第8話 3月27日 娘みゆの告白

 3月27日(水曜日)22時30分


 涼子は、一昨日から3日間連続でこわい夢を見て、ほとんど眠れていない。


 涼子が隠していたリコン準備の書類がマサオに見つかり、つかみかかられて、殺されそうになる夢だった。

 夜中に何度も自分の叫び声で目が覚め、汗をびっしょりかいていた。


 今回『コロス』と言われたのは、これまでのトラウマとは恐怖の大きさがが違った。


 リコン準備の書類とは、これまでのことを記録しているノート、日記帳、家庭裁判所でもらってきた婚費こんぴ分担請求の申請書、この家を出る時用の引っ越し持ち出しリスト、図書館から借りてきた離婚関連の本7冊などだ。


 マサオに見つかったら、殺されるかも知れない…


 今日は火曜日、塾から帰宅したみゆと2人で夕食をとっていた。マサオは不在だ。おそらくまたパチンコだろう。


 みゆの塾の日は、夕食はたいてい22時30分頃になる。その食卓でのことだった。

 みゆが急に思い出したように話しだした。


 「わたしもパパからたたかれたことあるよ」

 涼子「え?叩かれたっていつ?」

 みゆ「うーん、中1の頃」「中2になってからは、たたかれてはないけど、馬乗うまのりになられた時は、怖かった」


 涼子は初めて聞く話に驚いた。『馬乗り』というワードに心臓がドキドキする。

 休日に涼子が家にいなかった時だそうだ。


 涼子は、できるだけ静かに娘にたずねた。


 「どうしてママに言わなかったの?」

 みゆ「だってパパに言うでしょ?」「いつもパパから、『何でもママに言うから、お前には何も話せない!』って怒られるからめんどくさい、もうイヤ」と言ったのだ。


 涼子は背筋せすじこおった。


(ちょっと待って。馬乗りって何?)


 涼子はもう少し詳しく状況を聞きたかったが、しつこく聞くとみゆは詰問きつもんされてると感じて話してくれなくなる。それにマサオが突然帰ってくるかもしれない。

 もっと落ち着いて、別に時間をとってこの話は改めてしよう。


 とにかくだ、これまでも父親をかばって涼子に黙っていたことが他にもあるんじゃないだろうか。


 みゆが「パパにこんなこと言われた」と涼子に話す時は、マサオがおどすような発言をした時だ。


 ここ2〜3ヶ月の間、涼子が外出している時に、マサオはみゆに「パパはもう限界だ」とか「俺を心配してくれるのはみゆだけだー」とか「もうすぐパパ蒸発するから」などと言っていたそうだ。涼子には筒抜つつぬけだか、マサオには何も言っていない。

 いったい中学生の子どもになにを言ってくれてるんだ、ばかじゃないのか。


 2年前の別居以前にも、見過ごすことのできない娘への暴言はあった。

それを聞くたび、涼子はみゆに「パパはみゆにかまって欲しいんだろうね」とか、「パパは本当は出ていったりしないよ」とか「たぶんそれは誤解があったのかもよ」などマサオをかばうように精一杯のフォローをしていた。


 あとでマサオには「みゆに◯◯って言った?そういうことは言わないで、すごく不安にさせてるから良くない。言うなら私に言ってよ」と幾度いくどとなくお願いした。


 しかしマサオは言った自分が悪いのではなく、ママに告げ口したみゆが悪い、という大人とは思えない発想の持ち主だった。


 14歳の子どもを食い物にしている、なんてサイテーな父親なのか。


 またサイテーメーターは最高値を更新した。


 1日でも早く大事な娘を父親から遠ざけなくては、手遅れになる前に。一刻も早く…


 気持ちばかりがあせっていく。

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