第4話 ミラ・スカーレット

俺が通っている『ウルムガルト国立学校』は生徒数約2千人を擁するマンモス校である。

冒険者という職業訓練校の位置付けだが、初等部から大学院まで一貫、企業と提携した研究施設もある。そのため様々な人種、年齢の者が通っており、一種の坩堝るつぼのようだ。

敷地面積はかなり広い。5階建ての校舎が幾つもそびえ立ち、各種セレモニーや高名な魔法師をお招きする際に使用する大講堂、魔法や剣術の訓練場、はては自然豊かな山や湖、洞窟なんてものもある。

およそ冒険者になるのに欠かせない要素が全て詰まっている。才能あるものには機会を与える、そんな学校だ。


まあ、そういうわけで、ひとたび教室移動するにも一苦労なんだが...


ーー第2校舎 3階 A教室(2-3-A)ーー


「...遅すぎて前の方しか空いてないか」

一応まだ10分はあるはずなんだが...。

俺がこの講義でよく座っていた窓側の席は既に埋まっていた。

もとより、今日はいつもより生徒が多いようだ。

残念ながら教卓の前の、前後2席分しか空いていない。

例の転校生ってわけじゃないが、おとなしく最前列に座る。

たまにはこういうのも良いだろう。

それに俺は勉強が嫌いじゃない。


.....。

魔法概論Iで使用するテキストをペラペラとめくる。

学術書というのは良い。偉人、先人たちが生涯かけて成し遂げたことを、書物を通して学ぶことができる。

それは言わば、彼らの人生をなぞり、追体験することと同義だ。


「ねえ、ちょっとアンタ」


『スパーク』『フレア』『ウォーター』。

人類が初めて発見した魔法だ。

彼らはこの発見をしてどう思ったのだろうか。

嬉しかったのか?誇らしかったのか?はたまた、天才すぎて何も感じなかったのか?

もしかすると、自らが発見した魔法が戦争に使われて、憎らしかったのかもしれない。

...いずれにせよ、彼らの軌跡があるから、我々は今を生きている。


「ちょっとってば。もしかして聞こえてないの?」


...魔法。それは自然の理を書き換える、神秘的なもの。いや、少し語弊があるか。魔法もまた、一つの自然だ。

自己に内包する魔素内なる魔素を媒介とし、この世界に満ちている魔素外なる魔素に働きかける。さすれば魔法が発現する。


「おーい。もしもーし」


ただ、一口に言えるものでもなく、魔法を発現させるには非常に高度なスキルが求められる。それもそのはず、物理法則に干渉するなど、並大抵なことではないからだ。


まず内なる魔素を励起状態にし、外なる魔素と程よく調和させる。共鳴状態だ。この状態ならば、ある程度の性質と指向性を持たせて外なる魔素に伝達できる。また、一部例外を除いて、伝達できる情報量魔法の強度は内なる魔素の内包量によるため個人差が出る。それはすなわち才能の差といっていい。

内なる魔素は成長期に比例的に増加し、以降は鈍化する。自分で身長を伸ばせられないのと同じように、内なる魔素もまた努力ではどうにもならず、遺伝的な要素が強い。ある想像を絶する方法を除いては。


その方法とは何かというとーーー


「おーい!.....ボーっとしてんじゃないわよ!」


バチコンっ!

「痛ってぇぇぇぇぇ!」


い、いきなり殴られた!

痛みに耐えつつ振り返ると、勝ち気そうな顔をした、紅髪の女が立っていた。

なんだこいつは!


「なんだよいきなり!」

「いきなりじゃないわよ。さっきからずっと声かけてたじゃない。アンタ、全然気づいてなかったけど?」

「いや、それは悪かったけど...。でも俺ら初対面だろ?普通殴らないって」

「アンタが鈍いんだからしょうがないじゃない。

...てかそんなことより、アンタ、席、ゆずりなさい?」

「はあ?なんでまた」

「そこ、いつも、空席だった。今日、アンタ、来た。しかも、図体、デカい。お分かり?アンタのせいで前が見えないのよ」

そういって、こいつは高飛車なふうに指をビシッと指してきた。

「あ~、そういうこと...」

「分かればいいのよ。ふふん」

おとなしく席を譲ってやると、我が物顔で偉そうにドカッと椅子に座った。

こいつ...!

...まあ、いいか。

俺もすごすご席に着くと、豊かな紅髪をたなびかせながら、徐ろに振り返ってこう言ってきた。


「そういえば、アンタ。アンタってもしかして冒険者?ギルドのライセンス取ってたりする?」

「確かにライセンスは取ってるが...。それにさっきからアンタアンタって、俺にはリーン・エリアスって名前があんだよ」

「あら、ごめんなさい、失礼したわ。それにしてもリーン...ね。アンタってもしかして、最近ギルドから期待されてるっていうあのリーン?」

「どのリーンかは知らないが、所属してるギルドじゃ俺以外そんな名前のやつは居ないな。多分俺のことなんだろう」

「ふふっ。やっぱりそうなのね。じゃあリーン。一つ席を譲ってくれたご褒美をやるわ。アンタ、私の下僕になりなさい?」

「はあっ、下僕!?...まったく意味が分かんねえよ。それにさっきから、いったいお前は何なんだよ!?」

「わたし?私はミラ・スカーレット。貴族よ」

そういって、ミラは優雅にお辞儀カテーシーをした。...勝ち誇った笑みとともに。


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