? あまり無理をされますとお体に触ります……。もしよろしければ、温泉などはいかがでしょうか? このあたりは温泉が名物でして。家臣に案内を……」
「それは嬉しいが、それはまた別だ。若いからこれくらい問題ない。で、試掘の範囲は?」
「こ、このあたりです」
「ふむ……。東部が中心だな。ならそこから見て……」
ルーファスが地図の上に指を走らせる。
「まだ試掘の済んでいないところは?」
「こちらです。しかし試掘ができていないのには事情がありまして」
「聞かしてくれ」
「道や土砂の搬出をするのが難しいほど険しい山道が多いんです。ですから、近づかれないほうが。殿下に万が一のことがあれば、どう陛下にご報告すればいいのか」
「確かに……お前の言う通りだな。では、試掘の現場を見て回ろう。その帰りにでも温泉に立ち寄る」
「それがようございます! ではすぐに視察と温泉の手配をさせていただきます!」
「頼む」
ルーファスは地図を丸めると、部屋を出た。その口元には微笑が浮かんでいた。
「……隠し鉱山の目星はついた」
「え、いつですか!?」
今のやりとりを反芻してみるが、分からない。
「西部の……ここだ」
「どうしてそこだと……?」
「気付かなかったか? このあたりに指を走らせると、あの男の顔が異様に強ばり、私の指先ばかりを目で追いかけた。そして離れると安心したように目尻が下がった。ポーカーフェイスが苦手で助かった」
「でも今、視察に向かうのは東部だと」
「油断させるために。西部へは、夜に向かう」
午前中は精力的に試掘現場を視察した後は代官が推薦した温泉地を利用することになった。そこへ向かう馬車の中で、ルーファスは機嫌が良かった。
「殿下も温泉にはワクワクするんですね」
ジェレミーが呑気に言うと、ルーファスは首を横に振った。
「そうじゃない。これから行く温泉地は調べた限り、東端に位置してるんだ。私たちを西部には行かせたくないという代官の気持ちが表に出たのかもしれないと考えてたんだ」
「な、なるほど……」
「ま、代官を油断させるためにも温泉を楽しもう」
温泉に到着すると部屋に通され、事前に代官からの指示があったのか、貸し切りだ。
まずは騎士たちによる事前の入念な調査のあと、入浴の許可が下りた。
(まさか異世界で温泉に入れるなんて思いもよらなかった!)
「おお、露天だ!」
美しい青空と白濁のお湯のコントラストに、ジェレミーは思わず歓声を上げてしまう。
前世でも温泉に浸かってのんびりと、なんて夢のまた夢のような生活を送ってきた身には嬉しい。
かけ湯をして、風呂に浸かる。
「はああああああ! 温泉、最高ぉぉぉぉぉぉ! 生きてて良かったぁぁぁぁ!」
異世界でも温泉の気持ち良さに、溜息が出た。
「喜んでいて何よりだ」
笑みを含んだ声に振り返ると、ルーファスが裸で近づいてくる。
(温泉だから全裸なのは当然なんだけど!)
一切隠さない大胆さに、動揺してしまう。
「あ、す、すみません、殿下……はしゃいでしまって」
「構わない。お前の明るい声が聞こえて何よりだ。昨日今日と私に付き合わせて歩かせてばかりで悪かったと思っていたんだ」
「い、いいえ。そんなことは。これは公務ですから」
「とはいえ、付き合わせてる身としては、な」
ルーファスはかけ湯をして、風呂に入る。
「ん……気持ちいい」
かすかに声を漏らし、ルーファスは肩まで浸かる。
(風呂の入りかたまで優雅(?)だな)
「気持ちいいな」
「で、ですねっ」
(それにしても、殿下って意外に着やせするタイプだったんだ……)
ルーファスはかなり鍛えているようで、胸板は厚く、腹筋も割れ、肩幅も広かった。
細身な服を好んでいたり、クリスほどではないにせよ、女性的な柔和な顔立ちということもあって、勝手に筋肉とは無縁と決めつけていたから。
(ギャップが……)
ギャップ萌えに弱い身としてはたまらない。
(いやいや、なにアガってんだよ!)
「露天風呂か。外気の冷たさが心地いい」
ただ風呂に入っているだけでもルーファスは絵になる。
「温泉につかれるなんて、学校も休める、視察って最高ですね!」
「ははは! 正直なやつだな」
「すみません。解放感があって、つい本音が……」
「いや」
ルーファスは愉快そうに笑う。
「それはそうと、そろそろその他人行儀はやめたらどうだ?」
「た、他人行儀……?」
「人前では仕方がないと思うが、いつまでも『殿下』と呼ばれたり、必要以上に丁寧に話しかけてきたり。私は友だと思っているのにお前は、いつまでも一線を引いている。昔はもっと……」
(昔?)
そんな頃から、ジェレミーとルーファスは知り合いだったのか。
男爵家の次男が、いくら問題児だからと言って、ルーファスの取り巻きをしているのは、何か理由があるからなのだろうか。
「もっと、なんですか?」
「いや……。なんでもない。忘れてくれ。余計なことを言った。――温泉を王都へ運べば、上も喜んでくださるかもな」
そうあからさまに話を変えたルーファスは、少し寂しげに笑った。
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