遠い存在にならないで〜河辺璃子と藤沢航〜2

「河辺ちゃーん」


図書室には、入学してすぐ仲良くなった多良ちゃんがいた。

遠慮気味にこっちに向かって手を振っている。

私は、何読んでるの?と聞こうとして、すぐにやめる。

この子は干渉を嫌う子だ。

でも別に私は、そんな多良ちゃんを嫌だと思わないし、むしろそういうところが人と違って良いと思っている。

それに私だって、いざ自分の好きな物事を聞かれたら、そっとしておいてほしいと思うタイプでもあった。

 でも、航には。

航にはもっと詳しく聞いてほしかったし、私も詳しく聞きたかった。

多良ちゃんだって、もう少しでも良いから色々なことを知りたい。

それが本音。

問題は、多良ちゃんとはまだ知り合って一ヶ月だからこれからだとして、航とは九年も一緒にいるのに、なかなか踏み込めていないということだ。



「多良ちゃん、今日も来てるんだね」


「うん。ここが一番落ち着く」


「私も」


 成績表の為に集まったようなメンバーしかいない図書委員では、私ばかりが働いている。

別に苦にならないし、むしろ好きだから良いんだけど、何か報酬でもあったら嬉しいのにとも、実際思ってしまう。



「ねえ、多良ちゃん」


私は、他の女子と変わらない。

恋したらその気持ちを語りたくなってしまうし、誰かの意見を聞きたくなってしまうのだ。


「何?」


多良ちゃんは、恋愛に興味あるのかな?

まだ知り合って一ヶ月だし、恋バナをしていなくても不思議ではない。

でも、多良ちゃんにはそういう雰囲気が少しも感じられない。


「あのさ、ロングヘアをショートヘアにするとか、メガネをコンタクトにするのって、どんな理由があると思う?」


多良ちゃんは、いきなりなんでそんな質問をするんだろう?という表情になる。


「そうだな・・・」


でもそれから、眉間に皺を寄せ、真剣に考えてくれているようだった。


「良く見られたいってことじゃないかな?」


「よく見られたい?」


「うん」


「それ以外思い浮かばないや」


そう言う多良ちゃんは、自信あり気だった。

それから私の顔をジロジロ見て、


「河辺ちゃん、イメチェンでもするの?」


と微笑む。


「違うの。ただ、気になっただけなの」


そう言い、私はカウンターの方に逃げた。

多良ちゃんはすぐに読書に戻る。


 良く見られたい、か。

まあ聞くまでもなく、それくらいしか確かに思い浮かばないかもしれない。


 航と久しぶりに話せて嬉しかったけど・・・

コンタクトにして、髪も少しだけ切った藤沢航は、認めないわけにはいかないほどに格好良かった。

 嫉妬。

前よりもハードルが上がってしまった。

告白なんて、一生できそうにない。

中学の卒業式の、一緒に写真を撮ったあの時に伝えておけば良かった。

もっと前でもいい。

中学二年の修学旅行の、みんなが騒ぐ中、その騒々しさに紛れて告白しても良かった。

小学六年の、バレンタインに生涯を掛けているようなクラスの女子の雰囲気に同調して、航にチョコレートを渡せば良かった。

だって、どのタイミングで告白していたって、私の気持ちは今日まで何一つ変わらなかったのだから。

 

 ため息が出てしまう。

藤沢航はなぜ、あんなに格好良くなってしまったのか。



「河辺さん」


名前を呼ばれ、図書室の入り口を見ると、三年の溝口先輩が立っていた。

伸ばした髪は、私にはよく分からない感じにセットされていて、一ヶ月経ってようやく見慣れてきた主張の強い黒縁メガネを掛けている。

気づかなかったけれど、結構オシャレな人なのかもしれない。


「はい」


「今日、帰るね」


図書委員長である溝口先輩は、特に悪びれたり、それらしい理由を繕うこともなく、委員活動をサボる。


「分かりました」


まあ、いられても邪魔だから帰ってもらって良いと思った。

でも正直、ムカつきもする。


「河辺さん、ありがとうね」


「はあ・・・」


呆れて返事すると、そんな私の反応なんか何一つ気にせずに去って行った。


「河辺ちゃん優しすぎ」


多良ちゃんは下唇を少し突き出して言った。


「いいの。一緒にいても息詰まるし」


と答える。


「そういえばさ!」


少し声のボリュームを上げて、多良ちゃんは言った。

自分の声の大きさに、申し訳なさそうな顔をした。

大丈夫。

私達以外には今、図書室に誰もいない。


「この間、今の、溝口先輩?が、河辺ちゃんの話を男子と話してて。多分だけど、私達と同じ学年の人だと思う」


「私の話?何?なんか嫌なんだけど・・・」


「嫌な気持ちにさせるかと思って言うか迷ったんだけどね。なんか、河辺さんはどんな本が好きなのかって、溝口先輩が聞き出してたの。その男子に。隠す風もなく、近くを通っただけで聞こえてきちゃった」


「えっ」


「避けた方がいいんじゃない?溝口先輩。頭良くて優秀みたいだけど、かなり変わってそうだしさ」


「多良ちゃん、その、溝口先輩と一緒にいた男子ってさ、超イケメンだった?」


私は、溝口先輩がどうのこうのよりも、その話し相手が気になっていた。


「えっ、イケメン?分からないけど・・・あっ、そうだ。お面持ってた!」


お面?

お面・・・

剣道部。

間違いない。

溝口先輩が私の情報を収集していた相手は、航だ。


「溝口先輩、河辺ちゃんのこと好きってことだよな・・・と思って。こういうの話すの良くないとは思ったんだけど。踏み込みすぎて申し訳ないけど、河辺ちゃんにはすごく親切にしてもらってるから、心配で。でもおかしいよね?河辺ちゃんのことが好きなら普通、図書のこと手伝うよね?」


「うん・・・多良ちゃん。教えてくれてありがとう」


 航は、私の読んでいた本を教えたのだろうか。

私に興味があるらしい先輩に、私のことを聞かれてどう思ったのだろうか。

 航はやっぱり、私のことなんか好きじゃなくて、高校デビューして、可愛い女の子達によく見られたいと思っているだけなのかもしれない。




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