第4話 第三王子ペドロ殿下2

「何のことでございましょう」

うちは王国語は慣れへんから、自然と話し方がゆっくりになる。お上品に聞こえる。得やな。

「貴様、とぼけるつもりか!」

ペドロ殿下が怒鳴り、楽団の演奏が止まった。雑談の声も消えて、大広間が静まり返る。

「貴様がこの麗しいイラーナに醜い嫉妬をして、嫌がらせをしたことが、なかったとは言わせないぞ」


 いや、知らんし。何のことや。ペドロ殿下もうちの声を聞いて、エスメラルダ様じゃないってわからんのかな。頭だけやのうて、耳もどこかにお出かけしてはるんやろうか。変わったお人や。この人をゆくゆく国王にしようってことは、王国はさぞかし優秀な人材を豊富に抱えていはるんやろうな。頼もしいことで。


 偽乳にせちち女が麗しいなんて。もうちょっと世間を見たほうがえぇよ。女性の顔貌かおかたちにあれこれ言うのはお行儀悪いことやけど。まぁ、人の好みはそれぞれやからえぇか。


 それにしても、偽乳にせちち女イレーネ様も阿呆ぼんペドロ殿下に捕まって可哀想に。それとも、阿呆ぼんペドロ殿下を捕まえて、なにか企んどるんかな。それやったら凄いわ。政治劇や。座長が聞いたら喜びそうやな。今日も芝居で忙しいからここにはおらんけど。


 辺境伯イサンドロ様もエスメラルダ様も、阿呆ぼんペドロ殿下が偽乳にせちち女イラーナ様にお持ち帰りされてもなにも困らんけどな。きっと大喜びしはるけど。


 フィデリア様の周りにいはる方々は、うちがエスメラルダ様ではないことをご存知や。全員が、優雅な態度を保ったまま、フィデリア様とペドロ殿下とうちを順番に見てはる。困ってはるんやろうね。そりゃそうや。エスメラルダ様とうちが嘘つきにされんように、手は打っとこか。


「私をどなたかと、間違えておられるのではありませんか」

ほんまに間違えとるで。気づきや。そもそもうちは、貴族どころか、親なしの孤児の根なし草の旅芸人やで。なにも悪いことをしとらんのに、町に入れてもらえへんこともあるしがない旅芸人や。


「はっ、お前はこの期に及んでしらを切るつもりか」

うちはエスメラルダ様やないよと、ペドロ殿下に遠回しに言ってみたけど、通じへんかった。あかんわ。そもそも人の言うことを聞いてはらへん。自信満々やけど、大丈夫や無いわ。中身空っぽすぎて、わからんのやろうね。この阿呆ぼん。


 未来の王様のペドロ殿下がこれやったら、王国はお先真っ暗ちゃうか。座長に言いつけとこ。これからは皇国だけで巡業したほうがえぇで。まつりごとが荒れると、国が貧しくなるからな。投げ銭が減るわ。うちらの大事な収入や。辺境伯様の御領地は行きたいな。またお会い出来たら嬉しいし。でも他はなぁ。皇国に戻れんくなるの、嫌やで。


「何のことでございましょう。先程から申し上げておりますように、そちらの方も、初めてお会いしましたが」

うちは本当のことを言うとるで。周りの貴族の方々も、うちの言葉を肯定するかのように頷いてくれてはる。皆様、ほんまに優雅で綺麗やわぁ。阿呆ぼんペドロ殿下とちごうて。


 そもそも、うちは本来、貴族の集まりに呼んでもらえる立場ちゃう。阿呆ぼんペドロ殿下に、後から騙されたとか言われたら、鬱陶しいから、言うとかんと。


「お前はイラーナを侮辱するつもりか」

なんでや。なんでそうなんねん。知らん人は知らん。そんな偽乳にせちち女なんて、うちはどうでもええわ。うちは細工せんでも、その偽乳にせちちよりも立派な乳があるわ。エスメラルダ様には負けるけど。まぁ、布で隠れとるから、わからんのやろうね。


 そもそもうちは、エスメラルダ様ちゃうねんてば。それにしても、阿呆ぼんペドロ殿下と偽乳にせちち女イレーネ様は、いつになったらうちがエスメラルダ様とちゃうと気づきはるんやろ。ちょっと面白くなってきたんやけど。


「しらを切るなど。私、そちらの御令嬢とご一緒の茶会に、お招きいただいた覚えもございませんし」

旅芸人を茶会に招く貴族がおりはったらびっくりやわ。芸事を披露することはあるやろうけど、それは招待とちゃうし。


 フィデリア様とカンデラリア様とエスメラルダ様と、お茶の時間をご一緒させていただいたことはあるで。夢のような素敵な時間やった。お作法は大変やったけど、実践させてもろうて嬉しかった。


「お前は。その醜い黒髪だけでなく、心も醜いのか」

大広間から一切の音が消えた。衣擦れの音も、囁き声もない。これはあかん。あかんで。この阿呆ぼんペドロ殿下、言うてしもたわ。絶対に言ったらいかんことやのに。噂は本当やってんや。このままやったら王国は本当に真っ二つや。それだけではすまへんやろな。


 阿呆ぼんペドロ殿下の目の前におる、あんたの大叔母様フィデリア様のご子息、辺境伯イサンドロ様の奥方様は、皇国の騎士姫カンデラリア様やで。当然黒髪や。エスメラルダ様も黒髪やしな。可愛がっとる嫁と孫娘の悪口言われて喜ぶ人がどこにおるねん。


 大広間は、これから殺陣たてでも始まりそうな雰囲気やった。座長、座長、何でおらんねん。今日は芝居をほったらかしてでも、座長はこっちに来るべきやったわ。


 お客さんに芝居見せとる場合やないで。こっちのほうが、面白いって。次の芝居の台本のもとが、ここにあるで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る