第5話 騎士様のご家族

「本隊はあちらだ」

一緒に旅をすると決まったから、騎士様の御一行とうちらは合流することになった。


 騎士様に案内された先には、うちの知っとる紋章の旗がひるがえっていた。辺境伯様の紋章や。これだけの人数がいはるということは、辺境伯様御本人がいらっしゃるんやろうか。


 御一行は、立派な馬車と沢山の荷馬車があった。馬車の周りにも沢山の騎士や兵士がいる。さすが代々武勇で知られる辺境伯様や。うちらを助けに来てくれはった方々以外にも、十分な兵力をお持ちや。当然、辺境伯様の砦には今も軍勢がいはるはずやし。凄いわ。


 うちの恩人の騎士様が、一つの天幕から、人を連れてきはった。うちを助けてくれはった騎士様は、貴婦人の手を優しくとって、一緒に歩いてはる。貴婦人のお姿を、ひと目見てわかった。うちを助けてくれはったんは、辺境伯イサンドロ様その人やったんや。


 手をひかれてこっちにきてはるのは、皇国の騎士姫カンデラリア様その人や。


 一緒にいらっしゃるのは、先代辺境伯夫人フィデリア様と御令嬢はエスメラルダ様や。皆お綺麗や。本当は、御令息アキレス様がいらっしゃるはずやけど、やっぱりいはらへん。あの事件は、本当なんや。辺境伯様御一家は揃っていらっしゃるけど、揃っていらっしゃらない。うちは、悲しくなってしまった。


 うちを助けてくれはった騎士様は、皇国の騎士姫カンデラリア様と結婚しはった辺境伯イサンドロ様だったなんて、知らんかった。うちなんかが、憧れてもどうしようもないやん。いつかみさおを捧げると誓ったけど。無理やわ。もう騎士姫様にみさおを捧げられてはるねんで。うちなんかが、憧れても無駄やったんや。


 うちが騎士様に助けて貰った時、騎士様はもう大人やったから、無理やろうなとはわかっとったけど。それでもやっぱり悲しいわ。うちは、うちを二回も助けてくれはった人を相手に、思いを告げる前に失恋したんや。


 うちの命の恩人のイサンドロ様にはご家族がいはる。イサンドロ様がお幸せならそれでえぇ。でも、御家族がお一人足りないというのは、悲しい。せっかくうちを助けてくれはった恩人やのに、奥方のカンデラリア様も素晴らしい人やのに、こんな悲しいことがあるやろか。


「紹介しよう。私の家族だ。母フィデリア、妻カンデラリア、長女エスメラルダだ」

「はじめまして。これからよろしくお願いしますね」

先の王様の妹君であり、先代辺境伯夫人であるフィデリア様が、うちらに会釈してくださった。

「こちらこそよろしくお願いいたします。大奥様」

座長の言葉に、一座が揃って頭を下げた。


「こちらこそよろしくおねがいしますわ」

皇国の騎士姫と呼ばれたカンデラリア様の言葉は、ほんの少しだけ、うちの耳になれた皇国訛があった。カンデラリア様は、皇国で反乱を起こした何番目かの兄、先代皇帝の弟を決闘で倒した。まだ皇太子やった現皇帝ビクトリアノ陛下と、皇帝の弟ハビエル殿下と皇帝の妹帝国の黒真珠の君フロレンティナ殿下を守ったカンデラリア様は、皇国の騎士姫と呼ばれるようになった。


 皇国の騎士姫の物語も、皇国の黒真珠の君の物語も、王国と皇国の両方で大人気や。


 命の恩人イサンドロ様の御家族が幸せいっぱいやったら、うちも嬉しいのに。長男のアキレス様のことを思うと悲しい。あの事件で行方不明になりはったというのは本当(ほんま)やってんや。うちが失恋したのは仕方ない。でも、うちを助けてくれはった人が、御家族を喪う悲しみを味わいはったというのが、とてもとても悲しい。


 私の頬を涙が伝わった。


「あら」

カンデラリア様に、うちが泣いていることが見つかってしまった。

「怖かったのね。可哀想に。もう大丈夫よ」

カンデラリア様は、うちを優しく抱きしめてくれはった。思わずうちは、大泣きしてしまった。だって、皇国で反乱を起こした兄を決闘で打ち負かし、皇家の血筋を守った騎士姫様がこんなに優しい人やなんて。こんな優しい人が、うちを助けてくれはった騎士様の奥方様で良かった。こんな優しい人との間に生まれたお子様方が、皆幸せやったらえぇのに。


「もう大丈夫よ」

優しい声に、うちは涙を止められなくなった。役者失格や。情けないけど、涙が止まらへん。

「もう大丈夫よ。怖かったわね」

うちの命の恩人の騎士様の奥方様が、カンデラリア様でよかった。ほんまにカンデラリア様で良かった。大失恋やけど、騎士姫様やもん。諦めもつくわ。悲しいのは、こんな素敵な奥方様がお腹を痛めて生んだご長男アキレス様があの事件で行方不明のままってことや。それやのに、赤の他人のうちに優しくしてることや。


 うちは散々泣いて、騎士姫様に慰めてもらった。覚えてないけど、お母ちゃんがおったらこんな感じやったんやろうか。うちは、泣いとったけど、ちょっと幸せやった

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