もちろん全部じゃなくていい〜河辺璃子と多良奈央子〜1

 多良ちゃんに彼氏ができた。

九月の終わり、まだ暑さの残る日だった。

図書室にやってきたサッカー部の彼が相手だとすぐに分かった。

そのことを噂で聞いたけれど、多良ちゃんは私に話すのを我慢しているように見えた。

そういう話をするのは、自分らしくないとか思っているのだと思う。

自慢に聞こえたりするのが嫌なんだろうし、内緒にするのが好きという部分もあるんだろう。

でも、実は私にも彼氏がいて、すでに付き合って三ヶ月と少し経つと言えば、多良ちゃんも彼氏について話してくれるかもしれない。


 航と付き合い、好きなことを好きな人に話す喜びを知った私。

これまで多くを語らないタイプだった航も、今は面白かった小説について話してくれるし、私が今読んでる本を


「読み終わったら、貸して」


と、少しだけ恥ずかしそうに言ってくれるのだった。



 私と多良ちゃんは、図書室で出会った。

お互い、クラスであまりうまくいっていなくて、息苦しかった。

もちろん皆それぞれ、頑張って人間関係の構築や、自分をよく見せようという努力の時期だ。

でもその流れから私は逃れたかった。

図書室は、その勢いから逸脱した、別世界なのだ。



 先に話しかけてくれたのは、多良ちゃんの方だった。


「あの・・・」


話しかけてくれたというよりは、仕方がなく話しかけたというのが正しいのかもしれない。


「はい」


「あそこのポスターが剥がれてきていて・・・」


窓の横の壁に貼っている、”図書室では静かに”と書かれたポスターを指差しながら、多良ちゃんは言った。


「あっ。教えてくれてありがとうございます・・・あ、ありがとう。同じ学年だよね?」


名札を見て、聞いてみる。

実は私の方はほぼ毎日図書室に来る、多良ちゃんのことが気になっていた。

言葉で説明は難しいけれど、直感的に、この子とは仲良くなれそうだと思ったのかもしれない。


「あ、うん。多良奈央子です。よろしくね」


「よろしく。河辺璃子です。本、好きなんだ?」


「うん。誰にも邪魔されない、世界だから」


「分かるよ。自分だけの、世界だよね」


 こういう話を始めにしたから余計、私達はお互いのことに深く干渉しないようになったのだと思う。


 私は多良ちゃんと恋バナがしてみたい。

相手が多良ちゃんだから、恋バナがしてみたい。

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