第5話『提案』

 メガネチェーン店の前にある信号を渡ると、住宅地が並ぶ道が見えてきた。そこをまっすぐ歩く。


「あれがボクの家です」


 そう言いながら姫は、鉄筋コンクリートの二階建て一軒家を指差した。乳白色で塗装してある綺麗な家。駐車場には車がとまっていない。おうちの人はまだ帰ってきてないのかな?


 と思ったら、玄関の黒い門の前に、見覚えのある人物が立っていた。なんか、仁王立ちしている。


「うえっ……」


 姫が縮こまって私の後ろに隠れた。


 あれ。もしかして……あの人、うちのクラスの田村空じゃない?ん?そういえば、姫の名前、田村うしおだったな……


「ゴラァ潮ッ!お前また学童サボっただろ!!」


 田村が姫を怒鳴りつける。


 約30cm上から姫を見下ろし、睨みつける田村。田村は170cm近く、姫は140cmも無いから、身長差がすごい。しかし、姫は怯まず堂々と宣言する。


「ボクは二度と学童なんか行きません。あんな場所、もう嫌なんです」

「この野郎!私と叔母さんのメッセもブロックしやがって。電話もでねえしよぉ」

「着拒しましたからね」

「いい加減にしろよクソガキ!」


 イライラしながら叫ぶ田村。


 というか、もしかして……


「二人って姉妹!?」


 いわれてみれば、二人とも青い目だし、同系統の顔をしている。サイズと雰囲気が全然違うけど。


 ようやく田村が私に気づいた。


「あぁ?高橋じゃねえか。なんで潮と一緒にいるんだ?」


 威圧的に問い詰められた。


「うちの妹に変なことしてねえだろうなァ!?」

「してねーよ!!」


 むしろされた方だよ。運命的な告白ってやつを。


 責められた私を庇おうと姫が前に飛び出す。


「大丈夫です!彼女はボクの運命の人ですから!」

「余計こじれそうなこと言わないでくれる!?」


 そんなんで納得するわけないだろ。また、バカにされそう。


「なるほど。潮になつかれて、つきまとわれたってわけか」


 納得された!?


「こういうこと、たまにあるんだよ。高橋、お前災難だったな」


 ちょっとだけ胸がチクリとした。たまにあるんだ。別に私だけが特別なわけじゃないんだ……いやいやいやだからどうだっていうんだ。出会ったばかりの関係に執着するなんて。


「はぁ……高橋。潮と仲良しなら説得してくれないか。学童に行くようにって」


 田村はため息をついた後、要望を伝える。


「行きたがらないんだよ。前に、こいつをいじめてた上級生が、まだいるからかもだけど」


 姫がうつむき、顔をクシャッとさせる。すごく屈辱的だろうな。いじめのことを話されるなんて。


 私も、小学生の頃に通ってた塾で、とあるグループから嫌がらせをうけていた。でも、親にも学校の友達にも相談できなかった。心配をかけたくなかったからじゃない。恥ずかしかったからだ。いじめられるような弱い人間だと思われたくなかった。結局、連中のSNSからいじめがバレて話し合いになったけどさ。


「去年、あちらの保護者と一緒に話し合いをして、解決したから、大丈夫なはずなんだけど」


 多分それ解決してないよ。根拠は姫の様子と私の経験談だ。


 ああ、嫌な気分だ。


「本人が逃げるほど嫌がってんなら、無理して行かせなくてもよくない?それか、別の学童に変えるとか」


 私は反論する。


「七時までやってる学童が今行ってるとこしか無いんだよ。叔母さん……私達の保護者が七時ギリギリにしか迎えにいけないからさ」


 田村が苦虫を噛み潰したような顔で応えた。それに、と、吐き捨てるように説明を続ける。


「子どもを一人にすると小学校から怒られんだよ。世の中物騒だからな」


 一方姫は、すがるような目でこちらを見つめてくる。自分の味方をしてほしそうだ。なんて言おうか迷っていると、田村に頭を下げられた。


「頼む。なんとか高橋から説得してくれ。このままだと、私がこいつの面倒をみなきゃいけなくなって、放課後に入ってる演劇のレッスンをやめることになる。それだけは嫌だ!」

「あ……」


 田村空は芸能活動をしている。新城を筆頭にクラスメイトの口から幾度も聞いた。


 この前のホームルームの時。新城の提案で、田村が出演した地方局制作のホラードラマを観ることになった。その時は、「田村、普通にちゃんとした演技してるじゃん」という感想しか抱かなかったけど。そりゃあ「普通にちゃんとした演技」になるまで、相当な努力をしてるよな。


 人が真剣に取り組んでいることを邪魔するのは嫌だな。でも、姫を見捨てるのも嫌だ。


 こうなったら……


「私がひ……潮の面倒をみるよ!」


 ハッキリとした声で提案する。


「毎日、放課後、7時まで潮と一緒にいればいいんだろ?」

「は!?」

「!?」


 姫が目を輝かせる。パァッと周りの風景まで明るくなった気がした。


 そのまま勢いよく抱きつかれる。


唯都いとさんっ!!大好きです!!」

「わぁっ!?」


 ジャスミンティーのようないい香りがする。なんだか好きな匂いだ。


「お前らマジで仲がいいんだな……いつのまに……?」 


 田村だけ、一人困惑している。そりゃそうだよな。私もよくわからないよ。


 でも、姫と一緒にいるのは嫌じゃない。デートもする予定だった。だから、これが最善策だろう。


「てことで、妹さんを私に預けてくれ」

「うーん……」

「レッスンに通えるなら、田村はそれでいいんだろ?」

「まあ……うん……いっか。高橋はヤンキーとかじゃないし。何考えてるかわからないヤツだけど」


 そんな風に思われてたんだ。自分では、好き嫌いがハッキリしていて、わかりやすい性格だと思うんだけど。


 田村は渋々頷いた。


「じゃあ、妹を頼む。……でも、叔母さんになんて言えばいいんだ」

「期末で学年一位をとった女子が世話をしてくれるって言えば?大人って、頭の良い子=良い子だと思い込んでるからさ」


 学年一位は本当のことだし。


「お前、ちょっとヤなヤツだな」

「嫌なのは学歴主義の大人どもだよ」


 私は中学受験に失敗して、親との関係がこじれたからな。そこらへんの嫌悪感がかなり強い。


 お姉さん同士で相談している間、小さな姫は私の周りをぴょこぴょことまわったり、嬉しそうに体をスリスリしてくる。大人びたことを言う子だけど、こういうところは子どもっぽいんだな。


 こうして、私達の毎日デートがはじまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る