第9話 視察
屋敷に戻ったジェレミーが父に視察の件を話すと、「殿下に失礼のないように。しっかり補佐してくるんだぞ」とほくほく笑顔で激励された。
(この人も大概だよな)
誕生日の一件で、父の中でルーファスの株がうなぎ登りなのが話していても分かる。
あわよくば王家との付き合いを通し、社交界での地位向上を狙っているのだろう。
動機は不純だが、以前のようにさっさと絶縁しろと目くじらをたてられるよりはぜんぜんいい。
ちなみに国王に拝謁したことは黙っておいた。そんなことを話したら、今後のことを考えて、マナー講習漬けにされかねない。
※
いよいよ視察に出かけることになった。
学校はその間、休学することになるが、王家の務めということもあって単位は問題ない。
(ワクワクするなぁ)
王家の紋章の入った馬車に乗り、近衛騎士団に守られながらの長旅。
視察先はツートンという鉱山開発が活発な地域。
王都からおよそ半月の距離。
「クリスに誕生日プレゼントのお礼をしたいんですけど、ツートンは何が名物なんですか?」
「金鉱を抱えていることもあって、金や銀などの細工が活発だから、街に行けば、宝飾品で良質なものが手に入るだろう」
「金や銀……。高そうですね」
「これは公務だからそれなりの給金も出る。それで足りなければ私が出そう」
「そこまで甘えられません!」
「遠慮するな。付き合ってもらった礼だ」
王室の馬車だから出来はいいものの、思った以上に疲れた。
ツートンは雄大な山脈の麓に作られた、活気のある街だ。
目抜き通りは金や銀などの買い付けにきている商人や職人、鉱山で働いている労働者たちでごった返している。
事前にルーファスの視察という情報は入っていたのだろう。王家の領地を管理する代官の兵士が迎えにきてくれたお陰で、混雑している通りをズムーズに抜けられた。
「代官の屋敷、立派ですね」
城とまではいかないものの、王都にあるジェレミーの屋敷よりも一回りは大きいし、庭も広く、やたらと鮮やかな鳥がカゴの中で涼やかな音色で歌う。
「王家の直臣だから、粗末な家では王家の威信に関わる」
馬車から降りると、恰幅のいい中年男性が手もみせんばかりの媚びるような笑顔で、出迎えた。
背後には代官の夫人だろう妙齢の女性と、ジェレミーよりいくつか年上の娘が二人いた。
「殿下、遠路はるばるようこそお出でくださいました。代官を務めております、キューレル・バティンス伯爵でございます。これは妻のネロウ、娘のアリムとサルーンでございます」
「よろしく頼む。ここにいるのは私の右腕のジェレミーだ」
さらりと言われたが、場所が場所なだけに訂正できないので、ジェレミーはただ笑ってやり過ごすことにした。
「これはようこそ。お疲れでしょう。まずは部屋でおくつろぎください」
「ありがたいことだが、視察をはじめたいんだが」
「かしこまりました。では、すぐに出立いたしましょう」
伯爵の馬車に乗り換える。
王家の馬車は大きすぎて鉱山へ続く山道には不向きなのだ。
山道を馬車は進んでいく。
近衛騎士団、そして代官の私兵に守られていることもあって物々しさに拍車がかかっている。
ルーファスはなにも見落とすまいと鋭い眼差しで外の景色に目を光らせつつ、代官からの説明に耳を傾け、時折、何かをメモしている。
一方のジェレミーは、難しい話にはついていけないので、それとなく代官を観察する。 仕立てのいい服装にでっぷりとした腹、つやつやと脂ぎった顔は精力的に見える。
その太い指には金の指輪がはまり、日射しを浴びてキラリと輝く。
鉱山についてからも現場監督たちから話を聞いたり、金の採掘現場を覗いたり、実際に鉱山内に入ったりして見学をした。
「埋蔵量に変化はなし、か。しかしいずれは尽きる。新しい鉱山の試掘は進んでいるのか?」
「調べてはいますが、そう簡単に見つからず。陛下におかれましては新しい予算を可決していただき、ありがたいことなのですが」
「当然だ。我が国において、金の採掘による収入は大きな柱だからな」
「陛下のご期待に応えるべく全力を尽くして参ります」
「陛下にお伝えしておく」
「ありがたき幸せ」
と、ジェレミーは足を滑らせそうになりバランスを崩す。しかしすぐに腕を支えられた。
「平気か」
「す、すみません、殿下」
「ちゃんと足元を見ろ」
これでは右腕どころか、とんだお荷物だ。ジェレミーは赤面しつつ、頷く。
それからいくつかの鉱山を見終わった頃には、夕日が西に沈もうとしていた。
「急いで戻りましょう。日が暮れた後の山道は危ないですから」
代官に急かされるように屋敷に戻った。
あてがわれた部屋に入ると、家具や部屋を飾る装飾品は素人目にも素晴らしく、自分のような人間がこんなすごい部屋を使っていいのだろうかと思えた。
風呂に入って服を着替えると、ルーファスの部屋の外で彼を待つ。
彼が出てくると一緒に食堂へ。
すでに代官家族たちが待っていて、食卓につく。
テーブルからこぼれんばかりの見事な料理の数々。
山であるにもかかわらず魚料理まで並んでいる。
ルーファスを歓迎するため、わざわざ海のある地方から取り寄せたのだという。
晩餐の席で娘たちは美しく着飾り、指にも見事な指輪や、ネックレスにイヤリングなどで自分たちを飾り立てている。
まるで宝石箱をひっくり返し、つけられものはとりあえず身につけようとしているかのよう。
(まさか殿下を狙ってる……?)
娘たちの流し目に、そんなことを頭を過ぎった。
相手は第二王子。見目麗しく、最近は評判も上々。
ルーファスと結婚できればとんでもない玉の輿である。
そう思いつつ眺めれば、彼女たちの目はルーファスの一挙手一投足さえ見逃すまいとしているよう。ジェレミーなど眼中にないという姿勢が露骨で、少し悲しい。
しかし令嬢たちからのあからさますぎる猛アタックに加え、代官や代官夫人によるアシストの数々を前にしながらも、ルーファスは一切靡くことがなく、当たり障りのない、けれど場の空気を悪くすることのない見事な社交術を発揮して晩餐を終えた。
相手を不快にさせず、自分のペースに巻き込む見事な話術と姿勢に、ジェレミーはすっかり感心してしまう。
結果的に自分たちのアタックが綺麗に受け流されたにもかかわらず、令嬢たちはうっとりとした表情を見せて何故か満足げ。
食事を終えて、一緒に部屋に戻る途中。
「殿下。大切なお話があるのですが、これから部屋に行ってもいいですか?」
「何だ?」
「……部屋についたら」
廊下には代官の使用人や私兵の姿がある。
「分かった」
ルーファスの部屋は一部屋ではなく、二間だ。窓も広く取られて開放的だ。
部屋に入ってすぐの応接間、奥が寝室だ。
「適当に座ってくれ」
ルーファスに促され、ソファーに座った。
「大切な話とは?」
「鉱山で働く人たちがみんな若かったことにはお気づきでしたか?」
「それが何か問題があるのか? 力仕事だ。若い人間を優先して雇っているんだろ」
「こういう場所は多くの働き手が必要ですよね。色々な場所から出稼ぎの労働者を募ると思うんです。それを考えると、当然、現場には若い人たちだけじゃなくって、長年、鉱山に従事しているベテランがいて当然だと思うんです。鉱山はただの力仕事じゃありません。発破を行うのは特に技術が必要ですから。見て回った限り、ベテランが一人もいませんでした。これは不自然です」
「……言われてみれば、そうかもしれないな。それに、代官やその家族が身につけてる装飾品もすごく豪華で」
「あれくらいは普通じゃないか?」
ルーファスは平然と答えた。
(これはまさしく生まれた環境の差……!?)
王族の生活水準からすると、不自然ではないのかもしれない。疑問を抱けなくてもおかしいということはない。
「普通じゃないと思います。もしかしたら隠し鉱山があり、そこから発掘される金で私腹を肥やしてるのかもしれません。そっちにベテラン作業員を回してるのかも」
「それは考えられない」
「ど、どうしてですか?」
すぐに否定され、ジェレミーは眉をひそめた。
「視察とは別に年に何度か抜き打ちの査察が行われる。もしそんな悪だくみをしているのなら、とっくに露見しているはずだ」
「……査察の情報を事前に知り得た場合はどうでしょう」
「どうやって?」
「あの代官がつけている指輪、どこかで見たような気がしたんですけど、思い出したんです。王太子の取り巻きのあの水色の髪……」
「トールか?」
「そのトールがつけていたのと同じ指輪でした」
「見間違いでは?」
「……厳密に見比べたわけではありませんからあれですけど、似ているような気がします。もし、ですよ。代官が、王太子殿下の取り巻きと繋がり、賄賂と引き替えに中央の動きを事前に察知することができたとしたら、査察が入ろうが隠し通すことは可能です」
ルーファスは考え込むようにしばらく押し黙る。
「……もしお前の言うとおりなら、問題だ。……探りをいれるか。私としても形ばかりの視察で終わらせたくはない」
「信じて頂けるのですか?」
「気になることがあれば、放置はできない。でも今のところ、お前の疑いは全て憶測だ。でも知らせてくれて良かった」
少しでも力になりたかった。ルーファスに一蹴されず、ほっと胸を撫で下ろした。
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