第5話 ミラの思惑

そもそも、私は彼を知っていた。

リーン・エリアス。

私と同じ学校に通う高校生。

年齢は16歳。家族構成は妹が一人、両親は居ない。


背は高く、体格はガッチリとしていて筋肉質。少し赤みがかった黒髪で、ちょっと珍しい色。顔付きは少し無口な感じだけど、なにも悪いって訳じゃない。いや、むしろ良いのかも。そのシリアスさが堪らないって、受付嬢の間じゃ密かにファンクラブが出来ているほど。...まあ、私は別に興味ないけどね!


最近ギルドから期待されている新人らしく、その剣技は目を見張るものがあるって。

高等部1年にして既に冒険者ライセンスを持ち、新人にしては前例のない、幾つもの実績を打ち立てた。

そんな将来有望な冒険者だけれど、粗暴がちな冒険者にしては少し異常らしい。酒も女遊びもしない、武具に金をかけるわけでも無い。その稼いだ金はどこへ消えていくのか?...だれも知らない。


だけど、私だけは知っている。彼が病弱な妹のために、また事件の犯人を追うために必死に生きていることを。


彼らの両親は人間と魔族で、種族の違いなど物ともせず垣根を越えて愛し合っていた。そんな中、リーンたち兄妹は半人半魔のハーフとして生を受けた。

言っておくけど、別に魔族なんてのは今時普通だ。


確かに数十年前は隣国の魔族と争っていた時期もあるし、魔族に対する差別も横行していた。

それでも近年の宥和政策によって魔族との交流がはかられ、国内では多文化も進んだ。

今では魔族の芸術家や歌姫なんかも人気だったりする。

そんな世の中だから、彼ら家族は貧しいながらも仲睦まじく平和に生活を送っていた。


...でも5年前のある日、言い知れぬほどの凄惨な事件が起こった。

ヒトの純粋種以外は人と認めない過激派集団、『異人種討滅同盟デモン・アナイアレイト』が彼らを襲ったの。


ほかの人類至上主義者ヒューマン・スプレマシストの団体と異なり、奴らは秘密裏に活動し政治目的を達成している。

時には政敵を抹殺し、時には裏ビジネスで資金を得る。

実は市井の臣しせいのしんは気づかないうちに、奴らが運営する企業カンパニーを利用していることも多い。

当然、公安は要注意団体としてマークしているが、イタチごっことなっているのが現状。

昔から強硬派で恐れられていた異人種討滅同盟デモン・アナイアレイト、最近は慎重で大人しかった、はずなのだけれど...。

時の総理が宥和政策の延長線上で、魔族に対する大規模な資金援助を決めたことをきっかけに、それが起こった。


これまでにない国の宥和政策に奴らは反発した。魔族に対する見せしめと、隣国との関係悪化を目的に、国内に住む魔族を手当たり次第に襲ったのだ。

当然、事件を受けて軍や自警団はパトロールを強化し、次第に魔族の平和は守られ始めたのだけど...。

たまたま、そう、本当にたまたま、奴らが雇っていたという有力な傭兵によってリーンたち家族が狙われたのだ。

別に誰でもよかった。偶然彼らが襲われただけ。彼らにとってみれば『事故』と言いかえてもいいかもしれない。


そも、魔族というのは生来、特別なちからを持つ。

代々遺伝していくその力は、一族に安寧をもたらすと云われる。

魔族の特徴的な魔眼やヒトとは変質化した肉体など、能力はさまざま。

有力な魔族であれば複数の能力を併せ持つこともある。

傭兵たちは、そんな魔族の生体素材を求めて、これ幸いに魔族狩りを行っていた。

『金を貰いながら魔族狩りができるなんて一石二鳥』だなんて粗末な考えで。


リーンたち兄妹はハーフだったが、妹エレナは特に遺伝の形質が強く、傭兵たちの目についた。両親はすでに殺され、まだ10歳ばかりのエレナを守るために、リーンは奮戦していたが...。

騒ぎを聞きつけた自警団が到着した時には、既にもう...


その後、自警団に保護され、警察の事情聴取を受けたリーンはこう語ったという。

『黒い男だ、あいつが両親とエレナをやったんだ!』

『ゆるさない!ぜったいに許さない!殺してやる...!』


これらは全て、とある目的のために、スカーレット家の諜報員を使って調べ上げたもの。

...おそらく彼は、この事件のことを学校の誰にも話していないはずだ。


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たまたま今期取っていた魔法概論Iで、偶然彼が前に座っていた。...これは運命か?


適当な理由をつけて私は彼を殴りつけた。

自分で言うのもなんだけど、これって、正直人としてどうかと思う。


なにも、私は前が見えないからって、いきなり見ず知らずの人に無礼をするほど浅い女じゃない。

てか普通、反応ないからって殴りかかる?あまつさえ下僕に成れだって?ふっ、とんだ変態じゃない、異常よ。


それでも、そんなことをした理由はある。

アイツに、冒険者リーンに、助けて欲しいからだ。

...愛する弟を。

そのためには、強烈なインパクトを与える必要がある。...普通、初対面の人間を利害なく助けるほど冒険者ってのは暇じゃない。

恥知らずで無礼な女だって思われてもいい。アイツに関わるきっかけさえあれば。

...弟が助かりさえすれば。


__________________________________________________



「悪いが、他を当たってはくれないか」

いきなり下僕だなんて言われて、承諾するヤツなんてそうは居ないだろう。

例にも漏れず、俺は即答で断った。


「あら、断る気?」

「意味がわからないし、付き合ってられるか。俺にはやるべきことがある」

例の転校生の件もあるし、そもそも何が目的なのか?面倒事の匂いがプンプンする。


「やるべきこと?それって...。

...どうやら時間切れのようね。」

本鈴ギリギリになって、魔法概論Iの担当講師がやってきた。

生徒達のガヤガヤという音ともに、講師の着席を促す声が聞こえた。


「一つ忠告してあげる。今ここで断るのなら、あなたは今後泣いて縋りつくようになるわ。『ミラ様、私めを奴隷にして下さい』ってね。」


そういって、以降、ミラは用はないとばかりに席に座った。


なんなんだ、こいつは...

まあ、不運な事故にでも遭ったと思って忘れるか。

金輪際関わらなければ良いだけだしな。


そんな感じで気を取り直して、俺はテキストを眺めた。



____________________


関わらなければ良い。

そう思っていたんだが、結果的に見れば、早くも崩れ去ることになる。


今日の授業内容はこうだ。

『二人一組で初級魔法の実技演習』


「本日ですが、みなさんの魔法の理解度試しますっ。仲良しさんで二人組組んで下さいね〜」


ゆるふわ講師の残酷な宣言が響き渡った。

人によっては卒倒ものだろう。

...まあ俺は馴染みのやつがいるから問題ないが。


席を立って、適当に辺りを見回す。目星をつけていた連れと目が合い、アイコンタクトを取る。

そして俺が移動しようとすると...


「あの、」

「...あん?」

「あの、もしかして、空いてたりしない...?」


ミラは恥ずかしそうに頬を赤らめて、指を両手で絡めながらこういった。


「悪いのだけれど、わたしと組んでくれない?」


羞恥心を湛えた顔で、子犬のような目で、少し、涙目で。


...いや、縋り付いてんのはお前じゃねえか!


俺の心の中のツッコミが響き渡った。






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