02 発覚
父が帰ってきたことに、二人とも気付かないくらい、熱中していたようだった。兄は動きを止めて、荒く息を吐いていた。俺は父の方を見れなかった。
「……一階で待っている」
それだけ言って、父は出ていった。
「ど、どうしよう、ケイちゃんっ」
「カナは……何も言わなくていい……僕が何とかするから」
行為の最中を見られたのだ。言い訳も何もあったものではない。急いで服を着て、一階に降りた。父はスーツのまま、ダイニングテーブルのいつもの席に腰掛け、タバコを吸っていた。俺と兄はその向かい側に並んで座った。
まず口を開いたのは、兄だった。
「夜勤じゃなかったの」
「予定が変わった」
俺は兄に言われた通り、下唇を噛んで沈黙するのみだ。二人の顔など見ることができず、父の手元の灰皿に視線を集中させていた。トン、と父が灰を落とした。
「……慧人からか」
「そうだよ。カナが小学生の時にはしつけてた。何もわかってなかったからね。簡単だったよ」
飄々とした兄の物言いに、俺はすくみあがった。兄は……何を言っている?
「どうしてだ、慧人」
「何って、憂さ晴らし。母さんが死んでから、僕は家政婦状態だ。遊ぶ時間も勉強する時間もなかった。大学だって本当は行きたかった。働いても金はカナの学費に吸われてさ。玩具にするくらいいいでしょう?」
俺は耳を疑った。兄が与えてくれていたものは、俺への愛情ではなかったというのか。父は振り絞るようにして兄の名前を呼んだ。
「慧人っ……」
「もうこの際だ。言っちゃおうよ。カナ、僕は父さんの子供じゃないよ。母さんの前の旦那との間の子供だ」
「えっ……」
初めて聞く話だった。確かに俺と兄はそんなに似ていない。父親が違うからだったのか。
「僕の本当の父さんは女作って出ていったらしいね……あはっ、その血かな。性欲ばかり強くなったよ」
「奏人。もうお前はいい。部屋に戻れ」
「はい……」
俺はおずおずと立ち上がって自分の部屋に戻った。ベッドに寝転ぶと、どんどん涙がこぼれ落ちてきた。
――玩具。
兄は確かにそう言った。
愛し合っているとばかり思っていた。しちゃダメだけど、俺たちは特別だからって、そう信じていた。だから、どんな痛みも快楽に変えられた。
今まで兄が囁いてくれた言葉を思い返した。上達した俺を褒め、淫らな単語を使って煽り、最後に必ず愛してると呟いてくれたことを。
兄と半分しか血が繋がっていなかった、ということもショックだった。兄も父も、それを俺に隠していた。
「ケイちゃん……」
今ごろ二人は何を話しているのだろう。こうなった以上、俺と兄は引き離されるのかもしれない。父は兄に出ていくように言うのかも。そんなの、耐えられない。けれど、また兄と、今まで通り過ごせるのか。それは自信がなかった。
枕はぐっしょりと濡れた。本当なら、今ごろ兄の腕の中で眠っていたはずなのに。八つ当たりなのはわかっていたが、父を恨む気持ちもあった。どのみち……いつか発覚することだったのかもしれないが。
脳みそを泡立て器で混ぜられたみたいに、思考がグチャグチャになってきた。もう寝るしかない。後のことは起きてから考えよう。俺は強く目を瞑り、時が過ぎるのを待った。
「……カナ。起きて、カナ」
少しの間だが、眠れたような気がする。それを兄に引き戻された。辺りは真っ暗。まだ夜中か。
「何……ケイちゃん」
「手伝って」
「えっ、何を……?」
「来て」
兄に連れて行かれたのは、父の寝室だった。元は母と二人の部屋だったという。ダブルベットの上で、父は静かに寝ていた、そう見えたのだが、違った。父の首にはロープが巻き付いていた。たまに俺を縛るためのものだ。
「父さん……?」
「寝たからね。その間に殺したよ」
俺は父を揺さぶった。
「父さん! 父さんっ!」
「大きい声出さないで。車に運ぶよ。僕だけじゃ無理でしょ、父さんデカいんだから。カナもやって」
俺は兄をキッと睨みつけた。
「何も殺さなくても!」
「まあ、いつかやろうと思ってたから。それが今日になっただけ」
血の繋がりはないとはいえ、父親を殺した。それなのに淡々としていて。どこか楽しそうにも見えて。俺は兄の手を握って訴えた。
「ケイちゃん、自首してよ……」
「いいの? そしたら僕とは離れ離れだ。身内が殺人犯として報道されて、カナはそれから一人で生きていける?」
俺はがっくりと頭を垂れた。
「わかった……やる……」
「うん、いい子だね。早くして。夜明けまでには終わらせたいから」
ずっしりと重い父の身体を俺が背負い、兄に支えてもらって、車の後部座席に寝かせた。兄は倉庫からスコップを二本持ってきて積んだ。兄が今からどこに行こうとしているのかは、何となく察しがついた。
俺は助手席に座り、カーナビに表示されていた時間を見た。深夜一時だ。兄は音楽を流し始めた。俺の趣味はほとんど兄の影響。俺たちが好きなアメリカのロックバンドが、九十年代に発表したアルバムがかかった。
車は住宅街を抜け、国道に入り、そこからどんどん山道へと走った。時折現れる対向車のライトがまぶしく俺たちを照らし、父の姿を見られやしないかびくびくした。
「絶縁だ、って言われたんだよね」
兄が語り始めた。流れていた曲は、激しいものからゆったりしたものに変わっていた。
「一週間以内に荷物まとめろって。養子縁組はしてたけど……それも解消するって。別にそれでもいいんだけどさ。やっぱり僕はカナと一緒に居たかったから。ああするしかなかったんだよね」
何も、何も口に出すことができなかった。
「父さんの予定が変わったことは完全に想定外だったんだ。まあ、結果的に、邪魔者が居なくなって良かったよ。もう、酔って殴られることもない」
そこで、ようやく喉から声が出た。
「ケイちゃん……父さんに殴られてたの?」
「ああ、気付かなかっただろうね。最近は少なかったしさ」
父には社会的な信頼があった。確かによくお酒を飲む人だったけど、息子に暴力をふるっていたなんて。
「ふぅ……この辺りでいいか」
兄は車を停めた。父を背負いながら、足を踏み外さないように斜面を降り、木々の間が開けたところに来た。一旦父を寝かせ、兄はスコップを取りに行き、戻ってきた。
「さあ、やるよ。早く」
「……うん」
土は固かった。小石にぶつかり、何度も跳ね返された。今、何時くらいだろうか。兄の言っていた通り、夜が明けるのはまずい。俺は必死になった。
ようやく空いた穴に父を横たわらせ、なるべく顔を見ないようにして土をかけていった。俺の額には汗がにじみ、喉はカラカラだ。最後に兄が地面を平坦にならした。
「さっ、帰ろうか!」
兄はまるで、公園で遊び疲れた子供のように満ち足りた笑顔を浮かべた。それから車に乗り、しばらく、記憶がない。いつの間にか自宅に着いていて、兄に起こされた。
「カナ、お風呂入ろう」
俺も兄も、服が土だらけだった。ある程度はたいてから家に入り、洗濯機に放り込んで、風呂場に入った。
「中途半端なところで止められたからさぁ……」
兄が俺の身体に指を沿わせてきた。
「やめて……そんな気になれない」
すると、頬をはたかれた。
「ケイちゃん……!」
「僕がしたいんだからやるんだよ。手、ついて。足広げて」
「や、やだっ」
もう一発食らった。
「うっ、うわぁ、ああっ」
「カナは黙って僕の言うことを聞いていればいいんだよ」
兄は容赦なく俺を蹂躙した。気持ちよくも何ともない。せり上がってくる吐き気を抑えることだけで精一杯だった。
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