2章 台所裁判

扉を開けたそこに見えたのは大きな食器戸棚。

それも反り返っている。

まるで魚眼レンズで食器戸棚を覗いたような場所。

しかし不思議なのはそれだけじゃない。

野菜や食べ物やその他キッチン用品達がスーツを着ているのだ。

よく見るとここはキッチンと裁判所を組み合わせたような場所だった。


左右は座席になっており、野菜やお肉、食材達が

ざわつきながら席に座っている。

よく見ると真ん中には大きな丸い顔をしたフライパンが居る。


フライパンはおもむろに隣に居た木ベラの首を掴むと自分の顔に叩きつけた。


カンカンカン!


「静粛に!静粛に!これより、お台所裁判をはじめる!」


フライパンは目を回している木ベラを持ち、フラフィに突きつける。




「え?僕?僕は被告…しょく?じゃないよ!」


「被告食!この正義名の元、法の調理場、つまりはキッチンであり、お台所!ここでは嘘は認められない!今度は嘘を付かないようにするように!」



「は、はぁ...」


「よろしい!では前へ!」


フラフィは渋々、被告食席と呼ばれたティーカップの中へと入る。


起立!」

フライパンが号令すると左右の座席にいた食材達が一斉にピンっと立ち上がる。


「ふむ、よろしい!それでは起立!」


フライパンがそう言うと右側の席に座っていたナイフが立ち上がる。

ナイフは立ち上がると「いただきます!」と大きな声で言ったあとに一礼をする。

フライパンはそれを見て頷くと続けた。


「ナイフ検事!この男の子が被告食で間違いないな!?」


「ええ、そうです。この男の子は見た目こそ可愛らしいが極悪食!まさに悪魔あくまなんです!!」



フラフィは首を傾げながら答える。

「そ、そうだけど、そうじゃないよ」



カンカンカン!

「被告食は私語を慎むように!それでは!」


フライパンの判事がそう告げるとフラフィの隣にいた黒猫のライは呼ばれた席(ティーカップ)にくるりと入り込んだ。



「いただきます」


「ライ、君が僕の弁護食なの?もしかして助けてくれるの?」


「さあどうだろうね。猫は気まぐれだから」


フライパンカンカンカンと更に木ベラで顔を叩く。


「よろしい!これより台所裁判を開廷する!まずは検察食の尋問を行う!!検察食!起訴内容と尋問を!!」


ナイフはスーツのネクタイを締め直すとスッと立ち上がった。


「被告食は被害食であるトマトをスライスした罪に問われています。こちらが被害にあったトマトです」



ナイフはお皿の上に乗ったスライスされたトマトを証拠として提出した。


食材の陪審員達はざわめいた。

「なんて美味しそうなの!」

「バジルと塩をかけたら完成じゃないか!」

「モッツァレラとオリーブオイルでもいけるぞ!」

「マヨネーズだろ!」


カンカンカン!カンカンカン!

「静粛に!静粛に!」


「こんな誰からでも愛されてしまうような美味しそうな料理。しかも食材はトマト、食材としては申し分ない。カポナータ、オルトラーナ、ラタトゥイユ、ガスパチョ、ロモ・サルタード、アルボンディガス…世界中にあるトマト料理。挙げれば切りがない。こんな極悪食を許していいのでしょうか?いや許されないそうでしょう!陪審飲の皆様!」



「そうだそうだ!美味しそうだぞ!」

「酷い話よ!」

「なんてことを!」

「ガスパチョってなんだー!」



「そこの君!」

ナイフは突然、フラフィを指差す


「は、はい!」


「君はトマトが好きだね?」


「え?いやあの」


「トマトが好きに決まっているさ。なぜならトマトが好きな人は世界中に何億人といる。それはこれだけの料理がある事がそれを証明している。だから君も好きなんだろう?」



「いや、あの僕はトマトを食べたことがないです」



「トマトを食べたことがない?先程、裁判長よりここでは新鮮に!清潔に!そして美味しく!と言われなかったですか?ここで嘘は非常にですよ!」



ナイフはサッとフラフィに顔を近付けて耳元で囁く


「もういい加減諦めたらどうだ?君に勝ち目はないよ。なぜなら私はかなりのだから」


スッと立ち上がり陪審飲に一礼すると満足気な顔で裁判長であるフライパンにナイフはとても丁寧な言い方で



「以上で尋問を終わります。ごちそうさまでした」


と告げた。


「検察食の尋問を終了!これより弁護食!弁護を!」

フライパン判事がそう言うとライはティーカップの席からしゅるりと伸び上がり、いつの間にか着込んでいたスーツのネクタイを正した。

そしてニヤニヤと笑いながらフライパン判事に尋ねた。



「フライパン、あんたはトマトが好き?」


「なに?」


「トマトが好きかと聞いてるんだよ」


「ふん、わかりきったことを!もちろん私は炒め物もちょっとした茹で物、焼きに関しては一流、トマトも例外ではない!!」



「ああ、そう。そりゃいい事だ。それで食べたことは?」


「異議あり!!裁判長!今の質問は本件と何ら関わりのない質問です!」

ナイフ検察官が手を上げてフライパン判事に告げる。


「検察官の異議を許可する。弁護食!もっと簡潔に!」


「フライパンよ、大事な質問だよ。あんたはトマトを炒めたり、焼いたり、茹でたりはしたことあっても食べたことはないんじゃないか?」


「当たり前ではないか!私はフライパンなのだぞ!!フライパンは食べることはしない!料理はする!!それが本質である!」


「そう。物事には『本質』があるんだよ。さてでは被告食であるフラフィ、あんたに聞こう。あんたの本質は?」


「え、僕の本質…?本質ってなに?」


「あんたが何かって聞いてるんだよ」


「僕は、僕は悪魔だよ」


「その通り!!この悪魔は極悪食である!!」

ナイフ検察官がここぞとばかりに詰め寄る。

フライパン判事はナイフ検察官に下がるように命じた。

ナイフ検察官は不服そうに検察食の席へと戻る。その様子をヘラヘラした様子でライは眺める。ナイフ検察官はその様子に更に怪訝そうな態度を取った。



「さあて。証拠は出揃ったわけだ。フライパンよ。悪魔はトマトを食べるだろうか?」


「なんだと?」


「悪魔はトマトを食べない。なぜなら悪魔の本質はトマトを食べることではなく『悪業』が悪魔の本質なんだから。つまり、ここにいるフラフィはトマトを食べる必要がない。それ故にトマトをスライスする必要なんてどこにもないんだよ」



「裁判長!」

ナイフが割って入ろうとしたとき更に続けてライは弁護をした。



「トマトを美味しくしたとされる原因の『本質』とは?ただの丸いトマト?それだけじゃ物足りない。料理に欠かせないのは『演出』だ。この被害食であるトマトの場合は『スライス』される事でより美味しさを強調されてるとは思わないか?」


陪審飲たちは大きく頷く


「たしかに!」

「丸いままじゃ美味しくない!」

「断面がキレイだぞ!」

「ガスパチョってなんだー!」


フラフィはふとライを見つめた。

その時、フラフィは不思議な気持ちになった。


ライは顔を押さえていたのだ。

眩しいからだろうか?いやそうではないとフラフィが気が付くのにそう時間はかからなかった。

ふわふわの黒い小さな手から見え隠れする黒猫の顔は

不気味に微笑んでいた。ライは笑いを堪えていたのだ。

その目は怪しく黄色に光りその邪悪な眼差しはナイフ検察官に向けられていた。


顔を押さえながら少し浮ついた声でライはナイフを指差した。








「ナイフ、あんたの本質使い方ってなんだっけ?」









静まり返った法廷内でナイフは目を丸くして冷や汗を流した。


フラフィは少し怖くなった。自分の置かれた状況にではなく、ライの恐ろしくも不気味にナイフに向けられた表情。まるでこのあと起こるであろう『断罪』を楽しんで居るように思えたからである。



そしてフラフィは気が付いた。辺りが静まり返っている。


食材達、キッチン用品、フライパン、目を回していた木ベラ


その誰もがナイフに視線を向けていた。


ナイフはと言うと怯えた様子で辺りを見回す。

そのどこからも視線が感じられる。

ナイフの息遣いだけが空間を埋め尽くしていく。



「ま、待て!待ってくれ!私は、私は検察食だぞ!!裁判長!そうですよね!?なぁ食材たち!木ベラ!なんで私を見る…!?私は…私は!!私はトマトを刻んでなんかいない!私は食材を美味しくするために刻んだり、皮を向いたりそんなこと!!するわけがない!!だって!だって私はナイフなんだから」




ライはとうとう吹き出して笑う。


「ハハハハハ、その言葉を信じてくれる食材がどこにいる?あんたはナイフだろう?」


フライパン判事は木べらを置くと手を組みながらゆっくりとナイフに告げた。


「ナイフ検察食。お前はトマトをスライスした罪によって断罪されるべきとなった。この行為は許されるべきではない!!よって判決を言い渡す!『食洗機の刑』に処す!」



食材達はざわついた。


「待ってくれ!私は何もしていない!私は無罪だ!!!」


ナイフの必死の懇願も届かず

ナイフの背後からぬぅっと現れた巨大な食洗機は両手でナイフを掴み持ち上げる。その最中も必死にナイフは懇願していたが食材含め、フラフィとフライパン判事はただその様子を見上げることしか出来なかった。



一方ライはと言うと、その様子を心待ちにしていたかのようにニヤニヤとしていた。



食洗機は騒ぎ立て必死に抵抗するナイフを自分の口の中に放り込むとお腹にあるスイッチ『洗浄』を押す。


轟音とともに熱湯がナイフをキレイに洗い上げた。

食洗機の中からはこもったナイフの断末魔が聞こえていた。



それが終わると辺りは溶け出した。


まるで油汚れを落とす洗剤のように泡を立てながら周りの景色が溶け出した。フラフィは突然の出来事に周りを見渡したが既に溶け出した景色は殆ど泡に変わっていた。


溶けて泡が消えると古臭い小さな洋室にフラフィとライは立っていた。



フラフィは辺りをもう一度見回す。

まるで夢でも見ていたかのようだ。何がどうなっている?


フラフィは側にいたライに尋ねる。


「何が起きたの?食材さんたちは?フライパン判事は?」


「さあね。彼らはこの部屋から出ていったのだろうね」


「夢でも見ていたみたい…今何が起きたの?」


「あんたも変わってるね。言っただろう?ここじゃそんなこと関係ないって。ここはそういう所だから」



そう言うとライは部屋から出て行った。

フラフィは何が起きたのかはよくわからなかったけど、ライのあとを追う以外にすることがなく、とりあえずライのあとを追いかけた。



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