20 口枷
昨夜は兄が先に眠ってしまい、俺もその背中にぺったりとくっついて夜を過ごした。
目を開けると兄の顔が間近にあった。かすかに酒の香りが残っていた。色々と要望はあったが、起こすのも可哀想だったのでじっと待った。
「カナ……おはよ……」
「おはよう、ケイちゃん。その……したいんだけど」
「ああ……ちょっと待ってて」
兄に排泄物を片付けられることには慣れない。慣れてはいけないな、とも思う。俺は幼児でもペットでもないのだから。
「朝ご飯持ってくるよ」
兄は珍しくトーストを持ってきた。塗られているのはバターとハチミツだった。
「ん……美味しい」
「十時くらいになったら買い物行ってくるね。欲しいものある?」
「あのさ、音楽聴きたいんだけど」
「いいよ。あっ、ドライシャンプー買ってたんだった。髪洗ってあげる」
スプレーを吹き付けられ、わしゃわしゃと地肌をこすられた。
「まあ……これじゃ完全に汚れ落ちないらしいし。カナがもう少しいい子にしてたらお風呂くらいは入れてあげる」
「わかった……」
さて……また暇だ。兄のことだから、本当にあの買い物リストを制覇するつもりなのだろう。完全に俺の生活をこの部屋で固定させる気でいるらしい。
しかし、まだ取り返しはつく。今のところ、水曜と木曜の講義に行けなかっただけ。そろそろテスト範囲やレポート内容の発表が始まるはずだ。それに間に合えばいい。
昼過ぎに帰ってきた兄は、何度か車と往復して荷物を運び込んできた。
「キャスター付きのテーブル買ってきたんだ。後で組み立てる。とりあえずお昼にしよう。たこ焼きね」
「うん、ありがとう」
ベッドのふちに座り、兄と並んで食べた。ゴミを片付けると、兄は段ボール箱を開けて説明書と格闘し始めたので、あえてこの時だと思って話しかけた。
「ねえ……ケイちゃん。父さんいないし、家計も大変になるじゃない? 俺、四年間キッチリ勉強していいとこ就職するよ。家事だって頑張るし。正直、今の生活続けていくのケイちゃんだって大変でしょう?」
兄は小さなビニール袋を開け、ネジのようなものを取り出した。
「もう、大丈夫だってば。カナの面倒なら僕が小学生の頃からみてきたんだからね。その時に戻っただけ」
「ケイちゃんが風邪ひいた時とか何もできないじゃない。そんなの嫌だ」
「そういえば、カナが保育園で色んな病気もらってきて僕にもうつったな。それでも食事出さないと父さんに殴られるから必死だったっけ」
まずい。話が暗い方向に向かいつつある。軌道修正しないと。
「と、ともかくさ。俺を閉じ込めておいてもいいことないよ。俺もう十八歳だよ。大抵のことはできる。ケイちゃんの力になる。ねっ?」
兄はまだ組まれていないテーブルの脚を持って立ち上がった。
「生意気なこと言わないで」
「ひっ……!」
おそらくスチール製だろう。テーブルの脚を太ももに振り下ろされてしまった。
「痛っ……!」
「しばらく黙っててくれる? 違うな。黙らせるか」
兄は一旦二階へ上がった。そして、手錠と、ベルトに丸いボールがついたものを持ってきた。
「な、何それ」
「組み立てが終わったら外してあげる」
まず後ろ手に手錠をされた。その後ボールを口にかまされた。ベルトで固定され、口は開けっ放しの状態だ。
「んんっ……んっ……」
唾液を止めることができない。ポタリ、ポタリとシーツの上にこぼしてしまった。兄は説明書に目を落とした。
「やっぱり海外製はわかりにくいなぁ。まあ、安かったからそんなもんか……」
太ももは赤く腫れ上がっており、確実にアザが残る。一度で済んだのでまだよかったのかもしれない。
それにしても……手錠、口にさせられた謎の器具、一昨日突っ込まれた物。こんな物騒な物、いつどこで調達していたのだろうか。
父に見つかるまで、軽くロープで縛られたことはあれど、ここまでのことはされなかった。そういえば、変なものも着せられたんだった。あれで父もいよいよ怒ったんじゃないだろうか。
「よし、でーきた!」
兄は自慢げにテーブルを俺の前にコロコロと動かした。少し高いが、ベッドに座って食事をするのは何とかなりそうだ。これで外してくれるはず、と思いきや、兄は別の箱を開封した。
「コンセントどこだっけ……あった。初期設定しないとな……」
丸くて小さいスマートスピーカーだ。確かに音楽は聴きたいと言ったから嬉しいのだが、早くこちらを外して欲しい。シーツはもうぐしょぐしょだ。
兄はスマホを操作し、スマートスピーカーに呼びかけ、あれこれ試していた。俺に色々つけていることは忘れていないだろうか。そろそろ抗議しよう、と俺は唸り声をあげた。
「んー! んんーっ!」
「あ……そのままだったっけ。もうすぐ終わるから」
ベルトを外され、ようやく口を閉じられるようになった。ティッシュで口元を拭いてもらった。次の作戦だ。
「ねえ、ケイちゃん……あれからしてないよね。脱いでよ……」
兄の唇を指でつうっとなぞった。すると手首を掴まれた。
「今は疲れてるからそんな気にならないよ。襲われるのも嫌だし自分の部屋で寝てくる」
「そ、そっか」
身体で訴えてうやむやにしてしまおうと思ったのだが、タイミングを誤ったらしい。取り残された俺は、スマートスピーカーを使ってみることにした。声だけで操作できるから確かに便利だ。
音楽はいい。たちまち時間が過ぎる。バンド名で再生してもらったから、新旧様々な曲がシャッフルで流れた。その全てを把握しているのだから俺もなかなかのものだ。
「カナ。夕飯できた」
今夜は親子丼だった。卵は半熟。ダシたっぷり。鳥のヒナみたいに食べさせられるのが何だか皮肉である。完食すると、兄は平坦な声で言った。
「さっ、出しちゃって。その後身体拭くから。歯磨きもしないとね」
「うん……」
多分機嫌はそこまでよくない。誘おうとしたのがダメだったか。そして、一通りのことをされた後、また俺は異物を突っ込まれたのである。
「ふぅっ……ふっ……」
ぬちゃり、ぬちゃりと動かされ、やはり辛抱できない。
「人間、やろうと思えば拳も突っ込めるんだからさぁ……まあ、そこまではしないけど。頑張りなよ」
こんなことをして何が楽しいんだろう。兄にとっての俺は、玩具にしか過ぎないというのか。俺からありとあらゆるものを取り上げて。
でも……兄の子供時代を奪ったのは俺だ。父の愛情も一人占めした。無自覚だったとはいえ、罪悪感はぬぐえない。これに耐えることで、兄の慰めになるのなら。
「ケイちゃん……もっとしていいよ……」
「ふぅん、余裕出てきたんだ」
一気に奥を突かれて、俺は声にならない叫びをあげた。不自然に大きく息を吸い込んでしまったので、肺が潰れそうだ。
「まっ、このくらいでいいか。する方も疲れるんだよ」
俺は仰向けにされてオムツをはかされた。
「ケイちゃん、お願い、ぎゅーして……」
「はいはい、よく頑張ったね。明日はたっぷりしようか」
兄の体温に埋もれていると、どんなに酷いことをされた後でも、愛しい気持ちだけが込み上がってきた。
「好き。大好き。俺、一生ケイちゃんのことだけ見てる」
「当然でしょ。カナは僕の弟なんだから」
背徳感ならしつこく残っていた。けれど、どうすることもできない。俺の身体は強く兄を欲していた。
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