13 追憶
「新しい父さんだよ、って紹介されたのは僕が五歳の時。本当の父親はろくでもなかったから。僕はすぐに懐いたね」
結婚した両親は、今の家に越してきて、束の間だが親子三人での生活が始まった。父が警察官だということは、兄にとっては自慢だったらしく、友人らにも触れ回っていたのだとか。
そして、母は俺を妊娠し、大きく膨らんだお腹を兄に触らせた。
「弟だよ、って言われてさ。複雑だったな。父さんと母さんのこと、取られるんだってわかったから」
俺が産まれてからは慌ただしい日々。父は仕事で忙しく、母は俺の世話につきっきりになった。小学生になっていた兄は、早く大人になろうと決心したとのことだった。
「父さんにはしょっちゅう、お兄ちゃんなんだから、って言われてたな。我慢することは多かったよ。それでも誕生日とクリスマスには玩具をくれた。母さんの癌が発覚するまではね」
見つかった時にはかなり進行していて、手の施しようがなかったようだ。母は入院し、俺は保育園に預けられた。病床の母は、兄を引き寄せ、繰り返し繰り返し、自分の人生を生きるよう説いていたのだという。
「今思えば、父さんがああなること、予感してたのかな、母さんは。それで……亡くなったのは、雪の夜だったよ」
葬儀が終わった日、父は酒を浴びるように飲んだのだという。そして、兄を殴りつけ、家事と俺の世話をしなければ追い出すと言ったのは前にも聞かされたことだった。
兄は痛む身体を引きずるようにして、眠っていた俺にすがりついて泣き、キスをしたのだとか。
母を失ったことを、当時の俺はハッキリとは理解できていなかったようだ。しかし、不安定になったのだろう、夜泣きが始まった。
「父さんは何もしてくれなかった。俺が一人でカナのことあやした。眠れないから、学校でもぼんやりしちゃってね。勉強どころじゃなかったよ」
そして、俺が小学生になり、兄は中学生。憧れていた部活にも入れず、家事に育児に追われた。どうしようもなくくすぶった感情を、俺にぶつけることにしたのは、その頃だったという。
「カナにくわえさせたんだよ。精通ならしてたからね。しごいて飲ませた。覚えてない?」
「うん……わかんない」
「僕と二人だけの秘密だよ、って言ったらカナは嬉しそうにしてた。だからエスカレートした」
父がいない隙を狙って、兄は少しずつ俺に覚えさせていった。
「他の誰かに手をつけられる前に、早くしなきゃって思ってね。それで挿れさせた」
その時のことなら、俺も印象に残っていた。兄にまたがられて、一気に達してしまったのだ。自分がやっていることがセックスだとしっかり知らないままに。
「俺も、それから……のめり込んだ」
「計画は成功だったよ。カナを汚すことができた」
兄は俺の下着に手を入れてきた。
「こっちは仕上がらないままやっちゃったね……でもカナが悪いんだ。せがんでくるから」
「んっ……」
俺は早く、兄を悦ばせたかった。褒めてもらいたかった。認めてもらいたかった。
「父さんにバレた時さ。ざまぁみろって思ったんだ。大事に育ててきた実の息子が、とっくにドロドロになってることを見せつけることができてさ。ああ、あの夜も殴られたよ」
指が入ってきて、かき回された。
「あうっ……」
「カナ……大嫌い。僕だって愛されたかった。一人占めしたかった。子供時代を過ごしたかった」
一気に指を増やされて、俺はたまらず兄の手をおしのけたが、それ以上の力で押さえつけられた。
「ああ……こんな話してたら腹立ってきた。さっさと脱いで」
この身体を差し出すことで、少しでも兄の気が済むのなら、ただそれでいい。俺はそう考えながら、兄を受け入れた。
終わると兄は顔をグシャグシャにして泣いていた。俺が頬に手を伸ばすとはたき落とされた。
「しばらくカナの顔見たくない。あっち行って」
「わかった……」
俺は自分の部屋に戻った。ベッドに寝転び、自分の指の先を見た。物心ついた時には、短く切るよう兄に言われていた。俺はもう、この爪の一片まで兄のものなのだ。
――父さんは死んだ。これからどうするかだ。
兄は確実におかしくなっている。俺を惑わせるための演技だとも思えない。ああして乱暴にされるのは……目論見をぶちまけてしまったからか。
父が起こしているとしか思えない数々の現象も、どうにかする必要がある。ルミに頼んでお祓いとやらを紹介してもらうか。しかし、その過程で真実が知られたなら。この手はまずい。それとも、父と共存するかだ。
ぐるぐると思考を巡らせた。自首する、という方法はもう選択肢になかった。結局、俺も兄と離れたくなかったのだ。俺への行為が純粋な愛情からではなかったのだとわかってもなお。
言葉をまとめた俺は、兄が呼びに来てくれるのを、音楽を聴きながら待った。
「……カナ。ご飯できた」
兄は少し、仏頂面で。まだ機嫌が悪いのかと身構えたが、作ってくれていたのは、俺の大好きなオムライスだった。
「わあっ! やったぁ!」
俺が大げさに喜んでみせると、兄は口元をゆるめた。
「冷めないうちに食べて」
「うん、いただきます!」
中に入っているのはみじん切りのニンジン。そうしなくても、とっくに食べられるようになったというのに。未だにそのレシピでしてくれているのがいじらしい。
「ねえ、ケイちゃん。考えてたんだけど」
「ん……なぁに」
「最近色んなこと起きるけど、もう気にしないことにした。振り返ってみれば、ケイちゃんの言う通り、くだらないよね」
「まあ、そうだね」
「俺はケイちゃんとここで暮らしていきたいから。慣れることにするよ。ケイちゃんの言うこともちゃんと聞く」
それが、俺が下した判断だった。
「そう。それならいいんだよ」
入浴後、タバコがあったが、俺は何も言わなかった。兄は黙ってそれを吸った。これが日常となってしまえば、もうおそれることはない。
兄が吸い終えた後、俺から兄の唇を奪った。
「カナ……」
「今度はケイちゃんにしてあげる。たまには俺に任せてよ」
俺の主導で事を進めるのは初めてだった。兄は嫌がればすぐやめるつもりでいたが、案外大人しく従ってくれて、俺にあられもない姿を晒してくれた。
「いくら嫌われても憎まれても疎まれても、ケイちゃんが好き……」
兄が俺に向ける感情は、実に複雑なものなのだと、言葉と身体でわからされたけど。俺の気持ちは真っ直ぐのままだから。
「死ぬまでケイちゃんと一緒にいる。約束する」
「……裏切ったら、殺すよ」
兄の腰に強く吸い付いて痕をつけた。俺なりの返事のつもりだ。世間に俺たちのことがバレて咎められたとしても、俺は絶対に離れない。
俺が果てた後、兄は俺を抱き寄せ、優しく髪をかきあげてくれた。
「ふふっ……たまにはこういうのもいいね、カナ」
「気持ちよかった?」
「うん。今日はよく眠れそう」
実際、兄はすぐに眠りに落ちた。また途中でうなされやしないか不安だったが、いつの間にか静かな朝がきて、俺は兄よりも早く目覚めた。
「……可愛い」
俺は兄の頬をつんとつついた。きっと、俺が小さい頃は逆のことをされていたのだろう。起こすにはまだ早かったので、すぅ、すぅ、という規則正しい呼吸を聞きながら、ただひたすらに兄の寝顔を眺めていた。
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