第1話『出会い①』
1
再婚を渋々承諾した。途端に、義母が私を邪険に扱う。
親父に中学受験を強制された。全校落ちた。
県外への引っ越しを受け入れた。転校が原因で彼女に振られた。
嫌なことを受け入れた結果、あらゆる「最悪」を味わってきた。これが、私、高橋
もう二度とあんな思いはしたくない。私はこれまでの経験をもとに、絶対的なポリシーを打ち立てることにした。
『嫌なことは拒絶する』
2
市立I中学校。私が今通っている学校だ。
女子制服が、県内人気ナンバーワンだ。と、クラスの女子達が自慢気に話し、隣の中学の悪口で盛り上がっているのを聞いたことがある。
I中学の女子制服は、黒線と白線のチェックが入った青いフレアスカート、クリーム色のブレザー、胸元には大きな青いリボン、というデザインで、確かにガーリーでかわいい。ちなみに、男子はクリーム色の学ランだ。公立とは思えない派手さ。
白白白白白白白白白白。学校中に白色の群れがうごめくなか、黒いカラスが一羽。
私だ。
「高橋さん。まだ制服届かないの?」
昼休み、階段の踊り場で生徒指導の先生に呼び止められた。心配と億劫な感情が入り混じった顔で、見つめられる。
言いたいことはわかる。転入してから一ヶ月経つとなると、さすがに見逃してくれないか。
私はまだ、前の学校の制服を着ている。黒一色のジャンパースカートと中に白いワイシャツだけを着た私は、この学校で浮いているみたい。
「ごめんなさい。先生」
怒られないように、極めて丁寧に申しあげる。
「お金が無くて、新しい制服が買えないんです」
大嘘だ。
だって、あんなラブリーな服は絶対に着たくない。特にあの大きなリボンが、子どもっぽくて嫌だ。まだ学ランの方がマシだが、「学ランを着たい」と言ったら、話がこじれそうで、それも嫌だ。
嫌なことは拒絶する。これが私のポリシー。
私の話(嘘)を聞いた先生は、「親御さんと相談して」とかなんとか言っている。先生から親に連絡する気はなさそうだ。よかった。
先生は立ち去ったが、また面倒事が発生。背後から、私を嘲笑する声が聞こえてくる。
「貧乏なんだって。かわいそ〜」
クラスの中心的人物、
「あんなダサい制服、私だったら死んでも着たくなぁい」
無視。今のところ、悪口を言われるだけで、害は無いから放っておく。悪口に関しては、今まで、塾や家庭で言われまくってきたから、嫌と思わなくなった。
私が入れられたクラスは、誰か一人をスケープゴートにすることで、群れを統率するタイプだった。標的を決めるのは新城達のグループで、転校生の私がなんとなくで選ばれたわけだが。私も独裁政治をするクラスなんて嫌いだから、クラスメイトを避けて過ごしている。
さっさとこの場を抜け出したかったのに、新城の後ろにいた田村が声をかけてきた。
「おい、高橋。手ェだしな」
切れ長の目の美人で、背が高いから威圧感がある。
「これやるよ」
渡されたのは、ポケットティッシュだった。使用された痕跡はない。ティッシュを包むビニールの中には塾の広告チラシが入っている。
「なんかの足しにしてくれ」
は?
背後から、新城一味が笑いをこらえる音が聞こえてくる。「空サイコー」とかヒソヒソ言ってる。
あ。バカにされた?貧乏(嘘だけど)をバカにしたな??田村はまだマトモな方だと思ってたのに。
田村空。クラス……いや、おそらく学校一整った顔をしている。新城一味のアクセサリー的存在。芸能活動をしていて、今はローカルバラエティ番組のMCをしているとか、新城達がもてはやしていた。170cm近い身長、細身でスタイルが良い、なにより目立つのは色素の薄い茶髪に青い目。
英語の授業中に、「英語苦手なんだよ。この見た目でな」と言って笑いをとっていた。自虐をしないとやっていけないなんて、目立つヤツは大変だな……と同情してたのに。
もうお前も嫌いだ。
「ありがと」
皮肉たっぷりにお礼を言って、早足で階段を降りる。行く先なんてないけれど。
3
放課後。図書室に寄る。借りていた本を返し、続きを借りる。
借りるのはライトノベルばかりだ。一般の小説は、中学受験対策で色々読まされたせいで、読むと嫌なことを思い出す。
そもそも読書もそこまで好きじゃない。ハブられた当初は、教室で寝たふりをしていたが、暇で嫌になったから、読書に切り替えた。それだけだ。
演劇部の発声練習の声が聞こえる。あ・え・い・う・え・お・あ・お。中庭を通って、裏門から帰るところで、外周中の運動部とすれ違った。
私は集団行動が嫌いで、万年帰宅部だ。今、励んでいるみんなは、好きで部活動をやっているのだろうか。そういえば、新城もソフトテニス部の一年エースらしいし、田村も芸能活動に打ち込んでいる。
ポリシーを決めて以来、嫌いなものを避けてきた。でも、私の心は晴れないままだ。それは多分、私に好きなものがないせいだろう。
かつて何かに夢中になった記憶も無い。いや、元カノのことは好きだったが、今はなんの感情もない。思い返すと、あれは、好かれたことが嬉しかっただけなのかもしれない。だから未だに、自分がレズビアンなのかバイセクシャルなのか何なのかさえもわからない。
遠くから聞こえてくる吹奏楽部の拙い音色を聞き流しながら、ただゆっくり足を前に出すだけの私。
虚しさをぼんやりと抱きながら帰路を辿る。そして、小学校の近くを通りかかった時……
「返してください!」
女の子の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
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