第二章 出会い
第1話 お芝居は夢物語
愛しい騎士の約束を信じて帰りをずっと待ってはった姫君と、愛する姫君のため遠い戦地で功を立てはって、辺境伯の跡継ぎに指名された騎士の再会の場面や。辺境伯様の跡継ぎという、姫君の夫としてふさわしい地位となった騎士が、姫君を迎えに来はった瞬間は、この劇で最高に盛り上がる誰もが大好きな場面や。
舞台の上で演じられる夢物語に、観客席から祝福の言葉が雨あられと降り注ぐ。日々の農作業で疲れとる村の人達が、子供みたいに目を輝かせ、姫君と騎士の幸せな未来を夢見て微笑む。
薄い布を縫い合わせただけのドレスと磨いた貝殻や小石や色を塗った木片を糸で繋いだ装身具に身を飾っただけの姫も、板をつなぎ合わせた鎧も木製の剣で武装した騎士も、舞台の上では本物や。
衣装も小道具も偽物やけど。今日のお話は、正真正銘本物や。姫君と騎士は結婚して、幸せになりはった。この王国では、知らん人はおらん。今日の演目は、先代国王陛下の妹君フィデリア殿下と先代の辺境伯イノセンシオ様の若かりし頃のお話や。王国では大人気の演目や。
皇国と王国の国境地帯は、うちが生まれる前は、いっつも戦争しとったらしい。そやけど、先代の辺境伯イノセンシオ様は王国の先代の国王陛下と一緒に、皇国との間に、戦争はせえへんって条約を結んだ人やねん。皇国でも人気がありはる。そやからこの演目は、王国の物語やけど、皇国でも大人気や。
一座の巡業先は、王国と皇国の村と町や。どちらの国でも人気ある演目を得意としてる。これ以外にも、前は皇国の黒真珠の君フロレンティナ様の悲劇も人気の演目やった。うちは黒髪やから、いつか黒真珠の君を演じるのも目標やったけど。あの事件があってから、一座では上演を止めた。ちょっといろいろ、問題ありそうやったから。座長が、うちらは旅芸人や。
残念なことに、先代の辺境伯イノセンシオ様は、数年前に亡くなりはった。未亡人になってしまいはったフィデリア様は今もお元気や。甥にあたる今の王様プリニオ陛下が、王都に招こうとしはったらしいけれど。夫の思い出があるからと、息子の辺境伯イサンドロ様御一家と一緒に代々の辺境伯の砦で暮らしてはるらしい。
国王プリニオ陛下もそのほうがええんと違うかな、正直。父親の妹やで。気ぃ遣うやん。天涯孤独のうちでもわかるわ。
おまけに、フィデリア様は先代辺境伯爵イノセンシオ様と二人三脚で領地を発展させた立役者やからね。可愛いだけのお姫様とちゃうよ。フィデリア様はむっちゃ賢い御方やという噂や。芝居では、愛する人のご無事を大地母神様にお祈りしてましたという描写しかないけど。
そんなわけないやん。賢王として名高い先王様の妹殿下やで。愛する人の帰りを待ってはる間、ボーッと待ってるだけやなくて、きっといろいろ勉強したり、頑張ってはったと思うねん。そんな叔母さんが王都に来はったら、国王やからって偉そうにできへんやろ。プリニオ陛下もいろいろとやりにくいやん。王都に招いたのは、単なる社交辞令やって噂や。
それに国王プリニオ陛下は、いろいろとお噂の絶えない第三王子ペドロ殿下を好き勝手させてる御方や。あの事件のあと、たった一人の跡継ぎやのに、まともな王様になれへんのちゃうかって噂しか無い。旅芸人のうちらには、あんまり関係ないけど。
星が輝き篝火が照らす村の広場では、役者冥利に尽きる素敵な光景が広がる。うちはこの時間が好きや。お客さんの目は、主役の二人に注がれていて、端役のうちなんて、目に入ってはらへん。それでもうちは、この夢の時間を作り出した一座の仲間や。座長も一座の仲間全員がおっての舞台やと言うてくれる。
夢物語は終わった。
一座の全員が舞台の上に並び、一斉にお辞儀をする。一層大きな拍手が降り注ぐ。主役の姫君と騎士の名前を叫び、お幸せにと言うてくれてはる人もいる。夢の時間が終わり、家路につく村の人達をうちらは見送った。
夢の時間は終わりや。
座長の合図で、私達は舞台を片付けた。明日は天幕も何もかも片付けて、村から出発や。次の村への旅が始まる。
村から村へ、町から町へ、一座は旅をする。風の向くまま気の向くまま。次にここに来るときは、素晴らしい夢の時間を届けると約束して巡業するのが旅芸人や。
きっといつか。うちは、舞台の真ん中に立つ大役者になる。まだ、一つ二つしか台詞がもらえないけど、場面に応じて端役の侍女や村娘を演じるだけの役者やけど。いつか真ん中に立って、拍手喝采を浴びる大役者になる。
翌朝、うちは、早くから一座を見送りに来てくれた村の人達に心の中で誓い、大地母神様には、そのために沢山稽古をしますとお祈りをした。
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