路地裏の天使

雲依浮鳴

路地裏の天使

A:不問 年上、


B:不問  年下、中学生、人間


配役表

A:

B:


―本編―


A:君は善悪についてどう考える?


B:誰、アンタ?


A:どう考える?


B:どうもこうも、アンタが誰かわからないと、考えられない。


A:んー、ならば天使と悪魔ならどうだ?


B:いや、質問の意味がわからないわけじゃない。意図はわからないけど。名前も知らない初対面の相手に、善悪とか、天使と悪魔だとか言われても、普通はパッと答えられない。


A:・・・天使とは、善の象徴として表現される事が多い。善行を積めば天国へ行けるなんて言われている。そして悪行を行えば・・・。


B:待て待て!さも当たり前のように語り出すな!まだアンタの名前を聞いていないし、アンタの話を聴く気もない!


A:・・・


B:・・・


A:・・・


B:・・・いや、突然話しかけて来といて、急に黙らないで貰えるかな!?


A:話を聞く気が無いって


B:うん、それはそうだけど。


A:しょぼん


B:なんだその使い古されたネット掲示板みたいな反応は。だいたい、こんな路地裏で何してるの?


A:話し聞いてくれる?


B:善悪や天使と悪魔以外の話なら


A:なえなえしゅん


B:妙に古い表現をやめてくれ。


A:あぁぁ!話を聞かないなら、今ここで首を噛み切ってやる!


B:わぁぁ!どうした急に!落ち着いてくれ!古い表現をやめろと言ったが、感情的な表現をしろとは言ってない!!それに自分の首は自分では噛み切れないんじゃないか!?


A:お前の首だ!


B:僕の首だった!?


A:・・・さて、話を聞く気になったかな


B:さっきのやり取りの何処に話を聞く気になる要素があったんだよ。


A:首を噛み切るあたりか。


B:うん、単なる脅しだ。


A:話を聞く気になったか?


B:いいや、全然。


A:これでもダメ、一体何が望みだ?


B:最初から一貫して言っている、アンタの名前を知りたい。


A:妙に名前に拘る。何か理由があるのか?


B:母さんが知らない人の話は聞いちゃダメだって。


A:・・・はぁ?


B:だから、名前教えてくれよ。名前を知れば、知らない人じゃないだろ?


A:念のため聞くが、年はいくつだ?


B:え?15だけど


A:予想より若いな。両親は健在か?


B:僕の質問には答えないのに、何度も尋ねてくる。あまり好きじゃないな。


A:いくつか名前があるが、今はササミと名乗ろう。


B:・・・うちの猫と同じ名前じゃないか。そういうおふざけは望んでない。本当の名前は教えてくれないのか?


A:ふふ、どうだかね。それで両親は元気か?


B:知らない。生きてるのかも知らない。


A:先程、母にと言っていたが。


B:微かに覚えてる記憶だよ。物心着いた時には施設だった。今は顔も声も思い出せない。


A:現在の両親が気になるか?


B:気にはなるけど、それは重要じゃない。会いにこないのには理由がある。なら、会う理由がある時に会えばいい。


A:変わった考えを持つ


B:変わっていても、いなくても、この考えは変わらない。それで、もう行っていい?


A:まだだ、大切なことを話していない。


B:天使と悪魔が出てきたら帰るからな。


A:聞く気にはなったようだな


B:偽名だけど、名前を聞いたからな。


A:律儀なやつだ。


B:いいから、本題を話せよ。


A:それでは、こほん。善と悪、どちらが先だと思う?


B:卵が先か、ニワトリが先かって話だろ、それ。


A:善行と呼ばれる行為があるから、悪行と呼ばれる行為があるか?はたまたその逆か。


B:うん?何が言いたい?


A:善と悪、この二つは相反する言葉だ。だが、どちらか片方では存在できない。善があるから悪がある。悪があるから善がある。


B:うーん?基準の話がしたいのか?相反するとか言う前に、そもそも善も悪も、何かと比較して評価されるものだろ?


A:聡いやつだ。その通りだよ。では、その明確な基準とは何か答えられるか?


B:そりゃ、普通ってやつだろ?一般的にはとかいうやつだ。


A:ふふん、ではその普通とは何かな?一般的とは具体的に何を指す?


B:普通ってのは大人が作った常識だろ。一般的って言うのも、多数派の価値観を押し付けるものだから・・・


A:やはり少し変わった見方をしているね。面白い。


B:結局は個々人の価値観に繋がる。だとした、道徳心とか言うやつじゃないのか?


A:道徳心とは?


B:それは善悪を判断して・・・あ、これだと話が廻ってしまうのか。それに個人で揺らぐものなら明確とは言えない・・・うーん?あぁ、法律か。


A:本当に良く頭の回るやつだ。そう、明確な線引きをしているのは法律だ。法律は国を国たらしめるものであり、国に住まうものにとっては絶対なルールだ。


B:だが、それだと解釈によって、いや、そもそもそれだと、悪かどうかの判断基準になっても、善かどうかの判断基準にはならないじゃないか!


A:そう、その基準では前科が付くかどうかの判断基準になっても、善かどうかの判断基準にはならない。悪とされている事の真逆が、必ずしも善では無いからだ。


B:となると、宗教が善悪の基準としては近い存在になると考えたんだが、どう思う?


A:おっとそっちの話には行かないよ。その通りだが、そっちの道に行ってしまうと、道通りが天使と悪魔になってしまう。


B:なんだ、お見通しか


A:あぁ、だがあまり話を廻り道させ過ぎるのも良くない。話の筋道は立てた、目的地に、いや、本題に行こう。


B:そうしてくれると助かる。オチが見えないから、堂々巡りをするんじゃないかと思っていたよ。


A:話のオチか、君ほど頭も口も回るやつならとっくに見えていてもおかしくないと思うがね。


B:まさか、基準なんて曖昧だから一人一人、信念を持って生きましょう、なんて平坦でつまらない話をしたい訳じゃないだろ?


A:・・・


B:え、黙る?まさか、そういう事!?


A:はは、まさに袋小路とはこの事だよ。これなら脇道に逸れて天使と悪魔に出逢えばよかった。


B:・・・申し訳なくは、思う。


A:・・・話の筋道は立てた、目的地に、いや、本題に行こう。


B:あ、オチの下りをなかったことにした!


A:善も悪も時間の流れの中で移ろうものだ。そして明確な線引きは無く、個々人の感性や価値観によって一方的に判断される。つまり、君にとっての善行は誰かにとっての悪行だ。誰からみた善か悪か、どの角度から見るかが大事になる。


B:思う事はあるが今は黙るよ


A:今後、君が出会う相手は、君にとっての悪を善として振りかざしてくる。その時、君ならどうする?そう、それこそが争いの根底に眠る真実だ


B:僕はまだ何も答えてないぞ。それに正義の反対は別の正義なんてよくある話だ。別に眠ってもないだろその真実。


A:争いを避けるやり方はいくらかある。だが、こちらを殺す勢いで来る者は?避けられない衝突もある。


B:殺すだなんて物騒な話だ。そんな恨みを買った覚えもないし、買うつもりもない。


A:そう、物騒な話だ。しかしながら有りうる話だ。特に君のような変わった力を持つ人ならね。大体そういう相手は、買うつもりはなくても買わせてくる、まさに押し売りだね。


B:知ってたのか・・・。まぁいいけど、それにしても、そんなはた迷惑なやつもいるんだな。急に善だ悪だのと、取り留めのない話題で声をかけてくる大人が居るくらいだ。殺意の押し売りが居てもおかしくはないか。


A:動揺したね、頭ではなく口が回った。大丈夫、君の力を見抜いたのはたまたまだ。君と出会ったのもそうだ。実はこの街に着いたばかりでね、道に迷って困っていたんだ。そしたら道案内をしてくれる子がいてね。その子に頼まれたのさ、僕の友達を導いてくれって。


B:・・・友達なんて居ない


A:1匹だけいるだろ?


B:・・・


A:それに、取り留めのない話題と言ったな。その通り、大体の人間はそんなことを頭の中に留めない。だからこそ、ほんのちょっとの気まぐれで、ほんのちょっとの親切心で、他人にとっての悪を行う。それは君もまた然りだ。心当たりがあるだろ?


B:ササミの事か


A:あぁ、迷惑だと話していたよ。


B:アンタ、猫と話せるのか?


A:猫だけじゃないよ。動物なら大体はね


B:天使と悪魔も?


A:はは、天使となら話したことはあるな。


B:そっか、じゃ行くね。バイバイ知らない人。


A:あ、しまった。口車に乗せられた。最後だ、ここまで話したんだから聞いてくれ。君はもう手遅れだと分かっていても、相手を助けようと手を伸ばすかい?


B:助けられるかはともかく、助けたい気持ちは僕のものだ。それは相手が助かる助からないかは関係ない。僕が助けたいと思ったから手を伸ばすし、首を突っ込んで口を挟む。相手がもう手遅れだからという理由で手を伸ばさないのは、それこそ道理が通っていない。僕は僕が正しいと思ったことを、良かれと思った事をこれからも続けていく。それが誰かにとって迷惑な話だとしてもだ。って回答して欲しいんだろ?


A:うん、小生意気なやつだ。けどそれで満足したよ。君の行いは善も悪も、巡り巡って自分に返ってくる。この事だけは忘れないように。


B:・・・わかったよ。もういい?


A:最後に忠告だ


B:2回目の最後だよ、それ


A:うるさいな、聞け。このままこの道を進むなら君は、危険の伴う普通とは真逆の数奇な運命を辿ることになる。嫌になってもその輪からは逃れられない。普通の生活と幸せを掴みたいのなら、引き返せ。


B:普通の生活と幸せって言われても僕はそれが分からないからな


A:知る機会になる。両親に会ってみたい気持ちはあるのだろ?あとこれは、君のたった1匹の友人からの忠告だ。真面目に考えた方がいい。


B:うん、考えても考えなくても答えは変わらない。僕はこのまま進む。


A:即答か、あらら、もう時間稼ぎは出来ないね。


B:時間稼ぎ?


A:言っただろ、頼まれたんだよ。君の友達に


B:うん?それは・・・待て待て!まさか!


A:あー、行ったか。一目散とはまさにこの事だな。もう少し時間を稼げるつもりだったが、本当に頭の回転が早いやつだ。彼なら、本当に助けられないと分かっていても、どうにかして助けただろうね。それも、何をしてでも、何を犠牲にしてでも。・・・はぁ、頼まれたからとはいえ、間接的に友人を奪うことに加担するのは、来るものがあるなぁ。私は動物達の味方だが、心は人間だ。はぁ、さてと、甘いものでも食べに行くか。


B:その後、僕はたった1匹の友人の死をきっかけに、数々の奇々怪々な出来事に直面していく。輝きと苦悩に満ちた青春の日々は、いま語るべき事では無い。この話は僕が普通の中学生だった最後の思い出。僕という人間の生涯において、最初で最後の小さな友達を亡くした、悲しくも暖かい思い出の話だ。


0:ーENDー


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