遠い存在にならないで〜河辺璃子と藤沢航〜4
勢いよくドアを開けてしまって焦ったが、図書室には誰もいなかった。
前屈みになり、呼吸を整えると、一番近くにある椅子に座る。
まだ心臓がバクバクしている。
すると、すぐにドアがそっと開かれた。
「河辺?」
恐る恐る聞くような、航の声がした。
振り向くと航は、懐かしさを感じさせる不安そうな表情で私を見ていた。
「航」
「どうしたんだよ、急に走って」
「別に。図書委員だから、早く図書室に行かないと、と思って」
「だからってそんな走らなくても。図書委員楽しいの?」
言いながら航は、私の隣の椅子に座った。
「分からない」
自分の感情がよく分からなくて、ついそんなことを言ってしまう。
「走って行きたくなるほど、ここが良い理由とかあるの?」
航の声量はいつもより小さい気がする。
でも、静かな図書室でなら、ちょうど良く聞こえる。
「うーん。読んだことない本がいっぱいあるし、落ち着くし、友達もできたし」
さっきから航は私を見ている。
私は航の方を見られない。
さっきの先輩への怒りのせいか、航に話したかったことを先輩に話してしまった自分のせいか、南ちゃんに対する嫉妬のせいか、よく分からない。
「友達?」
「うん。読書好きの友達」
「男?」
「えっ?」
男か聞かれたところで、反射的に航の方を見てしまう。
すると航は私にキスをした。
最初は何が起きたか分からなかった。
でも、私の顔から離れていく航の顔を見て、キスされたのだと気づく。
「もしかして河辺、メガネの男のほうが好き?」
「ん?」
頭が真っ白になり、何も答えられなくなる。
「だから、メガネを掛けてる男の方がタイプなのかって。その・・・仲良くなった友達はメガネを掛けてる先輩の男なのかって聞いてる」
初めて見る航の表情だった。
ちょっとムキになっているような顔。
「その友達は、女の子で同じ学年でメガネは掛けてないよ。あ、でも、裸眼なのかな?コンタクトかどうかは分からない・・・」
答えながらも、さっき起こったことがなんなのか整理しようとする。
「俺、メガネのままが良かった?」
「私は、どっちも良いと思うよ。でも、コンタクトだと、すごい勢いでモテるし、航が遠い存在に・・・」
「河辺」
静かな空間で聞く、静かな航の声が好き。
いつか下の名前で呼んでほしいとも思うし、私の好きな本について知ってほしいし、航の好きな本の話も聞きたい。
「何?」
「河辺、好きな人いる?」
「いるよ」
「そいつ、メガネ掛けてる?黒縁の、結構目立つやつ。結構おしゃれでさ・・・」
「私の好きな人は、今はメガネ掛けてなくて、コンタクトをしてて。中学まではメガネだった人で・・・ねえ、航。さっきなんでキ・・・」
唇に、柔らかい感触が当たる。
それはふたたび離れる。
「河辺・・・好きだ」
穏やかなのに、いつもと違う航の表情。
「私も」
私は航を抱きしめた。
「河辺。下の名前で呼んでもいい?」
「いいよ」
「璃子」
「嬉しいかも」
「なら良かった」
「ねえ、航」
「ん?」
「なんでコンタクトにしたの?」
「それは・・・璃子に男として見てもらえるように」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよ」
「嬉しくて」
「俺の片想いだと思ってた」
「そんなことない。でも、なんで剣道部に入ること教えてくれなかったの?」
「少し前に読んだ小説で、剣道をする男って格好良いと思ったから。男らしいところ見せれば、璃子も俺のこと好きになるかもって」
「でも、放課後一緒に過ごす時間減っちゃったよ」
「それはそうなんだけど・・・強い男にならないとさ」
「なんか結構そういうところ子供っぽいよね、航」
「そういうところ?」
「小説とかに簡単に影響受けるところ」
「単純な発想ってこと?」
「違う。純粋ってこと」
その間私達は抱き合い、しばらく会話をしていなかった、寂しかった時間を埋めるよな時間を過ごした。
「あ、そうだ」
私は思い出し、長い抱擁を解き、カバンの中から水色の封筒を取り出す。
「これ、ずっと渡したかったの」
多分だけど、その封筒を見た瞬間、航は中身が何なのかを察したんだと思う。
待ってたよ、という感じの笑顔で中の写真を見てから
「ありがとう」
と言った。
それから、
「本当はこの日に告白したかったんだ。遅くなってごめん」
と謝り、私の手を強く握った。
図書室にはしばらく人は入ってこなかったものの、後に溝口先輩が入ってきて、色々と察した上で
「河辺さん、今までごめんね」
と素直に謝った。
そして、航に対して
「お幸せに」
と、言った。
後に分かることだけど、溝口先輩が、私と小学生の頃から仲が良かった航に、私の好きなものをリサーチしに行った時。
航は、
「そんな回りくどいこと、しない方がいいと思いますよ」
と言ったらしい。
さらには、
「俺、河辺のこと本気で好きなんで」
と宣言したらしい。
心を入れ替えた溝口先輩が教えてくれた。
ちなみに溝口先輩は、私に委員の仕事を任せるたび罪悪感が生まれ、サボって遊んだり、勉強している間も私のことを考えるようになって、好きかもしれないと思って、私についてリサーチしようとしていたとも話した。
図書室に二人でいる時に、
「河辺さん。俺今、すごい眠気に襲われてて。だから、話すね。睡魔の、現実感の曖昧な今なら、話せそうだから」
と言って、馬鹿正直にそんなことまで話すから、私は笑うしかなかった。
今は、本気で好きな子がいるらしい。
「俺とサイズ違いの同じメガネを掛けてたんだ。それ見てビビビっときたんだ」
この人は、変わってるけど悪い人ではないんだろうなと、思わずにはいられなかった。
「おまたせ。航、何読んでるの?」
休みの日。
待ち合わせ場所に行くと、先に着いていた航が本を読んでいた。
「ああ、これ?」
航は、ブックカバーを外し、表紙を見せた。
「これって・・・」
喜ぶ私に、航は
「中学の頃、璃子が一番良い表情で読んでた恋愛小説。読んでみたくなって。実は俺、再読」
と、穏やかに、それでいて明るく答えるのだった。
さらに、
「良かったら、この本について話さない?」
と、私の様子を伺いながら聞いてくる。
「ねえ、航・・・」
もう、止められなかった。
「航・・・好きだわ」
呟くように、つい言ってしまった私に、航は優しく微笑んでくれた。
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