29 衝動
よく眠れた。いや、寝すぎた。朝十時だ。まずはタバコを吸いにリビングに行ったのだが、本数が残り少ないことに気付いた。コンビニでしれっと買えるだろうか。それが心配だった。
寝室に入ると、兄が横たわり、膝を抱えて震えているのが見えた。
「ケイちゃんおはよう。大丈夫?」
俺がベッドに座ると、兄はゆっくりと身体の向きを変えて、そろそろと動き、俺の太ももの上に頭を乗せた。
「酷い……酷いよカナ……僕を一人にするなんて……」
「大げさだなぁ。たった一晩でしょ」
「昨日、父さんが来たんだよ……散々責められた……」
ポン、ポン、と兄の頭を撫でた。
「ケイちゃんの妄想だよ、全部」
「それでもカナに側に居てほしかった……オムツだってパンパンだし……」
「あっ、ごめん。替えるよ」
オムツを交換して、俺は部屋を出ようとした。
「待ってカナ! どこ行くの!」
「えっ、コンビニ。今からだと……朝昼ごはん?」
「家にあるもの食べればいい。外に行かないで!」
「でもタバコが切れそうなんだ」
「カナ……!」
兄が手首を掴んできたので振り払った。そのはずみで兄の顔面に裏拳が入ってしまった。まあ丁度いい。
「うっ……」
「すぐ帰ってくるから」
俺はタバコの箱を持っていった。今まで意識していなかったが、吸っていたのはキャメルというらしい。
コンビニでまずはカツ丼と親子丼をカゴに入れ、レジに並んでいる間にキャメルを探した。八十五番だった。
番号を言うと、若い男の店員はあっさりと箱を取ってきてくれた。「二十歳以上です」というパネルの表示を、まるで習慣になっているかのように素早く押した。
「ケイちゃんただいま。カツ丼と親子丼、どっちがいい?」
「どっちでもいい……」
「じゃあ俺カツ丼ね」
先に親子丼をレンジで温め、朝の薬と一緒にテーブルに置いた。兄が食べ始めたのを確認してから寝室を出た。
カツ丼を食べ終えて一服。これがないと物足りなくなった。しばらく椅子に座ってのんびりしていたのだが、寝室の方が騒がしくなった。
「カナっ! カナっ!」
渋々様子を見に行くと、兄は俺を睨みつけた。
「食べ終わったでしょう? こっち来てよ!」
「何か用だった?」
「用事はないけど……ここに居てよ!」
「仕方ないなぁ」
俺がベッドに入ると、兄はがっしりとしがみついてきた。
「今日はもうどこにも行かないで」
「夕飯、どうしよう」
「カップ麺とかでいい。とにかくカナはここにいて」
兄の背中をさすり、目を閉じた。しばらくすると、俺を掴んでいた兄の力が抜け、眠ったのだとわかった。
暇をもて余すことなら得意になってしまった俺だ。デッサンをするかのように、兄の顔の輪郭を目でなぞった。うっすらとだがヒゲが生えていて、そこに軽く触れた。
兄の身体の傷跡も一つ一つ確かめた。古いものは白くなっていて、その上に新しいものが重ねられていた。
タバコを吸うくらいは別にいいだろう、とベッドを出た。寝室の床に寝そべっていたクロマルも着いてきた。ネコに副流煙は身体に悪そうだが多少なら大丈夫か。
――あれ? クロマルって、いつからうちにいたっけ?
一緒に過ごすのが当然になっていた。父が動物が嫌いだったから……死んでから? でも、一体どういう経緯でうちにやってきたのだろう。
クロマルは、椅子に座ってタバコを吸う俺の足元にまとわりついてきた。すり、すり。身体をこすりつけられた。
そんな可愛らしいことをされているうちに、細かいことはどうでもよくなってきた。それより兄がまた暴れると面倒だ。タバコの火を消してベッドに戻った。
夕方頃から雨が降り始めた。こんな天気の日はしっとりした曲が合うのではないかと思った俺は、ピアノ曲のプレイリストをスマートスピーカーに流してもらった。気分が乗ってきたところで兄が目覚めた。
「カナ……音楽うるさい……消して……」
「ええ? いい雰囲気じゃない」
「今は何も……聞きたくない……」
渋々消した。
「ケイちゃん、そろそろ何か食べる?」
「うん……」
俺はカップ麺にお湯を入れて持ってきた。スマートスピーカーはタイマーもしてくれるので便利だ。兄と横並びに座って一緒に食べた。俺は言った。
「明日買い出し行ってくるね。食べたいものある?」
「今は胃に入れば何でもいい」
「あれかな……野菜足りてないかな。うん。野菜にしよう」
兄がきちんと薬を飲むのを見届けて、俺は一旦タバコを吸い、それから兄に排泄させた。
「ケイちゃん、お風呂入ろうか」
「しんどい……」
「俺が洗ってあげる。ヒゲも剃らなきゃ。ねっ?」
バスタブにお湯を入れ、兄の足かせを外し、手を引いて連れて行った。他人のヒゲを剃るというのはけっこう難しい。うっかり切らないよう慎重にやった。身体はズタボロだけど顔は綺麗でいてほしいから。
兄を後ろから抱きしめるいつもの形で湯につかった。兄はだらりと体重を俺に預けてきていた。
「最近してないよね……今日はしよう?」
そう言って兄の突起に指をひっかけた。
「もう、やめよう……弟に欲情してた僕がどうにかしてた」
俺はギリリ、と奥歯を噛み締めた。
「……今さら何言ってるの? ケイちゃんがやってたことって虐待だよね。俺の無知につけ込んでさ。責任取りなよ」
強くつまんで動かした。
「痛いよ……」
「俺の性癖ねじ曲げたのはケイちゃんじゃないか」
「カナは弟だけど……僕が育てたようなもんなんだよ……」
「父親ヅラするわけ? そんな資格ケイちゃんにはないね」
首筋に歯を立てた。
「痛っ……!」
くっきりと俺の歯型が兄の白い肌に浮かび、俺はそこをなぞった。
「俺が普通の恋愛できなくなったようにさ……ケイちゃんだってそうじゃない……仮に相手ができたとして、俺とする時より満足できると思う……?」
「ごめん、ごめんなさい、カナ」
「それと……あれはショックだったよ。俺のこと玩具って言ったでしょ。今度はケイちゃんが玩具になりなよ。大事に遊んであげるから」
「ごめん、ごめん……」
同じことしか言わなくなって、面白くない。俺は他のセリフを吐かせようと兄の好きなところをいじくった。宣言通り大事に遊ぶのだ。
ほぐれてきたところで風呂場を出て、髪を乾かすのもそこそこにベッドにもつれ込んだ。兄はどこまでも受け身で、反応も鈍いから、俺もイライラしてきた。
「もう……触ってほしいところあったらちゃんと言ってよ。ケイちゃんが俺にそう教えたんでしょう?」
「うっ……ううっ……」
「俺は無理やりが好きなわけじゃないんだよ? ほら……気持ちよくさせてあげるからさ……」
しつこく攻めていると、ようやく兄も感じるようになってくれたようで、たどたどしくはあったが、言葉で伝えてくれた。
その通りに俺は動き、兄の表情を確かめた。頬は赤く染まり、だらしなく開いた口元からは唾液がこぼれていたので舌で舐め取った。
こうなってしまえば血縁がどうとかはもはや関係ない。俺たちは熱を持った肉体を持つただの哺乳類で、衝動をぶつけ合って散らすことでしか収まらないのだ。
兄もすっかり愉悦にひたりきってくれたことだろう、と思ったのに、終わるとこう言われた。
「カナなんか嫌いだ……大嫌いだ……」
「……あんなに大きい声出してよがってたくせに? そんなこと言うなら今日も一人で寝なよ」
「ご、ごめん、側に居て、置いていかないで」
寝る前の薬を飲ませ、兄に腕枕をした。そうするとすぐに寝付くのだが、やっぱり夜中にうなされて。もっと強い薬を出してもらわないといけないかもしれない。
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