忠犬執事は魔王様のそばにいたい
私は生まれた時から人間の奴隷だった。魔族の中では人間に捕まって魔法を使用できなくなる特殊な首輪をつけられて労働力、または愛玩動物として飼われることがあった。特に獣人系の魔族は富裕層な人間たちの中でも一種の飾り的な扱いをしている奴が一定数いる。魔族を嫌悪して争っているっていうのにつくづく彼らの思考回路は理解ができない。私はそんな富裕層向けの商品として無理矢理作られた。両親の顔なんて見たことない。というより他の魔族を滅多に見なかった。どうやら私はかなり見てくれが良かったのもあって一人隔離された部屋で育てられ高額な値段で売られていた。競りの目玉商品として出された私は史上最高額の値段で買われたらしい。入札が決まった時の店主の顔を、私は二度と忘れない。見た事もないような笑いを浮かべるその姿は、下品で、醜くて、気持ち悪い。人間は、魔族は最低最悪の存在だとか抜かしているけど、それなら彼らの方がよっぽど魔族の名に相応しいだろう。見ていると自分までそんな風になってしまいそうですぐに目を逸らした。逸らした先には私を買い取ったであろう人物がさっきの店主と同じような顔をしてこっちを見ていた。
私の主人となる人物は、私を様々な用途で使うようだった。獣人系の魔族は成長が早い。七歳で買われた私は人間で言うなら成人まじかと言ってもいいような見た目だ。人間よりは長生きで、制限されているとは言え力も体力もある。労働力としてこれほど良い条件の者は居ないだろう。そして見てくれのいい私はそういった意味でも使われる。本当に最悪だった。死ねるのならばさっさと死にたかったが自殺をしようにもこの首についた忌々しい装置が拒んでくる。行動に移した瞬間に強力な睡眠薬を打たれて意識を失うのだ。何度これで主人から殺されかけたものか。いっそのことそのまま殺してくれと願っても、あいつはギリギリのところでやめる。そうして人間の中でもかなり珍しく魔法を使える者に回復をさせるのだ。気が狂っても仕方のない生活だったと思う。実際どこか狂っているのかもしれない。歯向かう事も逃げる事も死ぬ事もできないから、受け入れて諦めるしかないのだ。そんな日々が5、6年は続いただろうか?所々記憶が抜けていてよく分からない。この頃私は主人だけじゃなくてその息子の相手もさせられていた。厄介な事に息子の方は私を完全なおもちゃとしか見ていないらしく、また父親のような加減の仕方を知らなかった。急激に身体が弱っていくのを感じつつ、心のどこかでそのまま死ねないかなと思っていた。自殺はできないが自然に死ぬ事は首輪が止められる範囲ではないから。もう体も心もとっくにボロボロだった。
それでも何とか正気が保てていたのはこの地獄より悍ましい環境でほんの少しの娯楽があったからだ。ごく稀に主人も息子もいない時がある。それはそんな時に見つけた物だった。一冊の本だ。ジャンルは恋愛小説。私はこれでもあの店じゃ優遇されていた方で、ある程度の読み書きや計算ができるように教え込まれていた。内容はざっくり言うとお城の中で立場が弱くいじめられている女の子の召使いが、ある日違う国からやってきた王子様に一目惚れされてお姫様に成り上がるという物だ。私はこれがすごく好きだった。女の子を自分に置き換えて、王子様が助けてくれるなんて妄想を何回しただろう。現実じゃあ絶対に起こり得ないって分かっていても、妄想の中でくらいは幸せに浸っていたかった。
転機が訪れたのはそこからまた何年か経ち、家の当主も私を買った奴からその息子へと変わった頃だった。私は前当主ではなく現当主のこいつが正式な主人に変わった。そのせいか前から酷かった態度はさらに増していく。特に酷かったのは唯一娯楽であり希望だった恋愛小説を読んでいたところを発見されてしまった事だった。僅かばかりに残っていた自由も消えて、何もない部屋に監禁状態になってしまった。
「奴隷如きが本なんて贅沢品読んでいいはずがないだろ。大人しく俺のおもちゃでもやってな」
この時ほど死にたいと思った事はない。常日頃から死にたい死にたいと考えてはいても、あの小説を読んでいる間だけは私はお姫様だったのだ。異国の地からやってきた、私をこんな地獄から救い出してくれる王子様。でもそれもお終いだ。もうあの小説は二度と読めない。死にたいと考えることしかできなくなってしまった。もういっそのことアイツの機嫌をとことん悪くすれば殺してもらえるだろうか?ああ、でもそもそも私は部屋から出る事もできないんだった。それじゃあ本当にどうしようもないな。
監禁されてもいつも通りにアイツは無理矢理襲ってくるし、突然殴ったり暴力を振るってくる。せめてもの救いは魔法が使えないことだろうか。アイツが魔法が使えていたらもっと苦しい思いをするのは想像に容易い。監禁前より行為は激しくまたやってくる頻度も高くなっていてこれは本格的に壊れるのもそう遠くない未来かなと思っていたら、何だかやけに外が騒がしい。人の声、それも悲鳴といった類のものだ。どんどんその数と声の大きさは酷くなっていって、行為に夢中になっていたコイツも流石に何かを感じ取ったらしい。慌てて部屋を出ていった。私はただぼーっとしていた。もしこの屋敷に何かあったのだとしたら、このまま何もしないでいても死ねるんじゃないかなって思ったからだ。悲鳴はいっときは本当にうるさいほどそこら中から聞こえたがいつの間にか聞こえなくなっていた。一気に静かになって何だかすごく不気味だった。そんな静かな屋敷にまた一つ新たな音がやってきた。コツン、コツンとした足音は本来ならばそこまで大きな音ではないはずなのに、今はやけに大きく聞こえる。コツン、コツン。段々こっちに近づいてきている。コツン、コツン、コツン。おそらく私を閉じ込めている扉の前で足音が止んだ。代わりにコンコンと扉を叩く音。この扉は魔法で特殊な鍵が掛かっているし、私はその開け方を知らなかった。だからベッドの上でただ扉をじっと見つめていると、カチャッと鍵の開いた音がした。ゆっくりと開いていく扉の先に居たのは、
「やあ、君は囚われのお姫様って所かな。いきなりで悪いが、こんな所抜け出して、私と一緒に来てくれないか?」
私の王子様だった。
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