遠い存在にならないで〜河辺璃子と藤沢航〜1

 こんなはずではなかった。

藤沢航がここまでモテるなんて。


 藤沢航とは、小学校からの同級生で、読書好きで気が合い、仲が良かった。 

確か、お互いが図書室にいる時間が長かったから、自然と親しくなったのだと思う。

 小さい頃から仲の良い男女は、思春期を迎え、距離が出来たりすることがある。

でも、私と航はそんなことはなかった。

多分二人とも、そこまで口数が多いわけでもないし、そもそもの距離が近過ぎもしなかったからだと思う。

だから、それ以上減る会話数や遠ざかる距離というのが存在しなかったのかもしれない。


 私達はよく学校の図書室で会い、


「何読んでるの?」


と聞き合い、本のタイトルを伝え


「そうなんだ」


と相手の読んでる本を把握して、読書を開始し、


「そろそろ帰る?」


と、どちらかが言い、


「そうだね」


と答えて帰る支度をした。

図書室に一緒にいた日の帰り道に話すのは、クラスでの出来事とか、宿題の話とか昨日観たテレビの話。

それもお互いに、程よく短く、静かに語るのだった。


 航は読んでいる本のタイトルを教えてはくれるものの、本の話をほとんどしない人で、そういえば今一番仲の良い、多良ちゃんもそういう人だなと思う。

私はあまり語りたがらない人を好きになる傾向があるのだろうか。



 航を好きになったきっかけは正直分からない。

いつの間にかだった。

航の隣にいるのがとにかく幸せで、心がドキドキするのに、落ち着いてもいて、ずっと穏やかな航のそばにいたいと思い続けていた。


 中学の卒業式の日、さすがに私も迷った。

告白しようかなと、悩んだ。

航は私をどう思っているんだろうと、切なくなった。


「一緒に写真撮ってくれない?」


勇気を振り絞った私の発言は、告白ではなくて、お願いだった。


「いいよ」


図書室の棚の隅でこっそり撮ったその写真を、私は今でも毎日持ち歩いて、大切にしている。

そして、持ち歩いているのは一枚ではなくて、二枚だ。

一枚は私の手帳に挟め、もう一枚は水色の封筒の中に入れてある。

高校に入学したら手渡そうと思っていたその写真は、予想外の出来事で渡せなくなってしまった。



「ねえ、河辺さん」


初めて見た時から可愛いと思っていた同じクラスの子が、入学式の次の日、私のことに関して聞く前に、こんなことを聞いてきた。


「藤沢航くんと中学一緒だったんだよね?」


「うん。そうだけど・・・」


 航と私と他には一人しか、小・中学からの同級生はいなかった。

 私は卒業式以来、航に会えてなかったこともあり、いきなり航の名前を出され、驚く。

 高校は一学年だけでも人が多いし、クラスが違うことが分かると、なかなか会うのが難しかった。

私達はよほどのことがない限り連絡も取らないから、学校に慣れて、図書室に行けるようになったらきっとまた、前みたいに戻れると思っていた。


「私、藤沢くんに一目惚れしちゃったかもしれない。本当にかっこいいし、優しいね」


その時感じた嫉妬心を、今でも鮮明に思い出せる。

初めての感情だった。


 航は確かに格好良いけれど、どちらかといえば、会ってすぐに格好良いと言われるタイプではない。

メガネを掛けているし、徐々に航の良さに気づくというのなら分かる。

 航の魅力に気づいたこの子は、なかなか目敏いかもしれない。

どうにかして、私と航の関係が少しは特別だと伝えられないだろうか・・・

そうだ。

長時間読書をして、疲れてメガネを外した航の顔を知ってる私だから・・・


「確かに、メガネ外したら結構イケメンかもね」


私は平然を装って、そう答える。


「えっ、メガネ?藤沢くん、中学の時メガネだったの?嘘〜それも見たい!絶対格好良いじゃん!高校デビューなの?」


「え?」


興奮気味に言うその子の声が聞こえたのか、他の女子も集まってきた。


「何?B組の藤沢くんの話してるの?」


「藤沢くんモテモテじゃない?」


中学の時、メガネだった?

じゃあ、今の航は、メガネではない?

私は、賑やかに喋るクラスメイトに囲まれ、航が遠い存在に感じられ、ただただ気分が落ちていった。

いつの間にか、私の知らない航になってしまったのだろうか。



 その後、校内で見かけた藤沢航は、確かにメガネをかけていなかった。

もしかして、メガネが壊れてしまって、一時的にコンタクトもしくは裸眼で過ごしてるのかと想像したけれど、高校入学からしばらく経っても、彼はずっとメガネを掛けなかった。



「河辺?」


高校入学後、一ヶ月経った頃。

私達はようやく言葉を交わす。

私が図書室に入ろうとしているところだった。


 遠い存在になってしまった、人気者の航では、私から話しかけることなんてできない。

だからせめて、向こうから話しかけてくれただけ良かった。


「航。久しぶりだね」


どう振舞ったら良いのか、正直分からなくなった。

目の前にいるのは、藤沢航なのに、何かが変わってしまった気がした。


「俺まだ、高校の図書室入ったことないんだ」


特に話し方は変わっていない。

落ち着いている、あの口調だ。


「私、図書委員になったの」


「そうなんだ。今度来るわ。これから部活だから」


知ってる。

航が剣道部に入ったことくらい、知ってる。

学年一のモテ男の噂なら、聞きたくなくても耳に入ってくる。

そもそも剣道部に入るなんて、一度も聞いたことがない。


「コンタクトにしたんだね」


「ああ。うん。高校デビュー」


「へえ」


高校デビューという単語が、航の口から出てくるとは思わなかった。

どこか気まずい空気が流れる。


「じゃあ、また」


航の方から別れを告げる。


「またね」


 私は期待したのに。

一緒に図書室に入って、読書して、前みたいに


「何読んでるの?」


って私の方から聞こうと思ったのに。

 階段を降りる航の後ろ姿を見つめ続けた。

見えなくなるまで。


 やっぱりもう、戻れないのかもしれない。

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