第3話 第三王子 ペドロ殿下1

「これはこれは、大叔母様。ご機嫌麗しく」

突然現れた男の姿に、うちは呆れて開きそうになった口を扇で隠した。フィデリア様を大叔母様と呼んだということは、この男が王国の国王陛下の第三王子ペドロ殿下や。王太子殿下やね。国王陛下が宙ぶらりんにしてはるから、一応やけど。

まぁ、それはえぇけど。隣に女を連れていることが問題や。大問題や。ありえへんわ。


 王国の跡継ぎが、今は第三王子ペドロ殿下だけになってしまいはったから、しゃないけど。この人が次の国王陛下で、大丈夫なんかな王国は。大丈夫やないから、宙ぶらりんなんかな。


 あの事故が無かったら、今の王妃パメラ陛下、有り体に言えば国王陛下の後妻が産んだ第三王子ペドロ殿下が、王太子になりはる未来なんて誰も想像しとらんかった。


 皇国の黒真珠の君と呼ばれた先の王妃故フロレンティナ陛下と、王国のプリニオ陛下との間に生まれはった第一王子シルベストレ殿下と第二王子ライムンド殿下は優秀でお母ちゃんのフロレンティナ陛下に似てお顔立ちも美しいことで評判で、皇国でも有名やった。


 皇国の黒真珠の君フロレンティナ陛下が亡くなりはって後、国王プリニオ陛下と再婚相手のパメラ王妃様との間生まれたのがペドロ殿下やけど。あまりえぇ噂はない。そもそも生まれる前から曰くある方やから、人は色眼鏡で見る。


 聡明や美形やで評判やったお兄ちゃんお二人と比べたら、可哀想やと思っとったうちが阿呆やったわ。どう見ても、噂通り、頭が可哀想で下半身が残念な御方や。曰くありで評判のお母ちゃん、阿婆擦あばずれ王妃パメラ陛下の子やからしゃあないという下馬評どおりやな。


 ペドロ殿下の婚約者は、辺境伯様のお嬢様エスメラルダ様や。フィデリア様のお孫様やで。それやのに、隣に女を侍らせとる。ここにおるってことは、女はどこかの貴族の御令嬢やけど。えぇんかな。えぇわけないよね。婚約者じゃない女を連れて、婚約者のお祖母様の前に挨拶に来るなんて。第三王子ペドロ殿下も、ずいぶん出世しはったんやねぇ。国王プリニオ陛下の叔母様相手にようやるわ。先王様の妹殿下やで。おそろしいことよくしはるわ。すごいねぇ、褒めてへんけど。


 エスメラルダ様が婚約を嫌がりはるのも当然やわ。辺境伯イサンドロ様は、王家が無理やりねじ込んできた婚約で、どうにも断れなかったと顰め面になってはったけど。王家の側が、婚約してくれと言うたんやろ。それなのに、女を連れてるのはなんでや。結婚する前から愛人おるんか。あかんやん。大地母神様もそれはお許しになっとらん。大地母神様が許してはるなら、有名な芝居の台本が何個も変わるわ。


 そういえば、王妃様との間に跡継ぎが生まれなかった王様が、大地母神様の神殿で子供が生まれないから愛人を持つことをお許し下さいとお祈りをしたことで始まる悲劇があったわ。王様が愛人を迎えたあとに、王妃様がご懐妊しはった。王様が、王妃様と愛人の間で思い悩んどったら、愛人が王妃様を流産させようとして、殺してしまうんよ。それを知った王様がって、悲劇やけど。あのお話は、うちは嫌いや。あれはそもそも、煮え切らん男が悪い。愛人に誰かえぇ人紹介して、その人と結婚させたったらえぇやんか。あの女もこの女もって欲張る優柔不断が悪いねん。


 それにしても、ペドロ殿下と腕を組んでいる女。寄せて上げて詰めとるな。見たらわかるわ。うちら貧乏旅芸人は、衣装も自分で作る。あれは偽乳にせちちや。まぁ、ペドロ殿下も男の人やからしゃあないけど、偽乳にせちち女に惚れ込んで、情けない。男って悲しい生き物やねぇ。偽乳にせちちに騙されて。頭だけやなくて、目も飾り物やから仕方ないんやろうけど、お可哀想な方やわ。同情せぇへんけど。


「ところで、エスメラルダ。君はこのイラーナに謝罪することがあるのではないか」

ペドロ殿下の言葉にうちは驚いた。なんやそれ。何でそれをこっちに向いて言うの。そもそもうちは、エスメラルダ様やない。偽乳にせちち女の名前がイラーナやなんて、今知ったわ。知らん偽乳にせちち女に謝罪しろと言われても何のことだか。


 ペドロ殿下は、自分の婚約者の顔も覚えてはらへんのやろうか。色は似とるけど。うちもエスメラルダ様もゆるく波打つ黒髪で、空色の瞳や。そやけど、顔が全然ちゃうねんけど。うち、どっちかって言うと美人やけど、エスメラルダ様ほどやないわ。残念ながら。


 エスメラルダ様にお会いして、うちは謙虚に生きようと決めたんやから。それまでは、うちは自分をなかなかのもんやと思っとったけど。あれはうちが世間知らずやっただけや。


 区別つかへんなんて。あかんわ。もしかせんでも、噂どおりの阿呆ぼんや。


 そもそもの人違いを訂正したほうがえぇんやろうか。どないしよう。うちは隣にいはるフィデリア様に相談しようと目をやって、目を伏せた。驚いたことを悟られないように、できるだけ優雅に、美しく。うちはフィデリア様の近くにおらしてもらっているから、扇で隠れた口元が、怒ってはるのが見えてしまってん。不機嫌をとおりこして、怒髪天やあれは。


 さすがは先王陛下の妹殿下、先代辺境伯イノセンシオ様が恋をして命がけで射止めた御方や。格が違うわ。怒る姿も威厳があるわ。阿呆ぼんペドロ殿下が気づかへんのが何でかわからんけど。あっちも、そんじょそこらの阿呆ぼんではないということやろうか。由緒正しい阿呆ぼんか。色々と極めつけやな。呆れたわ。


「君はこのイラーナが私と親しいことに嫉妬し、あちこちの茶会で、色々とイラーナに嫌がらせをしてくれたそうじゃないか」

なんのこっちゃ。茶会なんて、うちはもちろんエスメラルダ様は参加してはらへんで。エスメラルダ様は、毎日楽しく忙しく過ごしてはるわ。そもそも辺境伯様御一行が王都に着いてから、五日も経ってないわ。うちらと一緒に旅の空や。いつ茶会に招かれてん。


 それに、嫉妬もなにもあらへんよ。エスメラルダ様がするわけないやん。惚れてもおらん男が、偽乳にせちち女とおったからって、嫉妬なんてする人おらんよ。阿呆くさい。阿呆ぼんペドロ殿下はご自分がエスメラルダ様に嫌がられてるって御自覚はないんか。なんや、つくづく可哀想なお人やな。頭が。


 それにしても、御自分の顔を鏡で見たこと無いんやろか。そんな醜悪な表情やと、もとから今一つの顔が、さらにどうしようもなくなるで。


 どうしようかとおもったけれど、エスメラルダ様の名誉のためや。やってもないことをやった事になったらあかんやろ。仕方ない。うちはちょっと頑張ることにした。


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