魔王様は平和でいたい2

魔王軍は全魔族合わせて1000体いるかどうかの少ない集まりだ。魔王軍に属さない逸れの魔族もいるので魔族自体の数はもう少し多いがそれでも人間と比べれば端数も良いところだ。対して我々を目の敵にしている人間たちはというと、内乱などが起きて減ったり増えたりを繰り返してはいるが、おおよそ3億から4億程度を行き来している。ここ数百年は国単位での争いは起きていないから、大きく減っている事はないだろう。


しかし人間たちの間での平和が確立されてきた最近では、今度はこっちに目を向けてきた。どうにも彼らは危険なものはとことん排除しなくてはいけないという思考になりがちなのだ。敵国の次は敵種族というわけだ。特に明確な目標、標的を作り自分たちの士気を上げるために魔王が悪い、そいつを倒せば平和になると言い出した。まあ、確かに昔彼らのことを全滅寸前まで追い込んだ事はある。こちらに全く非が無いというわけでも無い、むしろ反省している。だからそれ以降は一切手を出していないしちょっかいをかけようとする魔族がいたらやめさせた。それでも彼らは恐怖を植え込まれたものだ。およそ10億は居たであろう彼らが僅か数千人いるかどうかまで追い込まれたのだ。残ったものたちは基本的に強く優秀なものばかりだったからそれらを後世に伝えることを決して忘れなかった。土地も何もかもを焼き尽くされても粘り強く生き残り、また繁殖を繰り返して国を作った。その間、魔王がまた襲ってくるかもしれないと怯えながら。


そして昔ほどでは無いが人口も増えてきた今、魔王を打ち倒すという流れが来たのだ。こっちも色々視察を出しているからその内情は丸分かりなわけだが、例え彼らが全員私に向かって来たとしても、私は傷一つなく彼らを全員殺すことができる。だが私は絶対にそんな事はしない。もう二度と、あんな愚かな事はしないと誓ったのだ。争いは何も生まないことを知っている。だから私は彼らが攻め入って来たとしても、戦わない。


魔王軍とは名ばかりで、実際には軍としては動いていない。彼らは確かに魔法も使えるし力もある。隊を組んで複数で動くような演習もしているが、これは人間と戦争するために行なっていることでは無い。魔族の中でも弱いものはいる。そういった者たちが、最低限自分の身を守れるような力をつけるためにしている。他にも魔族の間でも戦闘狂いのような奴が出て来た場合、それを収めるためにはやはりある程度知識と武力を持った魔族でないと対処が難しい。今は比較的皆大人しいが、ちょっと前なんかは酷かった。何度全滅寸前に追い込まれたものか。私はこの世に生命を受けたからには皆平等に寿命を全うして欲しいと思っている。亡くなっていった部下たちは、人間のように骨も残らず魔力となって消えてしまう。そんな彼ら全員のことを覚えていられるのだって私ぐらいしか居ないものだ。


人間たちの動きが気になるが、魔族の領土内では落ち着いている。私は魔王と呼ばれて居ても仕事らしい仕事は特に無い。ずっと玉座でふんぞりかえっているのもつまらないので良く魔王城内や演習中の魔族たちの様子を見に散歩をしている。今日も特にやることがなかったので何処に行こうかと考えながらあてもなく廊下をほっつき歩いている所だった。前から見慣れた者がやってきた。


「あっ魔王様!ちょうど良いところですね。ついさっき完成した薬があるんですよ。試したいので僕と一緒に実験室まで来てくれませんか?」

「暇だったから別に良いぞ。それで、一体どんなやつなんだ?」

「ふっふ〜。それはついてからのお楽しみってことで!さっ、行きましょ」


どうやらラテリアがまた新しい物を作ったらしい。ついこの前も付けるだけで相手から認識されなくなるマントを作っていた。魔法でも同じような事はできるが、動かない物体と違って動く物は難易度が跳ね上がる。精度もそうだが持続時間の事も考えると魔力消費が馬鹿にならないので私ぐらいしか出来ないだろう。それを魔力消費も抑えつつ動いていても精度が落ちない所まで持っていったのはやはり彼女が非常に優秀だからだろう。私は基本魔法でなんでも出来てしまうから、彼女が作る物が目新しく感じて毎回新しいものが作られるたびに少しワクワクしている。今回はどんな物を作ったのだろうか。


「さあさあ魔王様、どうぞこちらへ」

「ありがとう」

「こちらが今回作った薬でございます」


出されたのは試験管に入ったままのピンク色の液体だった。特に匂いはしないがなんでこんな派手な色をしているんだ?


「ぐいっと一気に飲んじゃってください!飲んだらすぐ効果が出るはずです。さあ!」

「わっ、分かった、そう急かすな」


あまりにも強く言われたものだったから言われた通りすぐに飲み干す。味は、なんだか不思議な味だった。甘いのか苦いのか、よく分からなかった。


「飲んだぞ。というか結局これはどんな効果のある薬なんだ。なんだかすごく変な味がしたが」

「それはですねえ、一言で言えば媚薬になります」

「媚薬?」

「ええ、一時的ではありますが、性欲を高めさせ、繁殖を促す物であります」

「なんで私にそれを飲まそうと思ったんだ?」

「魔王様との子供が欲しいからに決まってるじゃ無いですか〜」


これは中々やられたものだ。あれだけ効果を説明せずに急かしてきたのはそういう事だったのか。しかしもう飲んでしまったから取り返しはつかない。さてどうしたものかと思っていたが、そこでさっきから何も変化がないことに気づいた。


「あっれ〜、おかしいな。効果は直ぐに出るはずなんだけど。何度か試したし」

「一体誰に試したんだ」

「そこら辺にいた子」

「勘弁してくれ」

「でも魔王様効果でてないっぽいですね。ざーんねん」

「お前の好きにやって良いが、あんまりおふざけがすぎるとシニメノに怒られるぞ」

「ひー、チクるのはやめてください!あいつマジで容赦ないんですよ!」

「まあ、今回は特に何もなかったから許してやろう。そもそも何でそんなもの作ろうと思ったんだ」

「あー、魔王様の子供が欲しかったのもありますけど、そもそもうちら魔族って繁殖行動あんましないですよね。だから数だってあんま増えないし、だったらいっそのこと性欲高めさせてバンバン子供作っちゃえば人間たちに対抗出来るくらいになるんじゃないかなって」


なるほど、それも一理あるな。しかし私はとても危険だと思った。魔族の数を無理に増やす事は人間たちにいずれその事がバレた時、戦争の準備をしていると捉えられてしまうかもしれない。そうして焦った彼らが急にこちらに軍を派遣するなんて事も考えられるだろう。こちらからあっちを刺激するような行動はなるべく控えたい。それをラテリアにも話せばやはり優秀な彼女はすぐ理解してくれた。


「それもそうっすね。じゃあこれはお遊びって事で、しまっておきます。あっ、あとマジでシニメノにこのこと話さないでくださいね!」

「分かった分かった。じゃあ私はこれで、外の方にでも散歩に行ってくるよ」

「はーい」

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