第6話『今日からはじまる①』

 休み時間。自分の席でラノベを読んでると、肩を叩かれた。


 田村空だ。無言で、ルーズリーフを畳んだ手紙を私に渡してきた。


『I図書館で潮が待ってる 16時半までに来い』と書かれている。


 了解。……というか、本当に私の提案がOKされるとは。


 十六時前、帰りの号令が終わったら、即教室を出て学校を飛び出した。外は快晴。図書館はここから歩いて三分。


 図書館は公民館の中にある。古い本の匂いに包まれながら奥に進み、姫を探す。いた。椅子に座って読書をしている。


 声をかける。


「姫」

「!」


 姫は無言で頷き、本を閉じた。かなり日に焼けた文庫本だ。背表紙が白っぽいが、元は何色だったんだろう。表紙の絵が昔の少女漫画っぽいから、かなり古い本なのかな。あれ?貸し出しのバーコードがついてない。


「それ、姫の私物?」


 姫は無言で頷く。


「あっ、もしかして、昨日持ってた本か」


 姫は無言で頷く。


 ん……?あれ……?


 姫はずっと緊張している様子だ。表情も体の動きもぎこちない。無言で図書館を出て、無言で歩き、無言で自宅に私を入れてくれた。距離をおかれているようで、ダイニングテーブルに案内された時も、姫は私の隣ではなく斜め前に座った。


 最初の頃に戻ってる!?


「どうしたの!?昨日はあんなにベタベタしてきたのに」


 沈黙に耐えきれなくなって、問いかける。姫はビクッと体を震わせ、顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。


「…………」

「もしかして、我にかえって恥ずかしくなっちゃった……とか?」

「……」


 姫は無言で頷く。


 あーそういうタイプか。ちょうど今読んでるラノベのヒロインみたい。私にはわからない感覚だ。私は過去の行いを一切反省しないから。


 どうしようかな……と悩んでいると、姫がジュースとお菓子と共に、雑誌と不織布のCD・DVDケースを持ってきた。


 雑誌のタイトルは『◯◯県中学高校 人気女子制服図鑑』、中を見る。四人のモデルのうち一人が田村空だった。


「もしかして」


 CD・DVDケースを開ける。ディスクの表面にマジックで書かれたラベルを見る。ローカルアイドルオーディション番組、CM、ローカルバラエティ番組、CM、地方局制作のホラードラマ……の録画だ。


「これ、全部田村……お姉ちゃんの活躍か?」

「……」


 姫が無言で頷く。


 姉自慢がしたいのかな?でもごめん。


「私、お姉ちゃんには興味無いんだ」


 どちらかというと嫌いよりだし。理想に向かって努力しているのはすごいと思うけど、それとこれとは別だ。


「!?」


 姫は目を丸くして、呆然としている。あ。


「ごめん!興味ないとか言って」


 即座に謝った。しかし、姫は混乱したように、頭をフルフルと振り続ける。どうしたんだろう。


「あ…………」


 何か言いたげだ。昨日みたいに、ゆっくり待つことにする。


 数分後、ようやく小さな口が開かれた。


「……謝らないでください。ただ……みんな、お姉ちゃんにしか、興味がないから……」


 か細い声でそう言いながら、うつむく。視線の先には、姉の写真が載っている雑誌がある。


「叔母さんも学校の人達もみんな、空ねえねがすごいって話ばかりするから……唯都いとさんも空ねえねの話したら喜ぶかな……と」

「あー……」


 私は一人っ子だし姫じゃないから、ここからは想像だけど。姫はいつも姉と比べられて、「じゃない方」の人生をおくってきたんじゃないかな。


 しかも、姉と同じくらい顔が整っているから、周りから「お姉ちゃんと同じ道に進まないの?」と死ぬほど言われてそうだ。気弱な姫にはプレッシャーだろう。また、目立つ見た目の割にオドオドしているから、気性の荒い子達をイライラさせて、いじめられやすい……こんなところかな。


 全部想像だ。本当にそうかはわからないけど。ただ、その通りだったとしたら、嫌すぎる。嫌な人生だ。


 だったら、せめて私だけは、姫をチヤホヤしたい!なぜか、好かれているんだし。


 重い空気を一変させるために、わざと華やかな声で申し出る。


「私は姫の方に興味あるな〜!姫のこともっと教えてよ!」

「唯都さん!?」


 姫はすごく驚いて、私の名前を呼ぶ。そして、おずおずとたずねた。


「……本当に知りたいんですか?」

「もちろん!!」


 食い気味に答える。


「…………ふふっ」


 はじめて笑顔を見せてくれた。とても穏やかな表情だった。私と連絡先を交換した時よりも、放課後デートが決定した時よりも、嬉しそうだった。


「じゃあ、ボクの部屋に案内しますね。ボクのすべてを唯都さんにお見せします!」


 意気揚々と立ち上がる姫。んー、唯都『さん』かぁ……どうせなら。


「呼び捨てでいいよ。部活じゃないんだしさ」

「えっ?でもボクよりお姉さんだし……」


 姫は顎に手を当てて、ひとしきり考えた後、上目づかいで甘えるようにこう言った。


「じゃあ……唯都ねえねって呼びますね」


 ズキューン!!


「あ、うん。いいよ!」


 やばい。一瞬時が止まるほど、ときめいてしまった。年下小動物系美少女、恐るべし。


「ボクも空ねえねにはあまり興味ないですが……空ねえねの『外郎売』の練習音声は、かなりおもしろいですよ。聞きます?」

「いや、いいよ。マジで田村には興味ない」

「そうですか」


 姫とお喋りしながら、一緒に階段をのぼる。そして、二階の最奥の部屋を開けてもらった。

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