遠い存在にならないで〜河辺璃子と藤沢航〜3
「河辺さん」
五月。
ゴールデンウィークが終わり、連休後のダルい登校日の放課後。
図書室に行くと、溝口先輩がカウンター内の椅子に座って、私を呼んだ。
「溝口先輩、何してるんですか?」
「何って、委員長だからね」
いまさら何を言ってるんだ、と思う。
「それでさ、何をすればいいか教えてくれない?」
申し訳なさもなく、堂々とした口調で聞いてくる。
「先輩って、一年からずっと図書委員だったんですよね?」
「うん。そうだよ」
「これまではどうしてたんですか?」
「うーん。名ばかり、世渡り上手って感じ?」
さすがに笑ってしまった。
呆れてしまう。
「おお。河辺さん笑ってくれた。散々怒らしてたと思うから、良かった」
そう言われて、不機嫌な表情に戻す。
「河辺さんは、図書委員として優秀で、実際の委員長みたいだよね。なんかこう、図書室にピタッと収まって、似合うというか。図書室、好き?」
慣れない質問に、私はなんだか戸惑ってしまう。
その戸惑いのせいかもしれない。
「そうですね。将来は司書の資格とって、図書館で働きたいんです」
言ってしまって、私はすごく後悔した。
どうして、人に仕事を押し付けるような相手に将来のことを話してしまったのだろう、と。
変わってる人が、急に親切にしてきたから?
自分が嫌になる。
「そっか。河辺さん格好良いね。俺なんかとは大違いだ。なんか、凛としてて、すごいなって前から思ってた」
藤沢航・・・
さっきの将来の話は、藤沢航にしたかった。
司書の資格をとりたいとか、図書館で働きたいって話は、航に聞いてほしかった。
航といる時の穏やかで静かな落ち着いた雰囲気の中、航に私の話を聞いてほしかった。
「溝口先輩」
「はい」
私は真剣だった。
「これからは人に仕事を押し付けないで下さい。好きなことだから良いと思って自分を納得させてましたけど、やっぱり嫌です。それから、褒めればいいとか思わないで下さい」
勢いに任せてそれだけ言うと、私は図書室を出た。
多分私は今、怒っている。
そして、悔しい。
自分がみっともなく感じられる。
私は、走る。
1年B組の教室まで向かうと、航を探した。
前に航のことを聞いてきたクラスメイトが廊下にいて、話しかける。
「ねえ、航見てない?」
私が肩を上下させ、焦っているのを見て、少し困惑の表情を浮かべている。
「さっき、南ちゃんと部活行ったけど・・・」
「南ちゃん?」
「うん。藤沢くんと同じクラスの、剣道部の子。知らない?」
「知らないけど・・・あっ、ありがとう」
無理に笑っている自分に気づく。
それでも私は、剣道部が使っている、校舎横にある第二体育館へ向かおうと走り出した。
階段を転ばないように降り、玄関の靴箱まで行ったところで、航を見つけた。
私は立ち止まる。
その横には、ロングヘアが綺麗な、可愛い女の子もいる。
二人は楽しそうに笑っていた。
うん。
別に、クラスメイトと楽しそうに話すことくらいある。
高校で部活に入ったなら、図書室に寄る暇もないし、もう一緒に帰れない。
それくらい分かる。
でも。
寂しいのは寂しい。
だって、何年も一緒に図書室で読書して、その時は必ず二人で一緒に帰ったんだもん。
すると、私の視線に気づいたのか、航がこっちを見た。
「河辺!」
名前を呼ばれる。
そうだ。
航に下の名前で呼ばれたことだってない。
やっぱり私の想いは一方的なものなんだ・・・
航は真っ直ぐに私を見ていた。
隣にいる南ちゃんという子も私を見ている。
私はそっと手を挙げ、軽く振ると、泣きそうになるのを堪えて二人に背中を向けた。
そして、走り出す。
「河辺!」
航の声が聞こえる。
それでも私は振り返らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます