4章 何でもないお店
フラフィは見上げながらザトウムシの話を聞いていた。
ライはひょいと小さな棚の上に乗ると丸くなって眠りに着こうとしていた。
「おっといけねぇ!こいつはぁ、ぬかし申し訳ねぇや!そういや自己紹介がまだでしたねぇ!あっしの名前はここで『何でもないお店』をやってるザトウムシの『ウラン』って者だぜ。以後お見知りおきをよろしくお願い致します!」
「僕はフラフィ。そこで寝てる猫はライ」
「ライ?それってぇと猫のですかい?おっと!こらたまげたなぁ!ライの旦那じゃあ、あありゃせんですか!しばらく会ってねぇもんで、すっかり猫になっちまってお前さんも様になってますなぁ!」
ライは寝ながら答える。
「やあ、ウラン。悪いけどその悪魔と話してくれないか?俺は眠たいんだ」
「あいよ!睡眠だね!お待ち!んで、お客さん!あんたはなんにするんで?」
「え、僕?すいません。ここは何をする場所ですか?」
「こらぁまた失礼しやした!お客さん一見さんでしたなぁ!すいやせんねぇ!何しろこっちも久々!お客さんが来るってぇなんてのはもうここ2000年はなかったもんでね!嬉しい限りってなもんですよ!いやね、お客さん!もちろんここは何でもないお店なんでね、ここは何でもないですよ!さあお客さん!何をするってぇ寸法ですかい?」
ザトウムシのウランは嬉嬉としてフラフィに話しかける。しかしフラフィは困ってしまった。なぜなら威勢の良いこのザトウムシの言ってる事がよくわからなかったからだ。
何でもないのに何かを要求してくる。ザトウムシの言葉にはたくさんの矛盾が含まれていた。
「ごめんなさいウランさん。言ってる事がよくわからないです」
「あいよ!『疑問』ですな!お待ち!」
「疑問?」
「あらなんでぇ?疑問じゃありゃーしないんですかい?たった今お客さん言ったぁじゃないですか!よくわからないって。それってぇと『疑問』じゃねぇってのかい?んじゃあ一体そりゃなんですかい?」
フラフィは少し考えたあとにウランに尋ねた。
「…もしかしてだけど、僕が思った事を『注文』として受けてる?って事かな?よくわからないけど、ザトウム……ウランさんが言ってる事をそのまま捉えるとそういう感じかな?」
「お客さん、あっしはね、こう見えてもザトウムシでこの商売はまあ紛いなりにも6つの頃から2000年はやっとるんでさぁな。いくら陽射しが目に来たってぇ8本の足を数え間違えるっなんてぇこたぁしねぇですわ。そうでしょうに?ちったぁわかってくださいよ。まあ、そうは言ってぇもお客さん。初めてのお客さんでさぁ、あっしは気分が良い良い。そんなこたぁ気にしてないですよ」
ウランはしかめっ面ではいるものの、フラフィの言葉を受け止めた様子。フラフィはと言うとこのザトウムシが何を言ってるのかはわからないけどそれでもさっきの食材達よりはまだ話の通じる相手と思った。
ブロロロロロロロロロロロロロ..
突然聞こえて来たのはバイクの音。
フラフィが辺りを見回すとザトウムシのウランは「おっ」という顔をした。
「けぇって来た。けぇって来た。いやね、お客さんそれとは言うもの、このウラン。店主こそやっとりゃあ居ますがね、このちっせぇ店ではありますがね、8本足だけじゃあ仕事に手が出ゃしません。てなもんで、一応先輩がいるんでさぁな」
「先輩?他にもお店で働いてる人が居るんですか?」
「お客さん、うちにゃあ人はおりゃしやせん。虫ならいやすけど。おーい、『ティモ』けぇって来たのかー!」
ウランが店の奥の暖簾を捲りながら呼ぶと店の中に登場したのは真っ白な身体の虫だった。
「配達終わったよ。ごっつい寒かったけんど。ってあれれ?おいウラン、この子は誰さ?」
「ああ、ティモよ、何を隠そうこのお客さん、うちのお客さんでさぁな!」
白い虫は背中に生えた大きな白い雲のような羽を羽ばたかせた。
驚いた様子で目を丸くしながらウランの話を聞いた。
「あらよ!?お客さん!?おいウラン!何してんだ!!お客さんじゃねぇか!!写真取らな!」
「あらよ!そいつぁ灯台下暗しってぇもんだよ!あっしとした事ぁ忘れとったよ!お客さん!写真取らせてぇはもらえませんかぇ?」
フラフィはおどおどしながら答えた。
「え、いや、写真はちょっと」
フラフィがそう答えると白い虫がウランの頭を叩いた。
「このうつけ者!写真なんて撮ったらお客さんに失礼だろうが!だろうがよ!!お客さん、こいつがまたエライ失礼なことを!このティモに免じて許してつかい」
「おいおいおいおいおーい!!ティモが写真って言ったんじゃあねぇかいな!まったく泣きっ面に蜂!敵わんなぁ!」
白い虫は羽と触覚を正すとフラフィの前に来た。
「申し遅れた。この私はシロヒトリの『ティモ』と言います。以後お見知りおきをよろしゅうお願い致します」
「シロヒトリ?ザトウムシは見たことあったけどシロヒトリは初めて見たよ」
「まあ簡単に言たら
「うん。頼んでないけどさっき『疑問』を注文したみたい」
「あ~そうですかー。それは良かったですー」
ティモがフラフィと話していると慌てた様子でウランが話し出した。
「おっと。こうしちゃあいらんねぇや!おいティモ!配達先のカブトムシさんはどうだったん?」
「
「まあ
「おうそうか。それは良かったなぁ」
2匹の虫は笑顔でお互いの仕事ぶりを褒めあった。相変わらず2匹の虫の会話はよくわからないがそれでもフラフィから見ても2匹は仲良しに見えた。それを超えた信頼関係にも思えて2匹の様子はフラフィを嬉しい気持ちを感じていた。
「仲が良いんですね。お二人はこのお店が好きなんですね」
ピンとした。
フラフィの一言に2匹の様子は先程までの晴れやかな顔とは売って変わり、段々としかめっ面からザトウムシのウランは怒った顔に変わり、シロヒトリのティモは呆れた顔をしていた。
「えっと...?僕何かまずいこと言ったかな?」
ザトウムシは火の付いたように怒り出した。
「てやんでぇ!べらぼうめぇ!!お前さんはなんっひとつたぁわかってねぇな!!お前さんは虫もよらねぇな!!」
シロヒトリも続いて呆れた様子で頭を掻き、白い鱗粉を撒き散らして話した。
「いやいや、お客さん。呆れてものも言えんね。全く何を言い出すかと思うたらびっくりした。わし達虫がなんでこの店をやっとるのかいっちょも分かっとらんな。まあ、よう見たら
突然の2匹の態度にびっくりしたのはフラフィも同じだった。
フラフィは慌てて話し出した。
「ごめんなさい。気を悪くしたのなら謝ります。でも、何がいけなかったのかよくわからなくて。何か悪いこと言ってしまいました?」
ティモとウランは顔を見合わせた。
やれやれと言った様子でティモがフラフィの肩に真ん中の手をおいた。
「あのね、お客さん。うちらはこう見えても
「そうでしょうに。誰が好きでこんな『何でもない屋』をやると思ってんだい?あっしかてコオロギさんや、キリギリスさんのように歌が上手けりゃあ歌で食ってくに決まってらぁな」
2匹の様子にフラフィは続けて答えた。
「害虫?それって良くないことなの?」
2匹はフラフィのあまりに素直な言葉に顔を見合わせて今度は笑い出した。
「あははは、お客さんおもっしょい人やな。そらそうに決まっとるよ。『害』に『虫』やで?悪いものに決まっとる!こんなに良うない言葉が続くのなんて他には『悪魔』くらいだ。」
「そうそう、悪魔くらいでしょうに!困った人でさぁな!」
2匹がそう言うとフラフィは答える。
「僕は悪魔だけど、二人は喜んでくれたよね?『お客さんなんて2000年ぶりだー!』って。僕は二人よりも悪いものなのに二人は快くお客さんとして向かい入れてくれた。僕は嬉しかったよ?」
フラフィの言葉に2匹は再び顔を見合わせた。
「ちっと待ってくれ。それってぇとあれかい?お客さんは悪魔だってぇのかい?」
「お客さん悪魔なのかい?それはびっくりしたわ。なんや。わし達よりも悪いものがおったなんてびっくりしたぁ!」
「僕は二人を害虫とは思わないし、二人に出会えて嬉しかったよ。前に出会った人達は話が通じなくて。それでも二人は何もわからない僕に優しくしてくれた。二人は確かに害虫なのかも知れないけど、僕にとっては益虫だよ」
ウランはフラフィに握手すると笑顔で答えた。
「いやぁ!そうかいな!!あっしはお前さんの言葉に心が打たれたぁ!!泣ける事ぁいってくれるじゃねぇか!!あっしら害虫も捨てたもんじゃねぇって事、わかってくれたのはァお前さんくれぇのもんだ!」
「おい、ウラン。このお客さんはええやつや。ええもん食わせたれ」
「べらぼうよ!何でも好きなものを言ってくだせぇ!まあうちはなんにもありゃしませんがね!!」
フラフィと2匹の虫は他愛もない話で笑顔になっていた。フラフィは
半分以上、もしくは8割方何を言っているのかよくわからなかったけど2匹の虫が笑って話してくれる事に頷き、それでも楽しい時間を過ごしていた。
お店がフラフィもよく知るあの怪物に壊されるまでは。
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