第三章 辺境伯婦人フィデリア様
第1話 帰路
うちにはお母ちゃんもお父ちゃんもおらん。そりゃ、うちがおるから、どっかにはおったんやろうけど。気いついたらおらんかったし。騎士姫カンデラリア様に抱きしめてもらって、本当に嬉しかった。エスメラルダ様のお胸は、カンデラリア様譲りやな。うちのお母ちゃんも、あんな感じやったんやろうか。
「思いがけないことになってしまって、あなたを驚かせてしまいましたね」
フィデリア様の声に、うちは現実に引き戻された。あかん。思い出に浸って、阿呆ぼんペドロ殿下のことを忘れとった。
「いいえ」
フィデリア様がお気遣いくださるけど、うち今一瞬忘れとったし。
うちよりも、フィデリア様のほうが大変なんちゃうやろか。
「うち、いえ、私は、途中からは驚きましたけれども。素晴らしい場所で、本来ならばお会いできない方々にお会いできました。本当に貴重な経験をさせていただきました。フィデリア様のほうが、いろいろとこれからお忙しいのではないでしょうか」
背筋が真っ直ぐに伸びたフィデリア様やけど、お孫さんであるエスメラルダ様は、うちと似たようなお年頃やから、お若くはないはずや。
「ありがとう。私のことを気遣ってくれて。あなたは本当に優しい子ですね。今日も本当によくやってくれました。あの時の涙は、素晴らしかったわ」
フィデリア様の笑顔に、うちは嬉しくなった。
「ありがとうございます。私はまだ、舞台で主役を務めたことはありません。あの場の雰囲気は本当に、素晴らしい経験でした。それにフィデリア様にお褒めいただいて、伯爵様にもお言葉をいただいて、本当に嬉しいです」
舞台やなかったけど、うちはあの瞬間、あの場所で主役やった。一瞬やったけど、舞台の真ん中で輝く姉さん達が、怖いけれど最高と言うてはる気持ちがわかった。いつかきっと、うちも舞台の真ん中で主役になる。いつかきっと、うちはカンデラリア様の凛とした美しさや、フィデリア様のような威厳を身に着けて貴婦人のコンスタンサと呼ばれる大役者になる。
うちは、別になんともないねん。阿呆ぼんペドロ殿下にエスメラルダ様と間違えられて、言いがかりをつけられただけやし。周りのお貴族様達も、うちのことはエスメラルダ様のお友達のコンスタンサって思ってはったしな。どうしたもんか困ってはったな。阿呆ぼんペドロ殿下に、下手に忠告したら面倒くさそうやったし。お貴族様も大変やな。
ただ、心配なことは心配や。だって、エスメラルダ様は、阿呆ぼんペドロ殿下との婚約解消やよ。えぇことやけど、えぇことではないよね。
政治的にどうなんやろ。エスメラルダ様は、次の婚約者をどないしはるんやろ。辺境伯様のお立場は大丈夫やろうか。旅芸人のうちが、そんなことを心配したってしゃあないけど心配や。
「私はこれから忙しくなります」
フィデリア様が何かを決意しはったのは、うちにもわかった。
「私達貴族にとり、婚約は契約です。ペドロの不適切な行いと、ペドロからの申し出で契約不履行が決定しました。ペドロの父であるプリニオには、賠償金と違約金とをきちんと支払ってもらわねばなりません」
うちの心配を察してか、フィデリア様がわかりやすく説明してくれはった。お優しいフィデリア様やけど、ちょっと何やら怖いで。さり気なく、敬称つけてはらへんしな。まぁ、立場的にフィデリア様のほうが年長でいはるから、必ずしもつけへんでもえぇと思うけど。えぇんかな。
フィデリア様は、国王陛下から、一体全体いくらぐらいお支払いいただく予定なんやろう。国王陛下いうても、フィデリア様からしたら甥や。息子の阿呆ぼんペドロ殿下のせいで、お財布が大変なことになりそうやなぁ。まぁ、痩せても枯れても国王陛下や。うちには想像もつかんくらい財産はありはるから、大丈夫やろ。
「私はエスメラルダの祖母です。元は王族です。甥とその子供の不始末だからといって、手緩いことはいたしません。元王家の一員として、貴族に示しをつける必要があります」
フィデリア様は、うちに実にえぇ笑顔を見せてくれはった。やっぱし怖いで。格好えぇけど。お会いしたことの無い先代辺境伯様やけど、惚れはったのもわかるなぁ。
フィデリア様、怖いのにお美しくて威厳もあって素敵やわ。うち、いつかフィデリア様を演じてみたい。そのためにも、貴婦人のコンスタンサになるべく、明日からも修行や。頑張ろう。
しばらくしてうちは、フィデリア様が、実は辣腕政治家やということを知った。先代辺境伯イノセンシオ様と御領地を発展させはった御方や。当然といえば当然やけど、本当に凄い御方や。
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